第40話 人にして獣の者、龍にしてヒトの者
ふい~、お久しぶりです。
帰ってまいりました。
いろいろと、地理的にも、ネット的にも。
今回、折れた方の刀が出てきます。こちらの方はもともと名前が決まっていたのでそのまま出していますが、もう一本の方は依然募集中です。出てくると言ってもさっそく使うという事にはなりませんけどね。今回は少しだけしか出てこないので……w
とりあえず今書いているところではまだ名前の影も出てきていないのでもう少しの間なら案を送って下さっても大丈夫です。
一応今届いている案、そして私が考えている案から選考、または合体という形を考えております。
ではでは、本編をどうぞ
「エリカ様、これを」
朝のヒナとの修練を終え、朝食を取っていると、ムラミツがエリカに折れていたはずの刀を手渡した。鞘に収まった状態だが、鞘についていた傷も全て修復され、漆が塗り直されており、まるで新品のような姿になっていた。
「直ったのですか……。早くないですか?」
エリカが刀をしげしげと見つめながらそう呟くと、ムラミツは笑みを浮かべて刀を抜くよう促してきた。
「刀身の補強にエリカ様から頂いた素材を少し使ってみましたところ、相性が良かったのか非常に上手く繋がりましてね。あとは私の魔力で強化しましたので、そう易々と壊れるような代物にはなっておりません。不眠不休でやらせてもらいましたので、何とか今日の朝までには形に出来ました」
立ち上がって、机から少し離れるとエリカは刀を抜いた。鈍い輝きを放っていた少し前までの姿はそこにはなく、エリカの顔が確認できるほどに美しい刀身がそこにはあった。黒鱗が若干使われた影響で少し黒い色に仕上がっているが、それもまた美しく思えるほどの出来栄えだ。
「綺麗……」
言ったのはフィアだ。見ればジーンもジャックも刀の美しさに見入っていた。ヒナはその様子を嬉しそうに見ている。
エリカが刀身を見つめていると、根元に小さく文字が刻まれている事に気が付いた。
「"太刀 銘 黒羽"と。長期間手入れがなかったのと、腐敗により完全に文字が消えておりましたので、刻み直しました。その刀の名は黒羽と言います」
「黒羽……。綺麗な名前です」
感慨深げに文字をしばらく見つめて、エリカは刀を鞘に戻した。そして自分の席に戻ると座ってその隣に刀を置いた。
「これと加えて、もう1本作るんだろう? 嬢ちゃん、二刀流でもやるのか?」
エリカが立っている間に、自分の皿にエリカの前にあった大皿の料理をたんまり移し替えたジャックがそのうちの1つを口に放り込みながらエリカの刀を指差した。
「深くは考えてないんですけどね。鞘では限界があるので」
「まったくですよ。鞘を攻守に使用するなど、聞いたことがない。エリカ様は刀での戦闘においては常識から逸脱しておりますな。いや、それがまた面白い」
ムラミツが汁物を啜り、ご飯を口の中に頬張る。
よくよく考えてみれば、今日は確かムラミツが朝食を作る、とヒナは言っていた。朝まで刀を鍛えていたのなら、何時朝食を作ったのだろうか、という些細な疑問がエリカの頭に浮かぶ。
(まあ、美味しいから良いですけど……)
「……さて、もう1つ……あ゛あ゛!?」
腹が減っては戦は出来ぬ、そんな事を考えながらおかずを自分の皿に移そうと目を動かした瞬間、エリカの目に信じられない光景が飛び込んできた。
朝食にしては随分と作りすぎた感が否めなかった大皿のおかずがものの見事に消え失せていたのだ。油が皿にこびり付くのを防ぐ目的だと思われる野菜の葉だけが残されており、上に乗っていたはずのおかずは1つも見当たらなかった。
「そんな、どうして……」
「エリカちゃん、あれ」
フィアに言われてゆっくりと首を動かしていくと、なんとヒナの小皿に山のようにおかずが乗せられていた。
「ヒ、ヒナさん、それは……?」
「はむ♪ ……え? あ、す、すみません! 父様の料理は大好物でつい……、どうぞ!」
心底幸せそうに料理を頬張っていたヒナがエリカの言葉にまずエリカに視線を向け、その後その目の前にある小皿、大皿と移っていき、最後に自分の小皿にたどり着いて、顔を真っ赤にした。そしてその半分ほどを慌てた様子でエリカの前の大皿を介してエリカに渡した。
「ヒナさんって、本当にお父さんっ子のようだな」
「そう言われると、恥ずかしいですね……」
「いや、ムラミツさんが頬を赤らめてどうする」
ジーンの言葉に頭を掻いたムラミツに、すかさずジャックが突っ込みを入れた。
