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目が覚めるとそこは、乙女ゲーの世界!?

「……お……様」


 悲しそうな女の人の声が聞こえた気がする。


「お嬢様、まだお目覚めに……ならないのですか?」


 さっきよりはっきりと声が聞こえ、今度は軽く体が揺さぶられた。


「――!?」


 私は一人暮らしで、同棲している彼氏みたいなのはいる訳もなく、さらにルームシェアなんぞもしていないので、声が聞こえて体を揺さぶられるなんてことはありえない。


 泥棒かと思い慌てて体を起こした。


「ああ、お嬢様! グリフォーラお嬢様! お加減はいかがでしょうか?」


 まるですがるように私の手を握る女の人。


「?????」


 グリ……なんて?

 私は武野(たけの) 舞(まい)やけど……?

 ……あれ? なんか聞き覚えあるんやけど……なんやっけ?


 体をいきなり起こしたせいか酷い頭痛と倦怠感、眩暈に襲われて私は再びベッドに仰向けに倒れこむ。


「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」


 ぐるぐる回る世界。

 じわじわ酷くなっていく気持ちの悪さと吐き気。

 冷汗が体から溢れだし、服がべっとりと張り付いて行く。


 浅い呼吸を繰り返していると、私の頭の中に何かが流れ込んでくるような気がした。


「大丈夫……よ、フラムリナ。水を頂けるかしら?」


 ……自分でも吃驚するくらい無意識にお嬢様言葉がでてしまった。

 それはもう、普段から私がお嬢様言葉を使っていたみたいに。

 ……関西人の私には縁のない話やねんけど。


「は、はい」


 私を心配そうに見ているメイド服の女性の名前はフラムリナ。

 そう、私専属の傍仕え。


 フラムリナはそっと優しく私を起こして、グラスに入った水を渡してくれた。


「ありがとう」


 お礼を言い、水を飲む。


「お嬢様、私は皆様にお嬢様の目が覚めた事をお知らせしてまいります。お医者様もすぐに来ますので、少しの間お待ちくださいね」


「ええ。迷惑をかけるわね」


「いえ、とんでもございません。これが私の役目でございます。それでは、失礼いたします」


 フラムリナは見事なカーテシーをして、部屋を出て行った。


「……」


 水を飲み干したグラスをそっと置く。


 え?

 ……は?


 はあああああああああああ??????


 ちょっと待ってちょっと待って!

 グリフォーラにフラムリナ!?


 その名前には聞き覚えしかなかった。


 私が大好きだった乙女ゲーム「ファンタスティックガーデン」の登場人物の名前。


 グリフォーラ。

 グリフォーラ・フォン・アルボラリス。

 乙女ゲー「ファンタスティックガーデン」の主人公で、ユーカリオータ王国の第一王女。


 そんなまさか私が?

 ただのオタク成人女性の私がグリフォーラ!?


 鏡……鏡……。


 鏡台があるのは記憶にあるけれど、体がそれの元まで行くことを許さなかった。


 頭痛はひどくなり、眩暈と吐き気も悪化していく。

 また横になる。


 これは……夢だ。

 きっと寝なきゃいけない時間ぎりぎりまでファンタスティックガーデンのファンアートを描いていたせいで、変な夢を見ているんだ……。


 ゆっくり深呼吸して目を瞑る。


 ああ、会社いきたくないなぁ……。

 働きたくないでござる、絶対働きたくないでござる。

 誰か五千兆円を非課税でください……。


 そんな事を考えていると、少しずつ私の意識に何かが溶け込んでいくような感じがしていく。


 ……これは……グリフォーラの記憶?


 それは私の知らない、ゲームにもなかったグリフォーラの記憶。


 実際、ゲームのファンタスティックガーデンは、グリフォーラがユーカリオータ王立総合学園に入学した瞬間から始まる学園ラブストーリーだ。


 だが、流れ込んできた彼女の記憶だと今は入学の半年前で、グリフォーラは病を患って生死の境を彷徨った。

 一命をとりとめたが、意識はまだ戻っていなかったらしい。


 で、目が覚めたらこの有様ってわけ。


 う~ん……。

 ファンタスティックガーデンの前日譚みたいな感じ。


 グリフォーラが病に侵されていたなんて、公式の設定資料集にも載ってなかった事だ。


 ……ああ、そうか。

 私(グリフォーラ)はこの病を患って、苦しみ衰弱していく中で絶望して、生きることを諦めたのね……。


 流れ込んで来たグリフォーラの記憶からその時の絶望感が蘇って来て、私は思わず体を抱きしめた。


 私、武野 舞は死んでしまって、この私、グリフォーラ・フォン・アルボラリスになってしまったのか?


