エピローグ:「ダンシング・プリンセス」、ふたたび
この年の冬、ルシカ辺境伯バルトロメオとウィノウ皇女ヴェロニカは結婚し、ヴェロニカは母を連れてルシカ島に移った。
島の風土が身体に合ったのか、ヴェロニカの母は健康を回復し、次々生まれてくるピンク髪の孫達の世話に追われている。
リリー・ブランシュは、神殿入りして魔力障害で急死した婚約者ローランの菩提を弔うことを選び、伯爵家は妹夫婦が継ぐことになった。
同じ頃、クルト・ヤーンは20代目の「紅の塔主」に任ぜられた。
だが、盛大に行われた就任式には、先代ローデオン大公妃ユリアーナの姿はなかった。
彼女はこの年の夏の終わりにウィノウを離れ、「流浪の大公妃」というあだ名の通り西方諸国や北方諸国をさすらい続け、数年後、メネア山脈の麓にある、湖畔の小さな別荘で客死した。
晩年は、常にヴェールをおろし、人に会うこともめったになかったという。
引き取りにはローデオン騎士団に入団したばかりのギュンターが向かい、丁重に運ばれたユリアーナの遺体は、先代大公アルブレヒトの隣に葬られた。
彼女がカタリナに遺した遺産──令嬢が幼馴染四人を毒殺したという超事故物件──が、新たな騒動を巻き起こしたりもしたが、それはまた別の話である。
ジュスティーヌは、学院卒業後、予定通りアルフォンスと結婚した。
こちらも早々に子に恵まれ、仲睦まじい王太子一家はランデール国民に深く愛されている。
そして──
何年も何年も経ってから、もう結婚するつもりはないのだろうと噂されていた公爵令嬢カタリナは突然結婚して、周囲を驚かせた。
カタリナと夫は、新婚旅行としてウィノウに赴いた。
ウィノウでは、ユリアーナも関わっていた国際的な食糧相互援助条約の調印式が行われるところで、各国の要人が集まっていた。
ルシカ辺境伯バルトロメオとその妻ヴェロニカ、および秘書官ダーリオ・サルテ。
ローデオン大公国臨時大使ギュンター。
エルザス大公国騎士団長マルクとその妻ミランダ。
まだまだ現役のザムエルグ商会長。
そして、「紅の塔主」クルト。
ついでに、かつてカタリナを追いかけていた貴公子達の一部とも再会し、旧交を温めることができた。
好きだと言わせていいのは、結婚したい相手だけだと教えてくれたユリアーナは正しかった。
うっかり告白などされていたら、楽しく昔話などできなかっただろう。
社交場「モンド」の支配人グスタフも健在で、一夜、カタリナは「モンド」で舞踏会を主催し、かつてウィノウで踊った曲を中心に皆で楽しんだ。
舞踏会には、隠居して、ユリアーナのあの館で暮らしているテレジアも駆けつけてくれ、だいぶ痩せてはいたが、相変わらずパワフルなダンスを披露してくれた。
ま、派手に遊びちらかしたおかげで新聞の社交欄には「ランデールの『ダンシング・プリンセス』ウィノウ再臨!」と書き立てられたが、17歳の時とは違い、そんな記事にも慣れっこだ。
返礼として、ルシカ辺境伯夫妻は、ウィノウ湾のクルージングにカタリナ達を招待してくれた。
美しい海を眺めながら、ルシカの郷土料理をアレンジした昼餐をいただく。
陽が傾き、帰路についたあたりで、バルトロメオは、湾の外れにぽつんとある小さな灯台に向かって大きく手を振り始めた。
並んで、クルトも手を振り始める。
「バルトロメオ様。どうなさったの?」
「ん。あの灯台は、灯台守が一人でずうっと守っとるん。
月に一回、補給があるほかは一人ぼっちでね。
じゃけえ、ここを通るたんびにね、手を振るんよ。
毎日毎日海を見守って、夜には火ィ灯してくれてあんがとね、ちゅうて。
ああたが皆のために働いてくれとること、ワシらは忘れとらんよ、ちゅうて。
カタリナはんも、よかったら手ぇ振ってあげてくれへん?」
バルトロメオは穏やかな口調で淡々と説明したが、クルトはせつなげに眼をそらした。