自然と食卓に笑い声が湧きあがる。
しばらくしてムラミツは真剣な表情に戻ると箸を置いて職人のトウキとして口を開いた。
「午後からは新刀の製造に入ります。ヒナには最後の仕上げをやってもらいますので、途中までは私が1人で作れます。それとエリカ様、食後少々時間をいただけませんか? 頂いたあの素材の事でお聞きしたいことがあります」
「あ、分かりました」
「そういえば、結局ありゃあ一体なんだったんだ? 出発前にも教えてくれなかったが」
ジャックが最もな質問をエリカに聞いてきた。
後片付けは全員でやる事になっているので、ジャックも自分が使った皿をまとめて……、ジーンに押し付けている。
「ああ、北方で取れる希少な鉱物でしたよ。昨日書物を漁っていたら出てきました」
答えたのはムラミツだった。エリカが意外そうな顔をしてムラミツの顔を見ると、ムラミツは小さく頷いて「話を合わせてくれ」と目で言ってきた。
「そ、そうなんですよ、出発前にバーバラさんを探してヴァルトさんの所に行ったんですが、刀を鍛えるならこれでも持ってけ、って言ってくれたんです。そんな貴重な物だとは夢にも思いませんでしたが」
本当は、自分で言い訳を考えていた。それを言う前にムラミツが反応したという事は、少なくともムラミツは本当の事に見当がついているのかもしれない。
エリカとムラミツのダブルの誤魔化しによりジャックはもとよりジーンとフィアも納得したようで、感心しながら皿を運んでいる。ジーンは妙に自分の皿が多い事に気が付いてジャックにそれを押し返そうとしている。
(全く、いつも身近にいる人には気づかれず、たまに会う人に気づかれる。……なんたる皮肉)
苦笑が漏れたのは致し方のない事だった。
「どなたから、聞いたのですか?」
後片付けが終わると、エリカとムラミツは母屋から少し離れた刀の精錬所の前に移動した。ジーンたちはヒナが相手をしているらしく、少し離れているにも関わらずジャックの楽しそうな笑い声が時折聞こえてくる。
「唐突ですな。ですが、的を得ている」
隠そうともしない、そんな表情をムラミツが見せる。
そしてエリカに向き合うと、うっすらと笑みを浮かべた。
「あなたの古い友人から、とでも言えば十分でしょう?」
「……バーバラさんですか。どういう関係ですか?」
人脈が狭い事に感謝した。
エリカの記憶の中で、現在のエリカを知っており、過去の自分も知っている者など非常に限られている。騎士団長であるヴァルトという可能性もあったが、彼は事務仕事で忙しくここまで連絡を入れる余裕はなかったはずだ。その原因を作ったのがエリカなのだから、痛いほど詫びておいたから間違いない。
ともなれば、自ずと答えは見えてくる。
バーバラが団内選抜試合の時に言っていた可能性も頭の片隅ににあったが、ムラミツとヒナの様子を見ている限り、その可能性は極めて低いと判断した。この2人がエリカをヒトの姿に変えた者たちと関係があるなど、エリカの見立てではまずありえないと判断したのだ。
「彼女とは、私の親の代からの付き合いだ。私はもう40年以上の付き合いだが、彼女からしたら私を赤ん坊の頃から知っているんだろうな。昨日、不意にやって来たんだ。相も変わらず歳を取らないもんだ……」
「という事は、彼女の正体を知っているんですか」
そう言うと、小さなため息をムラミツはついた。
「あなたなら、すでにお分かりかもしれませんが、私たちの一族は世間一般の言うところの『人外』なんですよ。それも冷酷非道、凶暴な事で有名な、人狼でね」
メキッと言う不気味な音と共にムラミツの腕が獣化していく。爪が鋭く伸び、獣のそれのように腕が太く、毛深くなっていく。
「……人外だなんて。あなたはれっきとした人間じゃないですか。あたしと違って」
バーバラと関係があるのであれば、それも昨日会っているのであれば、エリカの正体も聞いているのだろうと見当をつけて言ってみたが、案の定、ムラミツはその点で驚くことはなく、代わりに少しさびしそうな表情を浮かべた。
「そう言っていただけると、私もヒナも、まだまだ生きていていいんだな、って思えますよ。この国は随分と昔に獣人狩りを廃止しましたが、他国ではまだ続いている所があります。隣のブラゴシュワイクでは未だに獣人は奴隷扱いされております。ブラゴシュワイクの獣人狩りは他国にまで及んでおりますゆえ、我々もこんな山奥にいなければならないのです」
そう言って、ムラミツは精錬所の扉を開ける。すでに火を入れていたようで、猛烈な熱気が室内からエリカとムラミツを襲った。
