第20話 無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁっ!
深い意味はありません。
エリカがそういう訳でもありません。
ではどうぞ。
コロシアムの場内はすでにステージが撤去されて平坦な修練場がいつもの姿を取り戻していた。周りに観客席が無ければいつもの通りである。
反対側、若干離れた所にゲイリーが槍を構えて立っており、両者の間にテルミが拡声器を持って立っている。
「改めて見ると、やっぱり突貫とは思えません……」
見上げる観客席の大きさに呆気を取られる。高さこそそれほどないが、奥行きがある。優に1000人はいようかという観客を収容してもビクともしないものを一夜で作ったことに驚嘆した。
『さあ、第1回戦第1試合、騎士ゲイリー対騎士エリカ! 槍使い対刀使いの戦いです! では両者、武器を構えてください!』
上を見上げると、エリカとゲイリーの絵が垂れ幕に描かれて風になびいている。いつの間に書かれたのか分からないが、かなりの技量で書かれていることが窺えて、エリカ、ゲイリー共に実際のそれと遜色ない仕上がりになっている。
テルミがコロシアムの端まで後ろ向きに後退しながら開始のために退避する。
ゲイリーは槍を腰だめに構え、エリカに矛先を向ける。エリカもまた刀を抜くと、右手に刀、左手に鞘を持ってダラリと構える。案の定、ゲイリーが不審に思って眉を吊り上げるが、エリカは真剣な表情で姿勢を少しだけ低くしていつでも走り出せるような体勢を取る。
ゲイリーはそれでエリカの構えがそれだという事を理解した。
「初撃で決めるぜ、エリカ」
「そうはいきませんよ、ゲイリーさん」
『では第1試合、始めぇ!!』
刹那、ゲイリーの姿が掻き消えるかのように観客の視界から外れる。瞬発的に足に力を集中させ、驚異的な跳躍力で宙に舞ったゲイリーはエリカの上空に移動していたのだ。だが、観客の鈍らな目では追う事の出来なかったゲイリーの動きも、エリカには気配を察知して把握できていた。目は追いつかなくとも、これだけはっきりとした殺気を放っていれば視線を向けるまでもない。
「喰らえぇぇい!!」
ゲイリーが重力に任せてエリカの真上から落下してきた。もちろん槍を真正面に構えている。直撃すれば致命傷を貰いかねない攻撃だ。その鋭い切っ先は正確にエリカに照準を合わせている。
「迎撃します」
地面まで到達される前にゲイリーの攻撃を妨害するためにエリカも跳躍して自らゲイリーへと近づく。すでに自由落下を開始しているゲイリーにエリカの攻撃を避ける術はない。そこを突いての攻撃をエリカはくり出すつもりだった。
エリカは鞘でゲイリーの槍を逸らして刀を振るおうとした。
「そうは問屋が卸さねえ!」
「なっ!」
ゲイリーの槍は持ち手の部分に近づくほど太く大きくなっている。そして一番太くなっている部分には槍の円錐状の刺突部分を取り囲むように6つの穴が開いていた。エリカがゲイリーの槍を払おうとした瞬間、その穴が火を吹いたのだ。
突如現れた炎にエリカは身を翻して正面から炎を受けるのだけは防ぐが、炎に巻かれて視界が塞がってしまう。態勢を崩されてエリカは地上に何もせずに着地する羽目になり、気づけば目の前に槍を構えたゲイリーが突撃しようとしていた。
「まさか飛んでくるとは思わなかったが……、遅い!」
溜めも少なく、無駄な動きのないゲイリーの刺突がエリカの腹を襲う。エリカはその刺突を刀で払おうとするが、大きく重い槍を完全に逸らしきることはできなかった。脇腹を掠めてエリカの背後に槍が抜け、エリカは槍がゲイリーの元の構えに戻る前に刀でゲイリーに斬りかかるが、ゲイリーは槍を戻すのではなく、脇腹を通過した槍でエリカを掬い上げるように持ち上げると横に押し投げた。
「刺突するだけが槍じゃないんでな!」
エリカが姿勢を立て直す前に追撃態勢に入ったゲイリーはまだ地面に着地していない状態のエリカに対して槍を突き出した。エリカはそれを足に履いている鉄製の足甲で蹴り弾くが、槍と擦れて足があり得ない方向に曲がりそうになって鈍痛が膝の関節に走った。
(受け流せ! そして隙を、突く!)
