己を焼くのは
連続で受けた対妖魔銃弾が、眼球を破壊。視界が真っ赤に染まる。
人間ごときが。否。人間ごときに。
一発で無理なら二発と、寸分たがわずに狙ってきた。磨いた技術と作り出した技術で妖魔に刃を届かせる、人間の小賢しさが忌々しい。
両目を潰され、流石のシキも僅かに停滞する。その好機を犬は逃さなかった。
「ガアアアァァッ」
己の口に突っ込まれた対妖魔銃を咥え、横に振る。
「ちぃっ」
シキは舌打ちをした。シキの手から抜けた銃が、勢いよく飛んでいく。
タン。タァン。
タニアとジレン。利用してやった兄妹の銃弾がシキの頭を撃ち抜いた。空中を飛んだいた対妖魔銃が床に当たり、鈍い音を立てる。
正面からは高位妖魔の圧力。犬の妖魔が喉元を狙っていた。
今回はここまでか。対妖魔銃弾に脳髄を溶かされながら、シキは能力を使った。すり替える人間に『珠玉』を選ぶことが出来れば一石二鳥だが、力を持った人間は選べない。ロビーに沢山いる人間の一人を選んだ。
まずは位置を入れ替え、それから両目をすり替えてやる。
「無駄だよお」
狙った人間は意識を失い、能力は不発に終わる。
正面から飛びついてきた犬の妖魔を躱し、シキは踵を返した。位置の入れ替えが出来ないのなら普通に逃亡するまで。目という器官が用をなさなくとも、妖魔であるシキは問題ない。
「やあやあ。久しぶりだよねえ、青鬼い」
逃げるシキの横合いから、のんびりと間延びした声がした。赤と青緑が不自然に混ざった妖気。ナナガ国で邪魔をしてきた、ヤクロウマルとかいうインテリ気どりの妖魔だ。性懲りもなく人間たちの五感を奪ったらしい。
「また貴様か」
やつの能力は薬物。シキの敵ではない。気をつけるべきは糸の妖魔と犬。
「逃がしませんわ!」
「俺から奪ったものを返せ」
穴の妖魔は主の不調で力が足りない。人間どもの銃弾と同じく、鬼火で防ぐ。コソ泥の妖魔の攻撃は直線的だ。体を射線上から少しずらすだけでいい。内臓を狙った抜き取る能力はシキの上着をかすっただけだった。
「うふふ。すぐ逃げちゃうなんてつれないじゃない」
屋敷の扉に手がかかるところで、おびただしい数の糸が広がった。一本一本に妖気のこもった糸。これを全て斬るのはシキにとっても至難の業だ。シキは懐から糸を取り出し、後ろに放り投げた。後ろから迫っていた犬の鼻面に向かって。
だから普通の糸とすり替えてやる。せいぜい、仲間の能力を喰らっていろ。
「ギャゥン!」
幾重にも張り巡らされた糸に阻まれ、犬が鳴く。すぐに噛み千切るだろうが、逃げる時間は十分に稼げた。シキは普通の糸を容易く千切り、扉に手をかけて。
「ぎゃああああ」
ぱしゃんという水音と共に全身を焼かれ、悲鳴を上げた。
「そうそう。この前は認識をすり替えるなんてえ、過大評価してごめんねえ。お前の能力はもっとしょぼいやつだったんだよねえ。だってさあ。糸と糸。同じ背格好で同じように意識のある人間。同じ条件のものとしか、すり替えられないんだよねえ」
「ぎさまぁあああああ!」
シキの体を焼くのは、炎ではなく何かしら薬剤だ。
「ほらあ。この間の麻痺毒は効かなかっただろお? だから特別ブレンドで劇薬作ったんだけどお。それだけじゃ足りないかもって思ってねえ。あるものを足しといたんだけど、なんだと思う? あ、もちろん麻痺毒ももっと強いやつ調合して使っておいたからあ。逃げるの難しいよお。ほら、俺ってぺらぺらくっちゃべるタイプだからあ。馬鹿でも分かる解説の時間必要だろお? さてさてえ、そろそろ答え分かったかなあ? あ、分かんないい? ごめんねえ」
ねっとりと湿り気を含ませて、ぺらぺらぺらぺらと並べる御託と痛みを無視して扉を開ける。
「ポルクス・キングスの血だよ」
「何だと?」
その瞬間。シキの最優先は逃げることも反撃することでもなくなった。
あの人間。
物理的な視力を持たない両眼を、ソファーに寝かされた人間に向ける。命の灯が弱弱しく揺れている、今にも死にそうな人間。取るに足らないと思っていたあの人間。利用して、逆に計画の障害となったあの人間。
ただの人間が。邪魔、障害どころでなく、危険だ。
犬にジレンを殺させてレトリ国とミズホ国の亀裂を生むことは失敗したが、それは保険だ。南方諸国、マギリウヌ国と聖ルアノラ帝国は堕ち。計画はもう加速している。シキがいなくなっても止まらない。だがあの人間は止める可能性を持つ。
体が燃える。火の熱ではなく、薬剤だけでなく。己の鬼火とは違う青が、己の業を、罪を鎮め浄化している。熱く感じるのは、抵抗する己の罪と怨嗟だ。
「ポルクス・キングスゥッ!」
己のうちの鬼火を全て燃やす。対妖魔の銃弾を溶かし、穴をかき消し、薬を燃やして進んだ。
「俺たちの怨嗟が、罪が! この程度で消せるだと?」
八つ裂きにせんと伸ばした腕が、犬に喰い千切られた。反対の手が糸で切られる。噛まれた腹を内蔵ごとくれてやり、大口を開けた。そこへ硬い棒のようなものが叩きこまれる。
「殺させない」
割り込んできた『珠玉』の鉄扇を歯で砕き、それでもなお進もうとしたところで。
「コハクに触れるな」
シキを焔が焼いた。