『デンキ』の役割
「すぐに行くわ」
リリアーヌへ短く答えてから、コハクは少し思案して建物の隙間から覗く空を見上げる。今は夜。普段は姿も見えない下級の妖魔ですら視認できる、妖魔たちの時間だ。ポルクスを残していくのは危険かもしれない。
しかし、ホムラに運んでもらうコハクや、オートバイという乗り物があるリリアーヌとリルとは、移動速度に雲泥の差が出る。
ハルが居れば良かったのだが、試しに瞳へ呼び掛けてみても、返ってきたのはやはり否定の言葉だった。
「コハク様たちは先に行って下せェ。アタシとこの坊主はのんびり追いかけやさァ。な、坊主!」
片手を懐から抜いて、ハヤミはポルクスの背中を叩いた。有無を言わせぬ笑顔と口調で、決定事項のように告げられて、ついポルクスは首を縦に振る。
常に浮かぶ笑みが、どうも落ち着かない。ハヤミはどうもダグスと同じで妙に緊張する。かといってコハクたちのお荷物になるのは御免だった。
「よろしくお願いします、ハヤミさん」
ハヤミにとってもポルクスはお荷物だろうに、 付き合ってくれるハヤミへ頭を下げた。
「彼をよろしくね、ハヤミ」
ハヤミに任せておけばポルクスは安心だろうと、コハクはホムラの背に乗った。
リリアーヌは慣れた様子でオートバイのクラッチを切ってアクセルを開けた。滑らかにシフトを繋ぎ加速していく。夜の静寂にエンジン音を響かせるリリアーヌへ、コハクを背に乗せたホムラが続いた。
コハクたちとポルクスたちの距離はあっという間に開き、互いの姿が見えなくなる。
コハクたちが行ってしまうと、ハヤミはゆっくりとした足取りで歩き出す。
「さァて。互いに情報交換といこゥか、坊主」
崩れない笑みと不思議な色合いの目を向けられて、ポルクスは我知らず唾を飲み込みハヤミの後へ続いた。
「ええと、情報交換と言われましても僕は殆ど把握してませんよ」
「素直で宜しい。別に期待しちゃァいねェよ。結界の中で何が起こったのかだけ聞かせてくれや」
「ああ。それなら……」
ポルクスはほっとして、リルの中にいた妖魔のこと、チヅルやハルの真の姿を見たこと、コハクが一時的に目が見えなくなったこと、リルの中にいたミソラのことを話した。
「オイオイ、坊主。そりゃァ、本当かい」
ハヤミは懐から片手を出して頭へ当てた。
あの一見人懐こそうで、その実コハク以外へなびかないハルが気に入った。更にあのハルが真の姿を晒して平気な一般人、これにも驚いた。それよりも極めつけは。
「ただの人間が、妖魔を使役したァ?」
思わず常の笑顔を引っ込めて、まじまじと金髪の青年を見る。青い垂れ目にそばかすが浮いた新米隊員の胸元に抱かれる黒い子猫は、確かに下級の妖魔だ。
「いや使役とかじゃなくて、共存?」
小首を傾げてポルクスは自分を見上げている緑の目を見た。別にミソラを自分の為に使うつもりはないし、するとすればお願いだろう。なら使役などというよりも共に生きる共存の方がしっくりくる。
『共存。いい言葉ですわね』
ポルクスに撫でられて子猫は満足そうに目を細めた。前代未聞なんてものではないが、目の前に事実存在している。有るものはあると、さっさと受け止めてハヤミは切り出した。
「そんじゃァ、先ずはアタシの知ってる情報だ」
ハヤミの顔には笑みが戻っていて、どうもこの表情の方がポルクスは緊張する。
「アタシら『デンキ』の役割は各国へ散らばっての情報収集と依頼の繋ぎ、『石』を渡す人間の選定だ。『デンキ』はミズホ国の幻の宝石商ってのが一般認識さァね」
「幻の宝石商……」
聞いたことは一応あるが、面白おかしく話す都市伝説の類いだった。遠い東のミズホ国には妖魔を使う魔女たちがいて、その手下の宝石商が時折怪しい宝石を売るのだと。その宝石を手にした者は、あらゆる願いが叶うとか。
時々ミズホの宝石と称されて競りに出されることがあるが、決まって恐ろしい値段が付いて、新聞の紙面を賑わせていた。
「ミズホ国の宝石は、宝石そのものの価値よりも『石』に籠められた力が重要だ。なにせ妖魔が姿を変えたモノ、普通の宝石とは違わァな」
持ち主へ時に富と名声を、時に幸運と成功をもたらすミズホ国の宝石は、小国ミズホの貴重な財源と同時に、味方を手に入れる切り札でもあった。
「市場に流すのは当たり障りのないちょっと幸運をもたらす宝石、下級か中級妖魔の石さァな。本当に価値ある『石』はアタシらが慎重に選んだ者へ渡す。高位妖魔の『石』は持ち主を必ず成功させ、権力の中枢へ引っ張り出すからなァ」
『珠玉』は妖魔を瞳に封じ、やがて妖魔は石に変わる。妖魔がその身を変えた石を売るのは『デンキ』の役割だ。その国の中枢を担う者へ、もしくはこれから担うであろう者へ渡すのだ。
「そ、それって、その石さえあれば成功を約束されるってことですか? そんなとんでもない石、奪い合いになりますよ」
「勿論ならァな。だが簡単には出来ねェのよ。なにせ『石』を渡した者はアタシらを裏切れねェもんでね」
持ち主を必ず成功へ導く『石』だが、持ち主がミズホ国へ牙を剥いた途端、運に見放され破滅する。
「高位妖魔の『石』の対価は金じゃあねェ。いつの世もタダより怖いものはねェもんさ。ま、ミズホ国へ不利益になることさえやらなきゃァ、成功が約束される。互いに利益を得られるんだから、対等よォ」
そう言ってからからと笑うこの男はやはり恐ろしい。なんというか、敵だと判断されたら容赦がないという空気があった。




