四日目(後編)
新たに受け取った情報では、二階層へと続く階段付近の川に四人組の冒険者が接近しているとのことでした。
敵の数が多い為、分散した時を狙う事にします。
あらかじめ、回収を担当する魔物を呼び、川の付近の巡回を命じておきましょう。
問題の場所へ向かった私は、川に到着したばかりの四人の冒険者を見つけます。
獣人のみで構成されたパーティーで、それぞれが分担して焚き火の用意をしているように思えます。
鉄製の長剣を腰に挿し、鉄製の鎧を身に着けた狼人種の男、短剣を持ち布製の服とマントを身に着けた鼠人種の男、長弓を携え皮製の鎧を身に着けた猫人種の男、赤く宝石の付いた杖を持ちローブに身を包んだ兎人種の女。
そのうち鼠人種と猫人種がそれぞれ別の方向の密林へ向かい、狼人種は川で水を汲み、兎人種は河原の石を並べ始めました。
まずは再び密林に入るであろう二人を狙うことにします。
弓を持った猫人種が獲物を取りに行くはずです、となると鼠人種は薪になる木を集めるといったところでしょうか。
弓は放っておくと厄介ですが、すぐに合流はしないはずなので先に鼠を片付けます。
燃えやすそうな細い木を選んで拾っていく金髪で三対の細長い髭が特徴的な小男。
愚かにもまったく回りを警戒しておらず、複数の木の枝を左の小脇に抱え、下ばかり見ながら薪を探しています。
小男の背後の木の陰に隠れている私は、足元に落ちている手ごろな石を拾うと、小男の前方の草むら目掛けて放物線を描くように投げました。
投げられた石が草を掻き分け、地面を打つ音を立てているのに気づかない小男。
私は背後からゆっくりと忍び寄り、小男の首に縄をかけると、勢い良く締め上げました。
小男は抱えていた薪を落とし、背筋を伸ばし両手で首に掛かった縄を掴もうとしています。
足をバタつかせながら苦痛に身体を捩る小男、やがてその体から力が失せるのを感じた私は、すぐにその首にかかった縄の拘束を解きます。
捕獲を目的としている為、手加減が必要です。
私は地面に横たわる小男の口元に手を添え、そこに僅かな呼吸を感じると、猿轡を噛ませ木の蔓で手足を縛り、その場を後にしました。
先ほど猫人種が入って行った密林に向かうと、そこで回収担当の魔物から発せられたであろう鳥の鳴き声を聴きます。
聞こえてきた方向から察するに、猫人種は左前方にいるようです。
密林の中においては珍しい、木々がまばらに生えた一画、そこを覗き込むようにしている猫人種を見つけました。
左手に長弓を持ち右の腰の辺りに矢筒を携えた猫人種、赤色をした髪は男性にしては長く顎の辺りまで伸び、頭の上には三角の耳があります。
猫人種の視線の先に目をやると、そこには捩れた一本の角と長い耳を持つ小さな動物が群れをなしていました。
一本角の動物達はこちらに気づく様子も無く、相変わらず苔を食んでいます。
猫人種は彼らを獲物に決めたのか、腰に携えた矢筒から数本の矢を抜くと、自らの手の届く位置にある地面に刺します。
私は左手で腰の短剣を抜き、ゆっくりと猫人種に近づいていきます。
その場で片ひざをついた猫人種は、自らも獲物にされているとは露知らず、一本角の動物を狙うべく弓に矢を番えています。
音を立てずに慎重に弓を引き絞り、正確に狙いをつける猫人種、背後に迫りつつある私には、まったく気づいていないのでしょう。
私は猫人種との距離を少し残して、彼が矢を放つのを待ちます。
やがて猫人種の右手が矢尻から離れ、勢い良く放たれた矢が動物の前足の後ろを正確に捉えます。
矢を受け動かなくなる動物、その周囲で群れをなしていた動物達は一斉にその場を離れます。
その瞬間を待っていた私は、一気に猫人種との距離を詰めます。
彼は少しでも獲物を手に入れようと、地面に刺さった矢を手に取り、弓に番えようとしています。
獲物に矢を射ろうとする猫人種、その首筋に短剣の柄を振り下ろす私。
主を失って尚も飛ぶ矢は緩やかに放物線を描きながら密林の奥へと消えていきました。
二人の獣人を片付けた私は、残る獲物の待つ川へと戻ってきました。
先ほどの獣人は、すでに私の仲間が回収していることでしょう。