身体を捻って槍の円錐状の刺突部を転がる様に回転すると、その勢いに任せてゲイリー目掛けて横から斬りつける。ゲイリーは素早く手甲でそれを受け流すと飛び退いてエリカと距離を取ると槍を構えなおして姿勢を低くした。
「ジャックに勝っただけはあるな。こりゃあ時間がかかりそうだ」
「いえ、時間はかけません」
「何……?」
槍使い相手に距離を取っては相手に助走の隙を与えることになる。刺突の威力が速度に比例する以上、今のように10メートルも距離を取られるのは得策ではない。
エリカは一瞬で勝負を決めに行った。
刀と鞘を身体の前で交差させると、両足に渾身の力を込めて地面を蹴る。そして次の瞬間にはゲイリーの目の前にエリカはいた。ゲイリーのそれとは比較にならないほどの速度で接近したエリカに、ゲイリーは反応こそ遅れたが振り払おうと槍を横に振る。刺す事は出来ないが、振り払う事はそれでも十分すぎる威力を持っている。
だが、エリカには槍の軌跡が手に取る様に分かっていた。槍を最低限の動作で受け止めると手甲内で黒鱗を発現させて身体へのダメージを無くして勢いを衰えさせることなくゲイリーの首元に刀と鞘を押し付けると、そのままゲイリーを地面に叩き付ける。刀と鞘は地面に軽く突き刺さり、交差しているために出来た小さな隙間にゲイリーの首を器用に挟みこんでエリカはゲイリーの腹の上に圧し掛かってその動きを封じる。
「は、速え……」
「槍相手に長期戦したくないので」
槍は1度の動作が小さい。もちろん、大技など仕掛けるのであればその限りではないが、少なくとも隙が少ないのと同時に疲れにくいという長所がある。小さい力でかなりの威力を出すため、長期戦にでもなれば不利になるのはエリカの方だ。
だから、早々に勝負をつけにいった。
『お、おお!? な、なにが起こったのでしょう! 濛々とした土煙が晴れれば騎士エリカが騎士ゲイリーを押し倒しております! 騎士エリカ、そういう事は人目のないところでお願いします!!』
「なっ!? どういう意味ですか、それ!!」
何か、壮絶な、根拠のない、今後のエリカの社会的地位を揺るがす、とんでもない誤解をされた気がして、慌ててテルミに声を張り上げるが、その声も観客の声にかき消されてしまう。
『し、しかし、よく見れば騎士ゲイリーの首元が刀と鞘で、あれは拘束されているのでしょうか? 騎士エリカ、その年でそっちの気も?! 騎士エリカ、恐ろしい子!』
「だから、どういう意味ですか!? そして絶対にその考えは間違っているのです! ていうか、そんな事を公衆の面前で平然と言わないでください! ゲイリーさんもなんとか言ってください!」
テルミ相手に1人では不利だと考えたエリカは、現在進行形で押し倒している、本人に自覚症状はないが、ゲイリーに助けを求めた。
ところが、ゲイリーはどこかご満悦な表情で槍を地面に置いてのんびりと寛いでいる。
「少女が俺の腹の上で……あ、やべっ」
「この人、ぶっ殺してやるです」
刀と鞘を持ち、一気に裁断機よろしくゲイリーの首を刎ねようとエリカがおもむろに動き出すが、それに気が付いて慌ててゲイリーが表情を凍りつかせた。
「ちょ、エリカ、冗談だって! や、止めろ、首に少し当たってるって!」
「安心してください。苦しんで死ぬがいいのです」
「分かった! 分かったから! テルミィィィ! 誤解だ! 俺たちは戦ってただけなんだ!! だから余計な誤解を招くような事を言わないでくれ、俺の首が飛んじまう!!」
『へっ? 違ったのですか! これは失礼しました! ということは勝負がついたようですね、騎士ゲイリーも槍を置いていますし……、って騎士エリカ! 無防備な相手になに拷問まがいの事をしているんですか!?』
「洒落にならない冗談言った罰です!」
『だ、駄目です! 殺しちゃ駄目です! そんな事したら失格ですよ!?』