エリカが熱さにたじろいだのに対して、ムラミツはすでに慣れっこなのだろう、全く意を介さず室内へと入っていった。
エリカもそれに続いて中に入ってみると、大きな窯から轟ッという音が聞こえてくる。
「それで、あたしに話と言うのは?」
まだ、エリカの方からしか話題を振っていない。ムラミツが話したいことは、表では話せないということなのだろうか。
「実は、先日、あなた方が来る少し前に妙な連中が私の元に来ましてね。身分を偽っていましたが、おそらく獣人狩りの手の者でしょう。現在この国が国境の道の警備を強化していることを良い事に、川沿いや森を通って密入国したようで、我が一族の事を嗅ぎつけてきたのです」
「命を、狙われていると?」
無言の頷きが返される。
「私は、老い先長くないし、この仕事を最後に全てをヒナに引き継いでもらって引退しようとも考えております。唯一の心残りと言えば、ヒナの事だけです。あの子まで殺されるのは、私が許しません」
「あたしにどうしろと?」
「……話が早くて助かります。新刀を鍛え上げましたら、首都へヒナも連れていってやってください。ここよりは、あなた方の傍の方が断然安全です」
真剣そのもの。
娘を想う父親。
エリカの前には、1人の父親としてのムラミツが立っていた。
「では、ムラミツさんも一緒に。1人になったら、絶対に襲われてしまいますよ?」
当然、2人だった目標が1人になった方が、襲う方としては仕事が楽になるだろう。エリカたちが出て行った頃を見計らって襲われる公算が高い。ならば、2人とも引き取った方が良いのではないかと、エリカは考えた。
「彼らは私の娘の事までは知らないでしょう。少なくとも、ここしばらくヒナはこの家を空けていましたから、精々近くの村のお使い、程度に考えていてもらいたいところです。私が殺されれば、彼らの任務はそれで終わり、ヒナに矛先が向かう事もないでしょう」
「……自ら死ぬつもりですか?」
エリカは眉間にしわを寄せてムラミツに詰め寄る。
「いくら娘のためだからって、自分から死ぬなんて許しませんよ。あたしが無理やりにでもあなたを首都に引きずってあげますが?」
ムラミツは目を見開いて驚いた。想定していた言葉ではなかったのだろう。大方、「娘は任せてください」とか言ってくれるものだと思っていたのだろう。
しばらく放心状態だったムラミツはすぐに破顔して大きな笑い声を上げ始めた。
あまりに唐突に、豪快に笑い出したのでエリカは面食らってしまう。腹を抱えて、とまではいかないが、腹から笑っているのは間違いない。
「くくっ、ヒトとドラゴンの考え方は、違うのでしょうかねぇ? 出来るものなら私もそうしたい。だが、会って3日の私たちのために、あなた方にそこまでご迷惑をかけるわけにはいきませんよ。こんな老人、何も遺せませんから。ヒナだけでもよろしくお願いいたします。私は、ここに骨を埋める覚悟ですし、彼らの目が騎士団に向けば、いつも一緒にいるヒナが疑われるのも時間の問題。敵は曲がりなりにも隣国の暗殺機関のようなもの。逃げ切る自信もないんですよ」
「なら、ここよりも安全な場所に連れていけばいいんですか? 首都ではなく、なおかつ安全な」
「そんな場所があるのなら、とっくに行ってますよ」
すでに、何かを諦めたような表情だ。
それも、当たり前なのかもしれない。自分の正体を明かす事も出来ず、こんな山奥で隠れて生活しなければならないのだから達観していても仕方のない事なのかもしれない。
一族が長年逃げて隠れてを繰り返していたのなら、隠れられそうな場所はほとんど調べ上げているのだろう。
だが、そんなムラミツでも絶対に知らない場所がある事をエリカは知っている。
「あたしがドラゴンだと知っているからこそ、話が通る場所なんですけどね。竜の森に、あたしが長い事交流を持っている小さな村落があるんですよ。外界との交流もなければ、その存在を知るものはドラゴンか、人里を追われるような人たちだけ」
「……つまり、人外の者だと?」
ムラミツの言葉に、エリカはいい加減嫌気が指した。ムラミツに詰め寄ると語気を強めてムラミツに言葉をぶつけた。
「人外なんかじゃない! 誰が人外で、誰がヒトなのかなんて、あたしからしてみればどうでも良い事です。今問題なのは今、ここに、命を狙われている人がいるっていうことなんですよ。人外って言うのは、こういう事をいうんですよ!」