私は目の前の太い幹に身体を預けながら川に目をやります。
鉄の装備を身に付け、銀髪の横からやや下方向に伸びた耳を除かせている長身の男の狼人種。
頭頂部付近から長くまっすぐな耳を生やし、短めで桃色の髪の女の兎人種。
二人は石を円形に積んだ簡易かまどを挟むようにして座り、帰ってくることの無い仲間を待っています。
兎人種が突然立ち上がり、密林へ歩いていきます。
何故か先ほどまで座っていた場所に杖が置かれたままでした。
私は、兎人種の向かおうとする方向へ、先回りします。
手ごろな木の陰に隠れ獲物を待つ私。
ここへきて短剣の柄では頼りないことを思い出し、足元にあった木を拾います。
私の腕よりも太いその木は獲物を気絶させるのに適しているように感じます。
兎人種がやってきました。
彼女は周囲を一瞥すると、ローブの裾を捲くり上げてその場に腰を下ろしました。
私は兎人種の背後に回り、その長い耳を掴むと勢い良く引っ張ります。
私のいる方向に引きずられるようにして倒れた兎人種は、うつぶせのまま悲鳴を上げます。
密林に響き渡る悲鳴、周囲の木から小さな鳥が複数飛び立って行きます。
役目を果たした兎人種、いまだに悲鳴を上げ続ける彼女の後頭部めがけて、私は先ほど拾った木を振り下ろしました。
悲鳴がやみ、再び静寂が訪れる密林。
私は最後の獲物を狩る為、動かなくなった兎人種の傍に聳え立つ巨木に登ります。
巨木の枝の上から狼人種を待つ私、真下には意識を失ったままの兎人種。
狼人種が駆けつけその場に膝をつくと、倒れた兎人種を抱き抱えて、なにやら声をかけています。
狼人種がその場を動かないことを確認した私は、枝から飛び降りました。
めまぐるしく背景が動き、近づいてくる狼人種に両手で持った木を振り下ろします。
私の手に握られた木は、根元から折れてしまいましたが、心配はありません。
もう使うことは無いでしょう。
私は折れた木を捨てて、ご主人様の元へ戻っていきます。
その場に残る、寄り添うようにして倒れた二人。
その傍らに出来ていた透明な水溜りは徐々に赤く染まっていくのでした。
戦果を挙げてご主人様の待つ監視室へと凱旋する私。
どれほど腕を磨いても一瞬の油断で呆気なくやられるものです。
ローブに身を包んだ敵も分厚い鎧に身を包んだ敵も、露出した肌を狙われてしまえば一緒です。
私の戦い方は、既に完成されていると言えでしょう。
そうだ、迷宮に配置した魔物とは別に、私が指揮をとる魔物パーティーを編成してみてはどうでしょうか?
隠密行動に長けた魔物のみを集め、迷宮内を徘徊し、冒険者を狩っていく。
いい考えだと思います。
きっとご主人様もこの考えに賛同してくれるでしょう。
先程の戦果とこの提案、私の評価は天井知らず。
これを期に、ごほうびをおねだりしてみましょう。
ご主人様と私の愛の結晶とか…既に名前も考えてあることですし。
先程から手が震えて監視室の扉を開けることが出来ません。
困りました、こんな時の為にも私の手下は必要ですね。
…扉を開けた私を待つのは賞賛の声でしょうか、熱い抱擁でしょうか。
人間三人が並んで通れる大きさの豪華な装飾の施された白い両開きの扉。
金で縁取られたその取っ手を掴み、静かにそして優雅に開けます。
そして、私の目に真っ先に飛び込んで来たのは、ご主人様の満面の笑顔でした。
ですが、その笑顔は私に向けられたものでは無く、ご主人様の目の前に座る金髪の有翼人の少女へと向けられたものでした。
戻って来た私に気付く事無く、互いに楽しそうに有翼人の少女と会話されるご主人様。
少女の首筋には奴隷に着けられる首輪が光っています。
その首輪が最高級品であることからも、大事にされている事が伺えます。
恐らく少女は私の知らないうちに捕獲されたのでしょう。
私は静かにその場を後にします。
自室に戻った私は思います。
どうやら、私の手下達へと下される最初の命令は有翼人の抹殺になるでしょう。
大きなため息をついた私は、何時ご主人様が来てもいいように綺麗にしてある、大きなベッドに腰掛けると…気がつきます。
隠密スキルが発動したままであることに!