 この世界は本当に、乙女ゲーム「ファンタスティックガーデン」の世界なのか?


 考えなくてはいけない事は沢山ある。

 あるのだけれど……。


 気分悪いから、また今度ね。


 ただでさえ眩暈に吐気、倦怠感で一杯一杯なのに、考え事してる余裕はないねん……。


 再び呼吸を浅く繰り返す。

 冷汗が酷いせいかどんどん体が冷えていき、寒気が酷くなる。

 そのくせ意識ははっきりしているから、気分の悪さをずっと感じなくちゃいけないのも辛い。


 右向きになって横になると少し呼吸も楽になり、徐々に気持ちの悪さもましになっていく気がした。


「……は~ぁ」


 ほっとして大きく深呼吸しているとドアがノックされ、返事をする間もなく扉が開け放たれ何人かが慌てて私の下までやって来た。


「グリフォーラお姉様!」


 真っ先に駆け寄って来たのは、光沢のある薄い茶色の髪をサイドテールにした可愛らしい女の子。


 ……もしかしてこの子は……。


「……スパラ……シス?」


 私がそう声をかけると涙を浮かべて、


「お姉様っ!」


 私の下に飛び込んできた。


「ぐぇ」


 死んでしまうんご。

 助けてクレメンス……。


 蛙を踏み潰したような声が出てしまった。


 スパラシス・フォン・アルボラリス。

 グリフォーラの一個下の妹で、第二王女。


 ちなみに一番下に、五歳の男の子がいる。

 ルッスラ・フォン・アルボラリス。


 元々グリフォーラが王位継承権第一位だったのだけれど、六年前に待望の男の子が生まれたことで、継承権が移動したのだ。


 というか、スパラシスってこんな子だっけ?


 ファンタスティックガーデンに登場するスパラシスって姉嫌いで、攻略対象を巡ってバチバチにやり合うライバルの一人なんだけど……。


 私の手を取って縋り付くように泣いているこの子は、本当に姉嫌いなのだろうか?


「スパラシス、このままではお医者様が診断できません。少し離れて?」


「はい、お母様。お姉様、ごめんなさい」


「いいえ。後でゆっくり話しましょうね」


「……! はいっ!」


 ぱあっと華やいだその顔は、とても可愛かった。



 お医者様の話では、私は病気だったのではなく、自身に宿る魔力がありえないほど急速に成長してしまったことで、器である体と魂が耐え切れなくなったせいで死にかけたのだそうだ。


