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「ありがとう、アラン!」
帰る前に、と再び王宮に呼ばれた僕は、部屋に入るとすぐにシントによる歓迎を受けていた。えっと、何事ですか?
「あの、シント?」
「アランのおかげで、気づけたんだ。
彼らとともにいるのに、兄上は関係ないんだって。
僕らが築いていく関係は、僕らだけのものだって」
興奮したままに言うシントの言葉は少し意味が分からない。でも、ひとまずとても喜んでいることはわかった。ひとまず落ち着け、と伝えたくて両肩を軽くたたく。すると、はっとするとすまない、と謝る。よかった、落ち着いてくれたみたいだ。
「とにかく、問題が解決したのなら何よりです」
「うん。
……僕、兄上に遠慮していたんだ。
どうしても兄上の敵にはなりたくなくて。
皇国のときみたいに、身内で、協力しあうべき関係の中で争いたくないって。
それがどれだけ不安を呼ぶか、不幸を呼ぶか分かっているから」
ぽつりぽつり、とシントは口を動かす。それに僕はああ、と納得した。詳しくはわからない。でもベルタクトラ陛下は本来王位を継がないはずだったのだ。それがいろいろな不幸が重なり、王位に就いた。まあ、でももちろんそれを快く思わない人もたくさんいるわけで。
なんだかそこでごたごたあった、らしい。そこから今回の件は来ていたみたいだね。まあ、シントの嬉しそうな顔が見れたのでよかったです。
「そういえば、本当にもう辺境伯領に帰ってしまうのかい?」
「はい。
父上たちの用事も終わったようですので」
僕の言葉に、そっかぁ、と落ち込んだように言われてしまっては罪悪感が! でも帰らない、というわけにはいかないものね。
「そうだ、そういえば聞いたかい?
お披露目が終わった後からアランが王都に滞在しないかって話。
僕としては受けてくれると嬉しいけれど」
え、何その話。僕全く聞いていないよ⁉
「もしかして聞いていない?」
「ええ、まったく。
これっぽっちも」
衝撃すぎてつい必要以上にきっぱりと言ってしまったけれど、仕方ないよね。いや、別に王都にいるのが嫌なわけではないけれど、びっくりするじゃん。
「僕としては、来てくれたらうれしいけれど……」
「きっとその選択肢があるならば、父上から話を聞くでしょうからそのあとに考えます」
ここでは何も返事をできない。そういうと、シントはそっか、と一応納得してくれました。
「そうだ、王都でなにかやり残したことない?
せっかくだからできるだけ協力するよ」
「やり残したこと……。
貴族はあまりやらないという話は聞いたのですが、一度市場を見てみたいな、と」
「市場?
僕も行ったことないや」
うーん、と何かを考えこむシント。いや、思いついたこと言っただけだから、そんな真剣に悩まないでいいんだよ⁉ それは難しいね、で終わっていい話なんだけれど。
「ちょっと、相談してみようか。
さすがに勝手に抜けるわけにはいかないし」
相談するの⁉ 冗談みたいなものだったんだけれど。いや、まあ行きたいのは本当だから、良かった、のかな。それにしても……。
「まさかシントの口から勝手に抜けるわけにはいかないって言葉が出る日が来るとは」
こらえきれなかった笑いがついつい漏れてしまう。まずい、これは止まらない。
「ぼ、僕だって困る人がいるなら抜けだしたりしないよ!」
顔を赤くして必死に言い訳している姿がまたなんだかおもしろくて、結局しばらく笑いは収まりませんでした。
「いや、ごめんね?」
もう、といいつつも許してくれたのでやっぱり優しいよね。
「でも、誰に相談するのですか?」
「うーん……。
リユーゼ、いる?」
「はい、ここに」
「アランと市場を見に行ってはだめかな?」
「市場、ですか?
急には……」
うん、まあはいそうですか、とはいかないよね。残念、行きたかったんだけれど仕方ないね。じっとこちらを見ていたシントは不意に立ち上がった。
「父上に聞いてみようか」
え、父上、ということは急に国王様?
「そ、それはまずいのでは?」
「まあ、どうにかなるよ、きっと」
さあ行こう、と謎のやる気を出して本当にシントは部屋を出ていく。僕はそのあとをあわててついていくはめになってしまった。
そしておそらく陛下がいらっしゃるのであろう部屋の前。さすがに緊張した様子で一度止まる。いいよ、もうそのまま帰ろう? そう声をかけようとすると、後ろから知らない声がかかった。
「おや、シフォベント殿下ではないですか。
それと……」
振り返るとそこにいたのは父上くらいの年齢の男性。えっと誰だろう。
「シベフェルラ公爵。
父上に用ですか?」
「ええ」
シベフェルラ公爵⁉ まずい、早く挨拶しないと。慌てて頭を下げて名を名乗ると、ナルヘーテの、というつぶやきが聞こえる。父上のことを知っているのか。
「ああ、顔を上げてくれ。
それで、お二人はどうしてここに?」
「父上に、市場に行く許可をもらいに来たんだ」
「市場、ですか?」
純粋に驚いた様子の公爵になんだかいたたまれなくなる。いや、ありえないことなんですね。わかりましたから。シントに行こう、と小さな声で伝えて服を軽く引っ張る。その意思を汲んでかシントも足を動かそうとするとき、不意になぜですか? という質問が振ってきた。え、今のシベフェルラ公爵が言ったんだよね?
それにシントはまっすぐに向き合った。
「一度、市井の暮らしを見てみたいのです。
今ならばまだお披露目が終わっていないので、顔はわかっていないでしょう?」
おお、もっともらしいことを言っている。本当にどうにかなるかもしれない。
「市井の暮らしを、ですか。
なるほど……」
シントの言葉を受けてしばらく考え込む公爵。まさかここでつかまるとは思っていなかった。
「わかりました、陛下は私が説得いたしましょう。
彼とともに行きたいのでしょう?
辺境伯が領に帰る前には都合をつけます」
なんとも心強い言葉が公爵から聞こえる。これはもしかして本当に見れる? 思わぬ好機に自然と期待してしまう。そんななか、公爵はそれと、と付け加えた。
「もし民の暮らしに興味がおありでしたら、一度視察についていってみますか?
銀月の間をかけて国を回っていくのでどうしても学園が始まる前に行かねばなりませんが、きっと良い経験になるでしょう」
視察? と首をかしげていると、今度はシントが目を輝かせる。あれ結構うれしそう。僕が言い出したことに付き合ってくれているのかと思っていたけれど、どうやらシント自身も興味があったのは確かみたいだ。
「いいのですか⁉」
「きっと殿下には必要なことでしょうから」
「あの、アランも一緒に、ではだめでしょうか?」
え⁉ いや、確かに僕も行ってみたいと思った。思ったけれどいきなり話を振られるとは思わなかったよ。それに公爵も彼も、ですか。とうなっている。
「あ、あの」
僕は大丈夫です、そう口にする前に公爵の方が口を開いた。
「そなたも行きたいのか?」
「い、行きたいです」
あ、焦ってつい本音が出てしまった。でも公爵はそれを否定することはなく、そうか、とだけ返した。
「なら、話はしてみよう。
どのみち次の年ではまにあわないのだから、そのくらいの時間はあるだろう」
「ありがとうございます」
何とかそれだけを答えて、僕はシントとともに部屋に戻ることにした。いや、まさかただ提案として市場に行ってみたいといっただけでこんな話になるとは思っていませんでした。