慌ててテルミが駆け寄ってきてエリカに刀を収めるよう説得して、ようやくそこでエリカは刀をゲイリーの首元から離してゲイリーを解放した。ホッと一息ついたゲイリーにまたもやイラッと来たエリカは無防備なその横腹に強烈な蹴りをお見舞いしてテルミの所へ向かった。
後に残されたのは悶絶するゲイリーのみであった。
『え、ええと、何やら修羅場があったようですが、第1回戦第1試合勝者は、騎士エリカ!』
大歓声がエリカを祝福するが、一部ゲイリーへの同情が混じっているような気がする。
ゲイリーは控室の救護班によって担架に乗せられて退場していった。よっぽど腹への一撃が効いていたのだろう。
「……あれ、あれで決まって良かったんですか」
随分呆気なく決まってしまった勝敗に肩を竦めるが、エリカの声は今回のダークホースの勝利に沸く歓声に紛れてしまって聞こえることはなかった。
「お疲れさん、嬢ちゃん」
「どうもです」
控室に戻ると、惜しみのない拍手がエリカを迎えた。敵味方以前に、全員が仲間なのだ。仲間の勝利を嬉しく思うのは古今東西同じな様だ。おそらく反対側では恐ろしい事態が巻き起こっているような気がしてならないのだが。
「俺に勝つんだからゲイリーに負ける事もないだろうと思っていたが、嬢ちゃん、案外好き者かい?」
「だから、どういう意味か説明してください! 何なんですか、まったく……」
ニヤニヤと顔を近づけるジャックの額に刀の柄を押し付けながら笑顔を消してそう言うと、ジャックも冗談を言える空気ではないという事を理解して押し黙った。
「エリカ、最後のは何をしたんだ?」
「え? 普通にこう、グアッと近づいてゲイリーさんの首に刀を当てただけですけど……」
そう言うと同時に控室の空気が少し緊張したように思えた。
訳が分からず周囲を見渡すと、ジーンが代表して口を開いた。
「最後の動きは、俺たちでも追えないほどの速さだったぞ? ゲイリーも目の前に来て初めて反応した。とてもじゃないがさっきのエリカの動きを追える者はいないんじゃないか?」
「……やっちゃいましたか……」
あれでも力は絞った方だ。
にも関わらず、ヒトには速すぎて見えなかったようだ。これでは内外問わず注目されてしまう。それを理解した瞬間、頭を押さえて自分の迂闊さを呪ったエリカであった。
「っと、エリカはこの後どうする? 今日はもうエリカの試合は無いだろうから宿舎に戻っても大丈夫だぞ」
「そうなんですか? それじゃジーンさんの試合を見たら戻らせてもらいます。いつですか?」
「ええと、確か第11試合だったかな。午後の試合の3試合目だ。ダニーが相手だから速攻で終わらせてやる」
ジーンの背後でジャックが「俺は? 俺の試合は?」と自分を指差してアピールしているのだが、エリカの記憶ではジャックの試合は今日の最後のはず、どう考えても夕方になる。それすなわち夕飯が遅くなることを意味している。
「試合日程中限定のメニューがあるそうよ」とフィアに言われているエリカはそれを食べるために食堂が開くと同時に食堂へ行こうと考えていた。十中八九期間限定のメニューは注文が殺到されることが予想されるので、ジャックの試合を見ていてはありつくことが出来ない。
宿舎の食堂は朝、昼、夜の食事時にしか開かない。清掃や料理の下準備などをつつがなく行うために食堂へと通じる扉が閉じられてしまっているのだ。大抵、騎士たちは談話スペースで時間を潰すか、自室待機、訓練をして食堂が開く時間を待つのだが、今日は訓練はできない。談話スペースは試合に出ない騎士たちの観戦スペースになっている。どうやっているのかも分からないが、何故か談話スペースにコロシアムの映像がリアルタイムで送られているのだ。
フィアに聞いたが「企業秘密」と笑顔で言われてしまって詳しい事は聞くことが出来なかったが、大勢が集まっていてゆっくりできない事は出来ないだろう。
「あ、そうだ。ジーンさん、書物が収められている所って城のどこですか?」
「書物? それなら公文書室だな。城の地下だが誰でも入れるはずだ。行くのなら気をつけろよ。迷子になるぞ、あそこは」