「正直、どうしてまだ生きておられるのか、どうして無事なのか、全くわからないのです……」


「では、私はまたいつか、同じように死の縁を彷徨い、今度こそ死んでしまうかもしれないのね?」


「……はい」


 不思議と、怖いとは思わなかった。

 どうしてかわからないけれど、そうはならないという確信が、私の中にあったのだ。

 何となく、私の中のグリフォーラが大丈夫って言ってくれたような気がしたんだ。



 グリフォーラとして目が覚めてから数日が経った。


 お医者様が処方してくださっためっちゃ苦いお薬が効いているのか、体調は少しずつましになっていっている。


 まぁお薬自体は、私の成長している魔力をどうのこうのするお薬じゃなくて、眩暈を抑えるお薬らしいのだけど、ちゃんと効果はあるようだ。


「お姉様? お薬を飲むたびにしかめっ面をするのは、何とかなりませんの?」


「そうは言ってもね? 苦いものは苦いのよ? じゃあ代わりにあなたが飲んでくれる?」


「私が飲むことでお姉様の体調が良くなるのなら、喜んでそうさせて頂きますわ」


 自身の胸に手を当ててそう言うが、すぐにしゅんとするスパラシス。


「でもそんなことはありませんもの……」


「ふふっ。あなたは優しいわね、ありがとう」


 健気さに、思わず頭をなでなでしてしまう。


 実際ここ数日、この子は私の面倒をよく見てくれていた。

 メイドのフラムリナがいるにも関わらず、手伝いをしてくれている。

 飲み水を汲んでくれたり、お風呂に入れない私の体を拭いてくれたり。


 ええ子や……。


「……お姉さま?」


 きょとんとして私を見ている。

 可愛い。


「どうしたの?」


「お姉様、なんだか変わられましたね?」


「……そう……かしら?」


「はい。何だか随分柔らかい雰囲気になられました」


 ……あ。

 あああああああああああっ!!


 そうだった!

 グリフォーラは元々生真面目で、気丈な女の子だった!


 弟が生まれてくるまで、次の王妃になるための教育を受けさせられ、自身もその責務があると自覚していたため、必死に勉強していた女の子なのだ。


 弟が生まれたことで、王位継承権が第二位になり、自身の今までとこれからの事に思い悩んだままユーカリオータ王立総合学園に入学し、攻略対象と出会い中を深めていくことで自身の未来を見据えられるようになるという、本筋があるのだ。


「一度死にかけてしまったからかしら? こうしてまた貴女やフラムリナと話せることがとても愛おしいの」


「お姉様……」

「お嬢様……」


 何となく思ったことを言ったら、私の手を取って二人が泣いてしまった。


 どうしてだろう、私の中のグリフォーラが優しく笑った気がしたんだ。



 また数日が経った。

 もうずいぶん体調はいいものの、めっちゃ苦いお薬は継続中。


 そんなある日、フラムリナが私に来客だと教えに来てくれた。

 ただ、彼女の表情がどこか優れないような気がした。


 フラムリナの後ろについて客室へと赴く。


「グリフォーラお嬢様が参られました」


 ノックをして声をかけると扉が開かれ、客室へと入る。


 すると、


「ああグリフォーラ! 心配で心配でたまらなかったんだから!」


 一人の女の子が私の胸に飛び込んで泣き始めてしまった。


 ふへへ、良い匂い。

 おっといけない、涎が垂れそうに。


「心配をかけてごめんね、アルキュリア。それにブラッシカ」


「君が元気になって何よりだよ。会いたかった」


 私に抱きしめられている青い髪の女の子とは別に、金髪碧眼の男の子が柔らかく笑う。


 うおおおおお、めっちゃ美少年。

 顔面がかっこいいじゃなくて、美しい。

 苦しい、見てるだけで苦しくなるくらいの美少年!


 アルキュリア・フォン・バスカーと、ブラッシカ・フォン・ジョニーウォーカー。


 ブラッシカは遠縁の公爵、ジョニーウォーカー家の長男で、アルキュリアは、バスカー伯爵家の二女。

 どちらもグリフォーラと同い年の幼馴染だ。


 ……ちなみに。

 ブラッシカは攻略キャラで、ゲームのジャケ絵で主人公であるグリフォーラの次に大きく描かれているキャラ。

 当然アルキュリアは、ライバル側として登場する女の子の一人だ。


 二人が幼馴染なのはちゃんと記憶もあるし、最初は仲が良いのもゲームの設定通り。


 泣きじゃくるアルキュリアを抱きしめて、背中を優しく撫でる。

 すぐに彼女は泣くのをこらえて、私と目を合わせて微笑んだ。


「良かった。本当に良かった……」


 私はそっと目じりの涙をぬぐい、アルキュリアとおでこを合わせる。


「私もあなたとまたこうして話せることが何よりうれしいわ……」


「グリフォーラ……。ふえーん」


 また泣き出してしまった。


「あらあら、泣かないで?」


 ああ、この子めっちゃ可愛い!

 このまま二人でいちゃいちゃしてたい!


