傷痕
「やっぱり無理してたんじゃん」
自分で歩くと強がって部屋まで戻ったものの、ベッドへ倒れ込んだ青年へ、ハルが呆れた声を上げる。
「ちょっとだけですよ。直ぐ治ります」
そう答えて目を瞑れば、猛烈な眠気が襲ってくる。ポルクスはこのまま眠ってしまいたい誘惑に駆られた。
「そのままでは風邪を引くわよ」
ひたりと冷たいタオルを当てられて、沈みかけた意識が浮上する。言われて自分が汗をぐっしょりと掻いている事実を思い出した。
「ほれ、着替え」
クローゼットを漁ったハルが、起き上ったポルクスに着替えをぽんと投げて寄越す。受け取った着替えを脇に置いて上着を脱ぎかけてから、動きを止めた。
「あの、ありがとうございました。僕ならもう大丈夫ですから、部屋に戻っていて下さい」
「別に今日は他に用事もないし、貴方がちゃんと休むまでここにいるわ」
「あれ? なんか信用ないですね。大丈夫ですって!」
ベッド脇に佇むコハクとハルへ、ばたばたと手を振って大丈夫だとアピールする。
「駄目よ。貴方あぶなっかしいもの」
しかしなぜか信用が落ちているようで、部屋を出ていく様子がない。となると、目の前で着替えないといけないわけになる。
「あー、いやあ、そのう」
「くすくす。私なら兄さんの着替えで見慣れてるから平気よ。コハクも大丈夫よね?」
シオリの言葉に、コハクは着替えを見ることになると気付いた。
「あっ! わ、私は後ろを向いているわ」
「やだ、コハク可愛いー」
「うるさい」
慌ててくるりと背中を向けたコハクを、ポルクスは確かに可愛いと思うが、問題はそこではなかったりする。
どうせいつかは分かることと、ポルクスはさっさと服を脱いだ。その瞬間ハルが息を飲む。
「お前、それ……」
「どうしたの?」
後ろを向いていたコハクだったが、どうにも只事ではないハルの声音が気になって、ちらりと横目で後ろを見る。
ハルの視線を辿ると、ポルクスの背中に、肩口から脇腹まで斜めに走る大きな傷痕が露になっていた。どう見ても生死に関わるような傷痕を見て、コハクは絶句する。引きつれたような傷痕は、ポルクスが被ったシャツに隠れた。
「三年前、宿主というか、妖魔にやられた傷です」
「妖魔にって……」
それ以上言葉が続かないコハクへ、金髪の青年が困ったように微笑んだ。
「本当はね、妖魔の事が憎くて第二部隊に入りたかったんです。でも、ずっと却下されてました。コハクさんに会って、ハルさんに会って、妖魔や宿主の苦しみを知って、あの時の妖魔もそうだったのかなって思えて」
シャツの上から胸元を押さえて、俯いた。明るい金髪に青い垂れ目が隠れ、ぐっと結んだ口元だけが覗く。
「僕は知りたい。あの時の妖魔が何を考えていたのか。どうして……僕の家族を殺したのか。でないと前に進めない。妖魔との対話に必死になるのは、本当はそんな利己的な理由なんです。アウリム科学技術長官との交渉だってそうです」
それから青年は頭を下げた。顔は伏せたままなので表情は見えない。コハクはじっと青年の金髪を眺める。
「心配をかけてごめんなさい。多分まだかけます」
「……ポルクス」
交渉の中には三年前の妖魔への情報も入っていた。あの交渉に臨んだのは、周りに流されていただけでなく、青年なりに動いた結果だったのか。
「前に進むために必要なのね。妖魔の為や他人の為でなく、貴方自身の為に」
「はい」
「なら、仕方ないわね」
コハクはふう、と息を吐く。俯いていた青年が軽く目を見開いて顔を上げた。コハクの肯定が意外だったというのか。少し面白くなくて仏頂面になる。
「ただし、自分を置き去りにしては駄目よ。ちゃんと休んで」
「あ、はい。気を付けます」
少し怒ったようなコハクに気圧され、ポルクスはこくこくと頷いた。
「実験も、今日のように危なくなったら止めるわよ」
「はい! お願いします」
ぴんと背筋を伸ばして大きく首を縦に振る青年の様子は、ナナガ国での初対面を彷彿とさせ、つい態度が弛んでしまう。
「よろしい」
怒った態度は長く続かず、コハクは赤い唇を小さく綻ばせる。コハクの笑みにつられて、ポルクスもくしゃりと笑った。
後半、改稿しました!
ご迷惑をおかけしました。




