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終:使役

 その後、念のため《入らずの森》の内部に正気が残っていないか確認し、森全体を改めて浄化してから、全員が広間に集合した。


「……という訳で、暦が長年封じてきた悪鬼は、向日葵の使役に下った……今後、《継承の儀》が行われることはなくなったが、我々が妖と戦い続けることは何も変わらない。今後とも、よろしく頼む」


 樹の説明に、赫耀にぶちのめされた真当主たちは複雑そうな顔をしていたものの、悪鬼が暦の管理下に入り、世に解き放たれずに済んだことは素直に喜ばしいので、反論はせずに黙って頷いた。


「……ところで、樹様、如月梅はどうするのですか?」


 柘榴が尋ねると、樹は隣に座る椿を一瞥し、言葉を選ぶようにしながら答えた。


「ああ、己を律せず妖の誘惑に乗り、悪鬼の封印を破る手助けをした事は、当然許し難い。霊力全てを封じ、如月の家でしっかりと管理させる」


 それはつまり、一生を如月の家の中で過ごすということを意味している。

 梅は、今後の人生を、軟禁された状態で生きていかなければならないのだ。


 勿論、人権を考慮すれば実家といえど個人の邸宅に軟禁する事は法律的にアウトであるが、霊力を持っている者は本来非常に危険なので、妖の存在を知る政府の裏機関によって、その辺りは暦家の当主に一任されており、一般的な法律の適用外となっている。

 逆に、今の状態の梅を放置して一般人に被害者が出たら、裏機関によって暦が罰せられることになるのだ。


 寧ろ、梅がしでかした罪を考えたら、霊力を封じられて軟禁されるだけで済むのなら軽すぎるくらいだ。


「……あの、本当にその鬼……赫耀は大丈夫なんですか?」


 竜胆がおずおずと、樹の左後ろに座している向日葵を見ながら尋ねる。

 彼女の後ろに控えている鬼はすまし顔をしているが、その身に秘めている妖力は今まで竜胆が戦ってきたどの妖よりも強く、どうしても畏怖を感じてしまう。


 と、向日葵が自信満々に頷いた。


「大丈夫よ。私が使役に下したんだから。もしも人間に危害を加えたら、その分赫耀の命が削られる事になる。そういう契約よ」


 かつての暦の当主が倒せず、弟子と共に封印するのがやっとだった悪鬼を、彼女は容易く調伏し、使役にしてしまった。

 これは完全に異常事態であるが、既に起きてしまっているこの状況を否定する事もできない。


「……ったく。分家のくせにそんな芸当……暦当主の面目が丸潰れだよ」


 溜め息を吐く樹に、向日葵は至極真面目な顔をして言い返した。


「何言ってるんです? 得意分野が違っただけでしょう? 実際、赫耀の封印が破られる直前、樹様は最悪の場合に備えて封印陣を展開していた……自分の命と引き換えに、もう一度鬼を封印へ引き摺り戻せるように……それは私には使えない術ですよ」


 それは紛れもない事実だ。

 暦は退魔術に長けているが、それ以上に、悪鬼の封印を継続させるために永い歳月心血を注いできたのだ。


 実際、樹は最終手段として、自らの命と引き換えに悪鬼を封印しようと印を組んでいた。

 それに気付いていたのは向日葵だけだったが。


「……まぁ、そういう訳だ。今日はもうお前達も休め。回復に努めよ。以上だ」


 樹の号令で、皆が立ち上がるが、森で梅に憑りついた赫耀にフルボッコにされた面々は皆ふらふらとした足取りで自室に引き上げていく。


「……何だ?」


 赫耀が、自分をじっと見つめる椿に気が付いて目を向ける。

 椿は赫耀と向日葵を交互に見て、にっこりと笑った。


「これで、貴方は一人じゃない。仲良くしてね」


 その言葉に、赫耀は虚を突かれたような顔をして、それから僅かに頬を紅くした。


「だ、誰が……!」


 反論しようとしたが、椿は笑顔を残して樹と共に広間をさっと出てってしまう。


「……赫耀?」


 彼の反応に怪訝そうな顔をした向日葵だが、彼の顔を見てふっと微笑んだ。


「大丈夫よ。私がいるから」


 赫耀は、数百年という永い間封じられていた。たった一人、ただずっと闇の中にいたのだ。

 鬼は元々群れない。孤独には慣れているはずだった。


 しかし、妖は元々人間の感情から生まれたもの。妖の一種である鬼もまた然り。


 本人も気付いていない孤独が、ずっと胸の中に穴を作っていた。


 それが今、埋まった。


「……お前は変わっているな……」

「あはは、よく言われる」


 軽く笑う向日葵に、赫耀は少しだけ泣きそうな顔をして目を伏せた。


 一方、広間を出た椿は、樹に手を引かれるがまま、彼の自室へと入っていた。


「……あの、えっと……」


 昨日婚約をしたからといって、そんなすぐに相手の居室に入るなど、流石に心の準備ができていない。

 ドギマギと目に見えて緊張する椿に、樹は苦笑する。


「別に何もしないぞ」

「そ、そういう事じゃ……っ」


 部屋に入った樹が、強く椿の手を引く。


 強い力で抱き締められた椿は、驚きで息を詰めるが、樹は彼女の肩口に額を乗せて、深々と息を吐き出した。


「……疲れた……」


 その紛れもない本音に、椿の緊張がふっと緩む。


 そうだ。彼はずっと気を張っていた。

 突然の当主交代、真当主を選ぶ《選定の儀》、そして封印を守るための《継承の儀》。

 そして、それが破られて鬼が出てきてしまった。


 自分の命と引き換えに封印する術を展開する直前まで追い詰められていたのだ。


「……ごめんね。私がもっと強かったら、樹だけに背負わせなくても済んだのに……」


 樹の髪を優しく撫でてそう言う椿に、彼ははっとする。


「それは違う。俺が不甲斐ないばかりに今回お前の事も危険に晒してしまったんだ……まぁ、向日葵に助けられた形になってしまったが……」


 不本意そうに呟き、樹は椿の頬にそっと触れた。


「こんな頼りない俺だけど、これからも共に歩いてくれるか?」

「私を守ってくれるって言ったのは樹でしょう? 責任取って、一生隣を歩いてもらうわよ」


 椿がそう言い返すと、僅かに笑って樹はそっと唇を重ねた。


 その唇の温もりに、椿はこの人を、自分にできる全てをもって支えたいと思った。

 もう二度と、この人が命と引き換えに何かをしようとしなくて済むように。


 暦家当主の花嫁になるからには、今後も様々な困難が待ち受けている。

 しかし、今の椿にはそれは知る由もなく、今の彼女には、ただ樹の傍にいる未来だけが燦然と輝いていたのだった。

この話はこれにて完結です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

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