 まぁもう一人おるから、ほったらかしにしてたら失礼やわな……。


 話しに入りづらそうにしていたブラッシカに視線を合わせて、


「二人共座って。ゆっくりお茶を飲みながら話しましょう?」


 と、席に座る事を促した。


「ああ、そうだね」

「ええ」


 ブラッシカはテーブルをはさんで向かいのソファーに座り、アルキュリアもブラッシカ側に行こうとしたけれど、手を掴んだまま隣に座らせる。


「グリフォーラ?」


「ふふふ。泣き虫な子は放してあーげない」


 そう言って、きょとんとしているアルキュリアの唇を私の人差し指でそっと触れる。


 その瞬間、ボッと音がしそうなほど顔が真っ赤になって俯くアルキュリア。

 可愛い。


 ゆっくりとお茶とお話を楽しんだ後、入学式の前日には二人とここにお泊りをする約束をした。



「あの……お嬢様……」


 自室に戻っている途中、それまで必要最低限の言葉しか話さなかったフラムリナが小さく声を上げた。


「どうしたの?」


「あの……。ブラッシカ様の事は、どう思われているんでしょうか?」


「どう……? うーん。顔は綺麗だし、優しい男性よね?」


「はい……」


「……」


「……え、それだけですか?」


 きょとんとするフラムリナ。

 私が何かまだ言うと思ったのだろうか?


「ええ。顔は綺麗よね」


「どうして二回おっしゃられたんですか?」


「大事なことだから、かしら?」


「あの……その……。好意とかは……」


「好意? どうして?」


 なんでや。

 美少年とかイケメンは、遠巻きに見てるだけで充分やん。

 オタク女子が近づくなんて恐れ多い。

 神棚に奉って拝み倒さなあかんやろ。


 それまで浮かない表情をしていたフラムリナの口元にきゅっと力が入ったことに気づいた。


 そう言えばフラムリナも、アルキュリアとブラッシカの幼馴染と言えなくもない間柄ではある。

 グリフォーラの小さい頃からフラムリナも侍従見習いとして傍にいたから、二人とは良く会っていたのよね。

 幼い時は結構一緒になって遊んでたりしたんだけど、大きくなって身分や立場の差が明確になったせいで距離が離れたのよね。


 公式設定にも書いてあったなぁ。


「どうしてと……言われましても……」


「なるほどなるほど」


 私はそう言ってフラムリナを後ろから抱きしめる。

 お腹に手をまわし、きゅっと力を入れる。


「お、お嬢様?」


「フラムリナ、貴女、嫉妬しているのね? 私がブラッシカにとられるんじゃないかって」


「――っ」


 フラムリナの耳が赤くなっていく。


「嫉妬なんて、私の様なものが恐れ多い……」


「本当にー?」


 彼女の肩に顎を乗せて、抱きしめる力をより強くする。


「お、お嬢様。ご容赦ください……」


 消え入りそうな声のフラムリナ。


「だーめ。正直に言わないと離れないわよ」


「う……うう。お嬢様の仰る通りです。身分をわきまえず、申し訳ありません」


「どうして? 貴女に大切に思われているなんて、幸せだわ。もう一人の幼馴染さん?」


「グリフォーラお嬢様……」


 パッとフラムリナから離れて正面に回る。


「あ……」


 小さく声を漏らし、名残惜しそうに私の目を見る。


「ふふふ。正直者にはご褒美をあげなきゃね?」


 そう言って、今度は正面からフラムリナを抱きしめた。


「頂戴……いたします……」


 うっとりとした表情で私に抱きしめられるフラムリナ。


「お姉様! 何をして……――っ!!!」


 あ、妹に見られた。


 まっずやっべ、どうする!?


 私の中のグリフォーラが、満面の笑みで親指を立てた気がする。


「スパラシス、貴女もおいで?」


 フラムリナから半身を離し、片手を広げて妹を迎え入れる。


「……」


 きょろきょろと周りを見渡し、ちょこちょこと近づいてきて、スパラシスも私の腕の中に納まった。


「えへへ。お姉様大好きです。フラムリナ、私はあなたの事も大好きよ」


「お嬢様方、私は幸せでございます……」


 多分一番いい空気を吸ってるのは私やけどな。

 ふへへへへ……。


 よし決めた!

 今決めた!


 私は全力で女の子達を侍らせると!


 咲かせましょう!

 私のための百合園を!!!!

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