その信頼は盲目か理性か
映像機器の中では、かっちりとした服装の男女がニュースを伝えている。ボロスのくすんだ水色の目が、男女の下に表示される文字を追っていた。
『ナナガ国は、我が国へ対妖魔銃の技術を要求しました。論文引き渡しと、開発に関わった科学者一人のナナガ国への派遣の二つのようです』
『これは前代未聞の出来事です。要求を飲んだアウリム科学技術長官とボロス国家元首は何を考えているのでしょう』
『これを許せば、技術の流出を止められなくなるのでは?』
『そうなれば我が国は……』
『一体この責任を……』
紛糾する意見と、普段よりも強めのトーンで語られる見解が、彼らの動揺を表していた。
「ボロス国家元首! ニュースをご覧になりましたかっ!?」
珍しく乱暴に開かれたドアから転ぶように入ってきた小太りの男が、開口一番に早口で尋ねた。
ボロスは己の補佐官へ向けた目を、無言で映像機器へと戻す。
答えるよりも雄弁な視線に、リーザス補佐官は続けた。
「アウリム科学技術長官は一体何を考えて……いや、あの男が何も考えていないのは始まったことではないでしょうが、なぜこうも早く報道が」
迅速すぎた今回は規制をかける暇もなかった。実験が行われている間、リーザスはトラメたち、ボロスがラナイガを、それぞれが観光と視察という名の接待をしていた。その最中、すでに国内への放送が成されたあとだったのだ。今見ているのは最初のものを追髄するニュースばかりである。
「決まっておる。漏らした者がいるのだ。それも科学者の中にな」
接待の最中に補佐官は、この心臓に悪いニュースの存在を知り、あちこち確認や遅すぎる圧力をかけて回った。かけた圧力はかえってニュースの信頼性を増し、リーザス補佐官の涙ぐましい努力は空回っている。
「まさか。彼らには十分な給金と名声、環境を与えております」
リーザスが息を飲み、せかせかと額の汗を拭いた。ハンカチの下から、泰然と構えているボロスを盗み見る。ボロスと補佐官であるリーザスは二十年来の付き合いになるが、厳格な為政者たる彼は、おおよそ取り乱した様子や無様な様子を見せたことがなかった。
「そのことはもうよい。ひとまずラナイガの爺の手腕を称賛しておくとしよう。それよりも国内の動きとミズホ国の『デンキ』に目を光らせろ」
曲がっていない背筋で、堂々と椅子に腰かけたボロスの鷹のような眼光に晒され、リーザス補佐官はまた汗を掻く。今までこの国家元首の言うとおりにしておけば間違いなどなかったのだ。今回も同じに違いない。小太りな補佐官は怠惰な、信頼という名の思考停止を行う。
ボロスから言いつけられたことを遂行するために退出する補佐官を一瞥し、ボロスはまた映像機器へと視線を戻す。
くすんだ水色の瞳に映すのは、補佐官と同じく思考停止に落ち着く報道であった。
滞在期間中、毎夜催される夕食会会場。
立食の形をとられた本日の会場でトラメはグラスを傾けた。
極寒の国であるマギリウヌ特有の、アルコール度数の高い酒は、いかにこの液体が人体を通過していくのかを教えてくれる。
滅多に姿を見せぬ幻の国ミズホ国の代表であるというのに、トラメへ向く視線は少ない。挨拶程度は交わすものの、さして突っ込んでくるでもなく、自分をアピールするでもなく去っていく。基本的に他人へ関与しない気質の国、社交の場ですらこうなのだから呆れたものだ。
ようやく近付くものが現れたかと思えば、ナナガ国の好好爺だった。
「今日もお美しいですなあ、トラメさん」
にこにこと丸顔を笑みでいっぱいにして、グラス片手にラナイガが世辞を言う。
「今日のお召し物は、フジヒメさんと同じ藤ですか。ええ、ええ。ミズホ国特有の花、映像機器に映るニュースで知ってはおりますがねえ。実物を拝見したことはありません。ええ、ええ。さぞや見応えのあることでしょうなあ」
ニュース、の単語を言う時、弧を描くラナイガの目が縞模様の目を射抜いた。
トラメの目が真実を読む。
――今日のニュースを仕組んだのは、私ではありませんよ。
「藤棚というものを組んで、そこから垂れ下がるように咲くそうですねえ。ええ、ええ。私は勿論ボロスさんも見たいのではないですかねえ」
――仕組んだのはボロス国家元首でしょう。
「まあ、流石はラナイガ殿。よくご存知ですのね。ですが、とても残念なことですけれど、今年の藤はもう見頃が終わりですのよ」
ふんわりと微笑んで、トラメは当たり障りのない答えを返しつつ考える。成る程、わざと流したのか。しかし何故そんなことをボロスがするのかが解せない。
「ほっほっ。そうですか、もう花は終わりなのですか。ええ、ええ。まだまだ、世の中知らないことだらけですねえ」
――彼の思惑はまだ分かりません。
「では、来年の藤の花が咲く頃、ご連絡を頂けますかねえ。マギリウヌ国の素晴らしき発明、通信機器はこういう時便利ですなあ」
――ただ、情報は漏れていますよ。出所は通信機器。
通信機器からの情報漏洩に、トラメは思わず反応しそうになった。通信機器から漏れているとなると、コンゴウへ報せる必要がある。
「ええ、必ずご連絡差し上げますわ」
トラメが国長代表を務めるのは、コンゴウの伴侶であるのは勿論、瞳の能力によるものだった。
ただ、言っていることの真の意味が見える。それだけの能力だ。言っていないことの是非は見えない。
ラナイガは能力を知る者の一人で、それを使って自分の身の潔白とラナイガの知る情報を伝えてきたのは、『石』を持つラナイガが、ミズホ国との敵対を制約によって禁じられているということもある。
しかしこの爺がそれだけで動かないことをトラメは知っている。見た目は好好爺で通し、様々な策を巡らせる策士、時に冷酷な判断も下せる権力者、しかしラナイガの行動理由には必ず道理が存在する。
有益な情報をくれたラナイガへ、トラメは感謝を込めてはんなりと微笑んだ。
前回のお話「傷痕」の後半を改稿しています。ご迷惑をおかけしました。