まさか。
その灯台守とは、カタリナに恋したが故に、弟を殺めてしまったラウルなのだろうか。
カタリナが恐る恐るヴェロニカを見やると、彼女は小さく頷いてみせた。
「私も、一緒に手を振ってもいいのでしょうか?」
結婚前、事件の話をカタリナから聞いていた夫が、静かに問うた。
「もちろん。ちゃんと幸せにやっとるけん、安心してや〜いうて振ってやって。
なんじゃかんじゃあったけど、灯台守が願うとるのは、そのことだけなんじゃけ。
ま、向こうがちゃんと見とるかどうかわかりゃせんけど、こっちの気持ちとしてはね」
カタリナはようやく頷いて、おずおずと右手を挙げた。
眼をこらすと、おもちゃのような灯台の下、確かに人影が見える。
ジュスティーヌが危惧していた通り、やたら重い初恋とウィノウの事件のせいで、カタリナの心はこじれにこじれ、いかにも華やかに見えて、男性をまるで寄せつけない女になってしまっていた。
どうして勝手にあんなことをしたんだとラウルを恨むこともあれば、自分のために血を分けた弟を殺してしまった彼にどうしようもない罪の意識を抱くこともあった。
ユリアーナを呪うこともあったし、自分を責めることもあった。
だが、それも時間と、さまざまな人々との出会いで少しずつ融け、ついに夫と新たな生活に歩みだすことになった。
もう、ローランの死に顔も、ラウルの苦しげなあの眼も、思い出すことはほとんどなくなった。
カタリナにとって、あの事件はもう過ぎ去ったことだ。
そう思って、ウィノウにも来た。
でも。ラウルが生きていてくれたのなら。
灯台守というかたちで罪を償っているというのなら。
自分は幸せなのだと、もう大丈夫なのだと、それだけは伝えたい。
カタリナは、ゆっくり、大きく、灯台に向かって手を振った。
夫も一緒に振ってくれる。
ラウルを知らない他の者も、皆、釣られて手を振った。
灯台守が、両手を大きく振り返し始める。
カタリナは、灯台が豆粒のようになって見えなくなるまで、手を振り続けた。
カタリナ:やたら長い話を最後までご覧いただきありがとうございました!
次は「公爵令嬢カタリナの結婚」で……と申し上げたいところですが、ここまでこじらせたわたくしが今更結婚となると構想3年くらいかかりそうなので、中短編などでまたお会いいたしましょう!
ちなみに、評価やら感想やらブクマやらレビューやらいいねやら賜りますと、チョロい作者のテンションが爆上がりし、次回作執筆が捗るかと存じます。
次回作のリクエストも、なにかございましたらぜひ!(華麗にカーテシー)
ジュリエット:おつきあいありがとうございました! ところでカタリナ様の旦那様って、どなたなんです??
レティシア:さあ。エピローグに名前が出てきた方ではない、ということですよね?
ダーリオ・ギュンター・クルト:ですよね……(がっかり)
ジュスティーヌ:もしかして、地元組かしら?
ノアルスイユ・オーギュスト・ドニ:あびゃあああ!?(怯え)
カタリナパパ:誰だ!? カタリナは一体誰と結婚するんだああああああ!?
本作は、異世界恋愛ミステリ「公爵令嬢カタリナ」シリーズ第7作目です
下記リンクから、過去作をご覧いただけます
「公爵令嬢カタリナの推理」:カタリナとジュスティーヌが真面目に王太子妃争いをした世界線。珍しく?独自性の高いトリックを投入したイチオシ作品
「公爵令嬢カタリナの災難」:カタリナが真面目に悪役令嬢をしていた世界線。本作ではあまり出番がなかったアルフォンスのもだもだぶりが見どころかも…
その他の作品は、本作と同じ世界線です。
作者としては、ネトコン11の公式感想を頂戴した「悪女オランピアの肖像」が一番出来がいいかな…と思っています。
まだまだようわからん作品を書いていくつもりですので、引き続きよろしくお願いいたします!




