邪気のない罪は深き業となり
「素敵」
互いの気持ちを確かめあった二人の様子を見て、チェルシーは顔の前で軽く両手を合わせうっとりと微笑んだ。
「良かった。本当に良かったね、兄さん。兄さんとリルさんが幸せになってくれるのを、私もレイチェルもずっと望んでたのよ」
頬を紅潮させ嬉しそうに祝福するチェルシーを見て、コハクは表情を険しくした。彼女の態度は極めて自然だ。心底兄とリルの事を喜んでいる。
既にコハクの瞳はゆっくりと燃え、甘い香りが結界を満たしていた。後は言葉での誘導で条件は整う。
「二人を幸せにするために、貴女たちは邪魔者を排除していたの?」
コハクは帯に差した鉄扇を引き抜き、開いた。
「うふふ、そうよ。兄さんったら甘いんだもの」
チェルシーは口元へ指を添え、可笑しそうに思い出し笑いをする。
「それが貴女の罪ならば、貴女の目的は果たせた。もう良いでしょう?宿主の少女から離れて私の瞳へおいで。一緒に罪を贖いましょう」
甘い芳香は充満し、コハクの瞳に灯した光を真っ直ぐ見詰めているというのに、分離の気配は全く見えなかった。
『ハル、今はポルクスもいない。拗ねるのはやめて、何時でも出られる心づもりでいて』
コハクが瞳の中へ語りかけると、緊張した様子のハルの返答があった。
『分かってる。こいつはヤバイね』
ハルも感じているのだろう。この少女の妖気の強さと自然すぎる言動の異常さを。
「チェルシー……」
アルフレッドの苦しそうな声にチェルシーはかぶりを振った。
「兄さんが気にすることないわ。今まで私たちの幸せばっかり考えてきたんだから、これから兄さんはリルさんと幸せになる事だけ考えてればいいの」
少し頬を膨らませて言う彼女は、兄に幸せになってほしいと可愛らしく怒ってみせていた。
「ね、兄さん。リルさんと想いあえて幸せ?」
妹の言葉にアルフレッドはヘーゼルの瞳を揺らす。アルフレッドを支えているリルの手が、ぎゅっと握られるのを感じて迷いを断ち切った。
「ああ。幸せだ。リルもこれ以上ないくらい幸せにしてみせる。だから、チェルシー……」
「そう、幸せなのね。だったら」
薔薇色に頬を上気させて、潤んだ大きな瞳を細め桜色の唇を笑みの形に変える。花が開くような乙女の笑顔でチェルシーは両手を広げた。
「私に食べられて? 兄さん」
少女の五指から伸びる糸は上下左右から二人へ迫った。
「おいで、ハル!」
コハクはハルを喚びながらチェルシーと二人の間へ割り込む。コハクの側へ伸びてきた糸は、彼女へ触れる前に焔を上げて燃え尽きた。ホムラが燃やしたのだ。
「ほい、きた!」
喚ばれたハルは破片から質量を変えて耳と尻尾を持つ青年の姿になる。地面に降り立つのももどかしく、片手を支点にして足を回転させる動作で、アルフレッドとリルの周囲へ伸びる糸を断ち切った。
「痛っててっ! 思ってたより硬っ!」
途中で糸を切る足に妖気を集中させて守るが、幾つか裂傷が出来た。一口に高位妖魔といってピンからキリまである。ユズリハはようやっと高位妖魔の仲間入りをする程度だったが、ハルは高位妖魔の中でもそれなりに上位、そのハルに傷をつけた。
「『琥珀』の名において真実の名を呼ぶ『千鶴』!」
結界の壁や床から一部分剥がれた紙が、少女の形を成す。
「千鶴、二人を守って」
「はーい! はーい!」
紙で出来た真っ白な少女は、元気よく手を上げて二人の側へ駆け寄った。結界専門の千鶴は全く攻撃力を持たない。その代わり守りに回れば、千鶴よりも上位の妖魔であれど簡単には抜けない。
「邪魔しないで貰える?」
「そうはいかないわ。それと質問よ」
この妖魔に殺された人間は十人に届かない程、それだけではこれ程高位にはならない筈だ。コハクは少し語気を強めて問い詰める。
「レイチェルという貴女の妹は、今どうしてるの?」
「ふふふ。レイチェルはね」
罪の深さに比例して妖魔は力を増す。分かりやすいのは、より沢山の人間を殺すこと。もうひとつは、より深い業を背負うことだ。
「っ!」
リルを抱くアルフレッドの片手が強張る。リルは嫌な予感に心臓を叩かれながら聞いた。
「とっても美味しかったわ」
チェルシーは桃色に染まった頬に手をあてて、ほうと切ない溜め息を吐いた。
誰よりも大切な存在を喰らう。それはこの上ない程深い罪となる。
「どうしてっ!? どうしてですの? 貴女たちはあんなに仲の良い姉妹でしたのに」
アルフレッドに紹介されて、一緒に食事をしたこともある。仲睦まじい彼女たちの姿は一人っ子のリルにとって少し羨ましくもあり、大勢で囲む食事はとても楽しかった。
「教えてくれたヒトがいるの。そうすればもっと力が手に入るんだよって。力が手に入ったら誰にも負けない。ご飯だって選びたい放題。レイチェルも私もひもじくなくなる。そしたら兄さんだってもう嫌なお仕事しなくていい。もう殴られない。だって私の方が強いもの」
目的の為の手段であった筈のものが、本末転倒になっていることに彼女は気付いていないのか。
「そ、そんなのおかしいですわ。レイチェルとアルフレッドにひもじい思いや嫌なお仕事をさせたくなくて強くなりたいのに、強くなる為にレイチェルを食べて更にアルフレッドを食べようとする……?」
矛盾を指摘するリルの声は震えている。
「嘘でしょう? 悪い冗談ですわよね?」
ぎこちなく笑おうとしたリルをアルフレッドは片手で引き寄せ、自分の体で出来る限りチェルシーから隠した。コハクとハルは並んで二人の前に立つ。ホムラはコハクの側へ控えた。




