三様の政治屋
南東の国境、ザスティ町からは鉄道を利用して揺られること数時間後、コハクたちはマギリウヌ国首都に到着していた。
マギリウヌ国を形作っているのは町を覆うドームと、ナナガ国に濫立していた建物とよく似た建物だ。ただし、ナナガ国のように雑多ではなく全てが整然と整っていて、どの建物も病院や公共施設のような小綺麗さだ。
「ミズホ国の皆様、ようこそマギリウヌ国へ」
駅のホームで受けた手厚い出迎えの中、コハクはそわそわと視線をさ迷わせる。立ち並んでいるのは出迎えの人間と報道関係と思われる者たちで、人種が混ざりあうナナガ国とは違い、大半が銀髪と水色の瞳に統一されていた。ハルもコハクと同じようにきょろきょろと人々の中から誰かを探している。トラメはそんな二人をくすりと笑い、側に立つ案内人に声をかけた。
「ナナガ国の方々はもうお着きかしら?」
「直にお着きになる予定でございます。ああ、いらっしゃいましたよ」
案内人の視線が向かいのホームへ移り、コハクとハルも同じようにそちらを見た。停車した箱形の乗り物から、ぞろぞろと降りてくる一団が目に飛び込む。
「いた! ポルクスだ!」
目当ての人物を見つけて、ハルが立てた尻尾を千切れんばかりに振った。尻尾と同じく手も無邪気にぶんぶんと振る。
一団の中でぴんと背筋を伸ばし、緊張に顔を強ばらせた明るい金髪の青年が、こちらに気付いて破顔した。手を振り返そうとしてから、周りを見渡して顔を引きつらせ、小さく会釈するに止める。青い垂れ目だけが必死に後で、と訴えていた。
つい反射で友人に手を振ろうとして、国の代表として来ている一団の一人であることを思い出したのだろう。真面目なあの青年らしい行動にコハクの頬が小さく弛んだ。弛ませてから、また引き絞る。久しぶりに見た青年が、なんだか痩せたように思えたのだ。隣のハルがコハクの袖をちょいちょいと引く。僅かに顔を上げてハルを見ると、彼も同じ事を感じたようで、コハクに頷いてみせた。
コハクとハルの懸念を他所に、ホームに設置された歩道橋を渡って、ナナガ国代表の一団がこちらへやってくる。
先に握手を求めてきたのは神経質そうな壮年の男、ナナガ国国王ルルアーガル・キレナ・マーリヒ・ナナガであった。
「お久しぶりです、トラメ様。コンゴウ様はご息災ですか?」
「お久しぶりでこざいます、ナナガ国国王様。はい。お陰様でコンゴウは元気にしておりますわ」
互いに品よく、やんわりとした握手を交わす。トラメとナナガ国国王とは表面上の付き合いしかない。自他共に周知の事実であり、これで構わなかった。トラメの縞模様の瞳がナナガ国国王の隣へ動く。
「ご無沙汰しております、ラナイガ殿。お元気にしておられましたか?」
「ええ、ええ。元気に過ごしておりますよ。トラメさんは相も変わらず、お美しくていらっしゃいますなあ」
にこにことトラメへ手を差し出したのは、ナナガ国国議会議会長ラナイガ・ケイプスだった。薄くなった癖のある白髪に、まるっこい顔を満面の笑みの形にして、トラメの細く長い手を握る。『石』の持ち主であるラナイガとの縁は浅からぬものだ。
「そう言うラナイガ殿は相変わらずお世辞がお上手だこと」
握手を終えてトラメがころころと笑う。
「そりゃあ、口の巧さでここまで上り詰めましたからねえ。ええ。しかしトラメさんが綺麗なのは事実ですよ」
ナナガ国の実質的な最高権力者であるラナイガは、とてもそうとは思えない外見をしていた。笑みも物腰も柔らかく声も優しい。背は低く、腰は少し曲がっている。灰色の目はまぶたと年齢が刻んだしわに埋没していて、ずっと笑っているように見えた。柔和で何処にでも居そうな好好爺という風情の男だった。
そのままマギリウヌ国の人間に案内されて通されたのは、一風大きく変わった建物だ。外観は直線と流線形が組み合わされ、ガラスがドームを通した柔らかい太陽光を反射していた。
待ち受けていたのは厳めしい老人、マギリウヌ国国家元首ボロス・バンクディと科学技術長官アウリム・ケルビトス、教育長リムリナ・レベアータの三名である。
齢八十四という高齢の指導者ボロス・バンクディは、マギリウヌ国人らしい銀髪にくすんだ水色の瞳だ。折り目正しい正装に身を包み、年齢を感じさせないきびきびとした所作でコハクたちを出迎えた。
「遠路遥々、ようこそお越し下さりましたな、ナナガ国王陛下ご一行、ミズホ国国長代理トラメ様」
客を歓待すべくボロスが笑みを見せる。彼の猛禽類を思わせる笑顔は、決して和ませるものではなく、見る者の緊張と警戒心を呼び起こすものであった。政治の中枢を担う者の風格を、ボロスは厳格に体現している。
「この度はご招待下さりありがとうございます、バンクディ様」
「トラメ様と同じく、ご招待にあずかり大変光栄に思っておりますよ」
上品な物腰で受けるトラメと、人当たりの良い態度を崩さないラナイガとの、三様の政治屋たちは穏やかに最初の対面を果たしたのだった。