「ほ、本当ですか……?」
「本当だぜ、嬢ちゃん、数年前にあそこで迷子になって1週間見つからなかった馬鹿がいるからな」
「…………」
「……ジーンさん」
ジャックが無視された仕返しとばかりに「ざまあみろ」と小声で言うと得意げに胸を張った。その目線は顔に暗い影を落としているジーンへ注がれている。それを見てエリカも事の次第を理解してしまい、同情の眼差しでジーンを見つめる。
「分かりました。気をつけますから、ジーンさんも試合頑張ってください。観客席から応援してますから」
「そ、そうか!」
エリカが慰めると暗い表情もどこへやら、表情が突然明るくなった。
「……単純だな」
後ろでジャックが何か言っているが、ジーンには聞こえていないようだ。
「おっしゃあ、ジャック、地下修練場で特訓だ!」
「っておい、今からか!? 数時間で出来る事なんてたかが知れて、腕を放せ!」
意気揚々と立ち上がったジーンに腕を掴まれたジャックが悲鳴を残して控室を後にしていった。それを見送るとエリカも公文書室へ行こうと控室を出ていった。
風のように去っていった3人を茫然と見つめる騎士たちが控室に取り残されることになった。
「……ふっ、ゲイリー相手に速攻を決めるとは」
エリカの試合が終わった時、観客席の最前列でヴァルトは微笑を浮かべながらコロシアムのエリカを見つめていた。
「あら、試合終わっちゃったの?」
「遅かったな。試合はエリカの勝ちで終わったぞ」
試合前に出て行ったきり戻ってこなかったバーバラがようやく戻ってきた。少し残念そうにコロシアムを見つめている。だが、心の中ではあまり残念に思っていないようで、少しだけ口元が吊り上っている。
「……勝つことを知っていたみたいだな」
「あら、そんなわけないじゃない。少なくとも技術ではゲイリーがはるかに上よ? ただ、相手が悪かったみたいだけれど」
「どういう意味だ?」
ヴァルトの問いに、わざとらしく口元を手で隠すバーバラは、ただ笑みを浮かべるだけで何も言わない。
「エリカは技術以前の問題という事か。生まれてこの方戦場にでもいたというのか」
「遠からず近からず、ね。さて、残りの午前の試合はあまり興味ないから団長に全部お願いします」
「おいっ!」
ヴァルトの制止も聞かずにバーバラはたった今歩いてきた通路を戻ってしまった。
「……まったく、それでは公正にならないではないか……」
ヴァルトたちとは別に、コロシアムのエリカを観客とは違い鋭い目で見つめる影があった。
観客席の最上段で、人目につかないような場所で壁に寄りかかり、目深にフードを被った影は、エリカから1度も目を離す事なく、ただ口元を歪ませていた。
「……ようやく、見つけた」
「間違いないか?」
フードの中から太い男の声が響いた。その隣にいるフードの影が静かにそれに聞き返す。
「ああ、特徴が一致している。ドクターに報告を」
「承知した」
2人のフードの影はコロシアムから、誰の目にも止まることなく去っていった。
おやぁ?
想像以上に速攻で終わりました。
いや、1話全部を対ゲイリー戦にしても良かったんですが、そこまで食い込んだキャラでもないのでほどほどに終わらせて他の描写に切り替えました。
槍で炎出すとか……器用な真似を!
自分で設定しておいて何を言っているんでしょう、私は。
そして何やら怪しげな2人組が……、〇ンとウ〇ッカじゃないですよ? 黒ずくめじゃないですので。そろそろ動き出しますよぉ、などと思っているのですが、きっと当分動き出す気がしません……
そんなことはともかくとして、なんだかんだで龍旅も20話に到達しました。いやぁ、20話、結構来ましたね。だけどまだ初投稿から20日経っていないという事実。
1日1話書いてりゃそうなりますわな……。
まあ、テストのおかげでペースが落ちてストックが厳しくなっていますが、頑張りますのでよろしくお願いします。
感想などお待ちしております!