感情的になっていた、と言われれば否定はしない。
エリカはその場の感情のままに、両腕に黒鱗を発現させた。そしてその腕でムラミツの胸ぐらを掴むと精錬所の壁に叩き付けた。
身長の上でははるかにムラミツの方が上なのだが、エリカが力任せに押したので、ムラミツと言えどもほとんど抵抗らしい抵抗も出来ずにエリカに壁に押し付けられた。
指先に発現した黒燐が爪のように伸び、腕全体が鱗に覆われる。ムラミツは息を呑んでその様子をただ無言で見つめていた。
「あなたは生まれながらの人間なんです。それを自分で否定するような行為、あたしからしてみれば、許せない事なんですよ。自分が自分を否定したら、誰があなたを肯定するんですか? 同じことをヒナさんにまで押し付けるんですか!? 自ら幸福になるという選択を放棄するんですか!?」
無言。
エリカの言葉に中てられたのか、自分の中で考えが混濁しているのか、ムラミツはエリカの前では初めて目を泳がせている。
「生きたくないんですか? 幸せになりたくないんですか? もし、もう幸せにはなれない、なんて考えているのなら、今ここであたしが殺してやりますよ! 世の中には、生きたくても死んでしまう者、幸せになりたくてもなれない者だっているんですよ!」
胸ぐらを掴んでいる腕に力が入る。自分でも、目頭が濡れているのが分かる。自分から生きることを放棄しようとしている人が目の前にいるのが、エリカには本当に許せなかった。
鱗同士が擦れて軋むような音が響く。
「エリカ様……。……そうでしたね、ヒトとしての幸せ、探し直すのも悪くないかもしれませんな。獣人だろうが『人』であることに違いはない、そんな言葉、初めて聞きましたよ」
不意に、ムラミツの手がエリカの肩に乗せられた。右手は獣の手、左手は人の手だったが、エリカは毛むくじゃらの手を握り返した。
「我々は、幸せになっても良いんでしょうか」
エリカに言う訳でもなく、宙を見つめながらムラミツはぼんやりと呟いた。
「幸せになっちゃいけない生き物なんて、この世にはいないんですよ」
エリカとムラミツの会話をバーバラは建物の裏手の壁に身体を預けながらぼんやりと聞いていた。途中からエリカの語気が強くなり、少し心配になっていたがどうやらその心配は杞憂に終わったようだ。
「幸せになっちゃいけない生き物なんていない、か。エリカらしい言葉ね」
空を見上げながら、バーバラは自嘲のような笑みを浮かべた。
吸血鬼と蔑まれて、国を追放され、血の繋がる全ての人を自分のために殺されたバーバラ、いやカトレヤとして嗤ったのかもしれない。
多くの命をバーバラが吸血鬼だという理由で奪われ、自分も国を追われ、表の世界から追放されたバーバラは自分が再び幸せになれるわけないと思っていた時期もあった。
だが、エリカ、正確にはイフォネイアと出会い、全てが変わった。彼女に出会わなければきっと「バーバラ」という人間は存在していなかったに違いない。
「なまじ帰るって言っちゃったから顔を出すわけにはいかないけど、出す必要もなかったか……ん?」
不意にバーバラは空を見上げていた視線を森の方へ向けた。そして睨むような目で森の中を見ると、小さく舌打ちをして壁から離れる。
空の流れに血生臭いものが混ざっているのを、吸血鬼だから気づけたのかもしれない。常人ならまず気づかないくらいの希薄な臭いだったが、バーバラにはそれが無数の血が混ざった臭いだという事がすぐに分かった。
「……嫌な臭いね」
ローブの前を開いて、腰に吊っている剣の柄に手をかけ、ゆっくりと森に向かって歩き出す。
「家族に手を出す者はたとえ誰であろうと許さない、それが私の信条なのよ」
う~ん、どうも変な事になってしまった……。
偉そうなことを主人公に言わせるのはあまり好きじゃないんですが、こうなってしまいました。
と言っても、主人公が思っていることを言葉にしただけ、みたいなもんなんですけどね。
それはさておき、前書きにも書きましたが、今回を持ちまして一応刀の銘の募集を閉じさせてもらいます。
ですが、刀が完成するまでにはまだ数話あるので、その間ならまだ受け付けております。すでに読者様から送っていただいた5つほどの案と、私自身の案、さすがにこの間後書きに乗せたあれにはなりませんけど、そのあたりでまとめたいと思います。
こんな駄作のアンケート(?)に反応していただいた方々には本当に感謝しております。今後とも、龍旅をよろしくお願いいたします。
感想、誤字脱字の報告など、お待ちしております。