石の持ち主
「ま、前置きはこのくらいだ。このナナガ国でアタシが高位妖魔の『石』を渡した中にゃあ、ダグスの旦那がいる。他はこの国の権力構造を知ってりゃァ、自ずと想像つくってもんよォ」
ほれ、言ってみろという笑顔を向けられて、ポルクスは背筋を伸ばす。
「この国で権力のトップはナナガ国議会です。国議会メンバーは議会長、ナナガ国国王、ナナガ国国軍元師、裁判官長官、治安維持警備隊総隊長、ナナガ国の三大商会のそれぞれの会頭、三大公爵家……まさか全員が石の持ち主とか言わないで下さいよ」
言いながらポルクスは、自分でもどんどん血の気が引くのを感じた。もしそうだとしたら、そんな秘密明かさないで欲しい。嫌な予感と嫌な汗が止まらなくなる。
ちなみにナナガ国国王はお飾りで、ナナガ国を動かしているのは主に議会長と三大商会の会頭だ。
「そこまでやったらナナガ国はミズホ国の傀儡さァ。流石にやらねェよ」
過去、ミズホ国がそれをやろうとした時代もあったが、ハヤミはおくびにも出さない。
己の地顔になりつつある笑みを貼り付けたまま、素直すぎる反応を示す青年をじっと観察する。ハヤミの話を聞いていた時、権力のトップを挙げていった時の様子、どちらも危惧していたようにおかしな所は無かった。
「悪かった、悪かった! 疑ってかかるのも、わざと脅して反応見るのもアタシの悪い癖でェ。とって食いやしねえから倒れんなよ、坊主」
どうやらただの一般人を少し脅かしすぎたようだ。蒼白になっている青年から観察の視線を切ってやる。謎の圧力から解放されて、ポルクスが大きく息を吐いた。同時にハヤミへ向けられていた殺気も夜の空気へ溶ける。
殺気は青年の制服から顔だけを出している子猫のものだ。ずっと抱いているよりも動きやすいだろうと、小さな黒猫は制服の中へ潜り込んでハヤミを警戒していた。
全く、随分と愛されているものだ。
「国議会メンバーの中で石を持っているのは二人だ。石を渡すにゃ制約がある。心配しなくても渡した奴への制約は、ミズホ国への侵略を禁ずること、『珠玉』へ危害を加えないことの二つだけよ。他者がこの二つをやろうとした時の、ミズホ国への報告義務も阻止する義務もねェ。ミズホ国の為に何かを協力しろだの便宜を図れなんてもんもねェさ。緩いもんだろがよ」
わざと物騒に告げていた内容を正確に言い直す。石を渡す時、必ずミズホ国を守る為に必要不可欠なこの二つを制約する。それ以上は制約外だ。
幾分か柔らかくなったハヤミの態度と、制約の内容にポルクスは胸を撫で下ろした。
「良かった。じゃあ、石の持ち主はミズホ国の言いなりになるわけじゃないんですね。あの、もしも石を奪われたり、誰かに渡したら?」
街灯のない路地を月明かりを頼りに歩く。どこもかしこも舗装されて、土の露出のないナナガ国の道は暗くとも歩きやすかった。
「その時ゃァ石は効力を失う。持ち主が死んでも同じだァな。石の力は石が選んだ持ち主のみに働くからなァ」
「成る程。でしたら持ち主から無理矢理奪っても意味がないんですね」
この情報も安心要素だった。もしそうでなければ、石を巡って血生臭い争いが起きてもおかしくないからだ。
安心するとポルクスの思考は少し前に戻った。ハヤミは石の持ち主が国議会メンバーに二人いると言っていた。一人はダグス、ならもう一人は?
「あの、もう一人の石の持ち主って、ナナガ国議会のラナイガ・ケイプス議会長?」
「正解」
「トップ中のトップじゃないですか!」
ナナガ国の政治を動かす国議会を纏める議会長は、実質国の最高権力者だ。恐るべし石の力にポルクスはおののく。
「あの冴えないオッサンがそこまでのし上がるたァ、石を渡したアタシも驚いたもんよォ」
「うわあ、聞くんじゃなかった!」
今からでも聞かなかったことには出来ないだろうかと思案するポルクスへ、ふいに数歩前を歩いていたハヤミが近付く。
「後悔するにゃァもう遅えよ、坊主」
音もなく距離を潰されて、腰に吊るされた刀が抜かれ、描く軌跡を見守ることしか出来なかった。
ポルクスが声を上げる暇もなく、刀は無言で月光を弾く。
間近に並んだハヤミはポルクスよりも僅かに背が高く、変わらず湛えた笑みが冷然として見えた。痛みはない。当たり前の事だった。ハヤミが斬ったのはポルクスではないのだから。
真っ二つになった黒い塊が地面に落ちる。焦げた臭いが鼻腔をくすぐり、ハヤミの刀が小さな青白い火花を上げていた。
「っ、どうして」
地面に落ちてぐすぐずと溶けて無くなっていくのは、下級妖魔だ。
「どうしてもこうしても、妖魔は見つけ次第に殺すもんだろ。あァ、コハク様は例外だぞ」
初めて見たのがコハクだった為にあれが普通だと思ったのだろう。非難の声を上げるポルクスへ、ハヤミは現実を突き付けてやる。
「あれほどの妖魔を封じて使役するのは、『珠玉』の中でもコハク様くれェなもんよ。普通は一、二体くらいで後の使役出来ねェ妖魔は狩るしかねェんだ」
一歩下がって青年から距離を取り、刀を一振りして鞘へ納める。
「それとも何か? 坊主がなんとかしてやんのかい? 憐れな妖魔を救ってやんのかい? 治安維持警備隊の坊主がよく言う。妖魔を殺すのはあんたらの仕事だろう? あァ、失礼。坊主は第四部隊だったか」
治安維持警備隊の役割はその名の通り治安維持の為に犯罪を取り締まり、犯罪から生まれた妖魔を迅速に殺すことだ。上級が生まれる前に罪を犯す人間を捕まえ、宿主を射殺する。
第一部隊は国の要人や主要施設の警護、第二、第三部隊が都市か地方の違いで犯罪者を捕まえ、宿主ごと妖魔を殺す。第四部隊は他の部隊の雑用と市民との仲介役だった。
「第四部隊なら妖魔を殺すこともねェやなァ?」
挑発的な物言いと、顔は笑っているのにそこだけ笑っていない緑と桃色の目に、ポルクスの表情が強張った。
なまじ一度態度を緩められただけに、油断した。
「……ハヤミさんは何処まで知ってらっしゃるんですか」
見透かされて裸にされて、その上で刃を向けられているような気分になる。自然と声が低くなり、小さく心が軋むのを自覚した。
「全部に決まってらァな。情報収集も役割の一つだと言ったろ?」
そう言ってハヤミは目線を切って前方へ向き直り、顎をしゃくってみせる。ハヤミが差した前方には、一体の妖魔が闇に凝っていた。




