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すみれ荘には普通の人間がいない 〜元・天才フィクサーの平穏な日常は、深夜のキッチンで崩壊する〜  作者: リリリリス
【第二章:共犯者たちの学園狂騒曲】

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第三十九話:脳波解析(ブレイン・スキャン)の大漁旗と焦がしにんにくバター滴る極厚牛ハラミ・マウンテン

凍てつく冬の空気が、学園の窓ガラスを鋭く叩きつける放課後。

生徒会室の室温は快適に保たれていたが、そこに漂う空気は、シベリアの永久凍土よりも冷酷で息苦しいものだった。俺——相沢湊は、いつものように「平均点モブ」の仮面を被り、パイプ椅子に背筋を丸めて座っていた。

だが、目の前の生徒会長・西園寺玲王がデスクの上に用意した機材は、ついに人間の生体の『最も深淵なる領域』へと足を踏み入れていた。


「相沢くん。人間は、表情を偽り、声帯を操り、心拍すらも強靭な精神で制御できるかもしれない。だが……脳のニューロンが発する電気信号『脳波』だけは、絶対に誤魔化せない」


西園寺は手元のタブレットを操作し、俺の頭部に向けられたパラボラアンテナ状の『遠隔ミリ波脳波スキャナー』を起動した。画面には、アルファ波、ベータ波、ガンマ波といった複雑な波形がリアルタイムで描画されていく。


「脳が複雑な嘘を構築したり、高度な裏工作の計算を行ったりする際、前頭葉は特有の高周波ガンマ波を放つ。……さあ、相沢くん。単刀直入に聞こう。君のその平凡な頭脳の奥底に、裏社会を支配した天才フィクサー『M』の冷徹な演算回路が隠されているのではないかね?」


西園寺の鋭い眼光が、俺の頭蓋骨を透かして脳髄を直接覗き込もうとするかのように細められた。もし俺がこの瞬間に『M』としての高度な防衛ロジックを展開すれば、脳波は即座に異常なスパイクを描き、AIがそれを『クロ』と断定する。


(ついに脳味噌の中身まで数値化しようってわけか。どこまでも執念深い男だ。……だが、俺の脳内を覗こうとしたこと、一生のトラウマにしてやるよ)


俺はブレザーのポケットの中で、あらかじめ仕込んでおいた小型通信デバイスのスイッチを強く押し込んだ。すみれ荘の共犯者たちへ放つ、反撃の狼煙だ。


その瞬間、生徒会室の窓の外——極寒の中庭から、「いやぁぁぁーーーっ! 誰か止めてぇぇぇ! ゲレンデが私を置いて猛スピードでかっ飛ばしてるわーーー!?」という、九条さんの凄まじく響き渡る悲鳴が聞こえてきた。

西園寺が驚愕して窓の外を見下ろすと、そこには、学園が冬の景観維持のために導入したばかりの『超大型・人工降雪機スノーキャノン』の砲身にしがみつき、**まるで暴走するジェットパックのように、猛烈な吹雪を撒き散らしながら地上スレスレを時速50キロでカッ飛んでいる九条さん**の姿があった。

裏で拓海が降雪機のコンプレッサーをハッキングして限界突破させ、噴射の反作用を利用した「超高速ホバー移動マシーン」へと魔改造して暴走させているのだ。九条さんは全身を雪だるまのように真っ白にしながら、中庭の木々の間を恐ろしい速度でジグザグに飛び回っていた。


「な……何だあの物理法則を無視した推進力は……!? 九条のやつ、なぜ降雪機を乗りこなして空を飛んでいるんだ……!?」


西園寺が驚愕のあまり完全に窓際へと吸い寄せられ、脳波解析モニターから完全に目を離した。

そのわずか一秒に満たない死角。インカムから、栞の極めて楽しげなエンターキーのターン音が滑り込んできた。


『——私の描く大海原へようこそ、傲慢な生徒会長。最先端の脳波マッピングを、今から最高に「大漁」なバグに書き換えてあげるわ』


次の瞬間、西園寺の手元の解析モニターの中で、俺の脳波データが致命的なバグを引き起こした。

最新のAIが、俺の脳波の起伏を『荒れ狂う大海原の波浪データ』と完全誤認。画面内の波形グラフが突如としてドット絵の青い海に変形し、画面中央に『HIT!!!』という巨大な赤文字が点滅。「ギュルルルルルッ!」というリールの空転音が爆音で鳴り響き、俺の脳波スパイクが『伝説の黄金カジキ(推定300キロ)との死闘』として処理され始めたのだ。

さらに、脳波ステータスは『感情:漁師の魂1000%(松方モード)』と判定され、画面の隅でねじり鉢巻をしたピクセルアートの漁師が「巻けええええ!」と叫び始めた。


「な、何なんだこのレトロな釣りゲームは……!? 脳波のガンマ波が……『伝説のヌシの引き』……だと……!? 彼の脳内では今、トローリング漁が行われているというのか……!?」


西園寺が窓際から戻り、モニターを見た瞬間、あまりのシュールさと激しいリール音に脳の処理能力が完全に崩壊し、激しい眩暈を起こしたようにデスクを掴んでよろめいた。過剰なゲームスクリプト処理を強制されたスキャナーは、そのまま画面いっぱいに「大漁」の筆文字スタンプを表示させたまま、完全にフリーズした。


「あの、西園寺会長……。僕の脳波、そんなに活きが良かったですか?」


俺がわざとらしく首をかしげて尋ねると、西園寺は完全に精神のコアを破壊された様子で、蒼白な顔で椅子に崩れ落ちた。


「……いや、アンテナが近くの漁船の違法電波を拾ったに違いない。相沢くん、もういい……。頭の中で波の音がザッパーンと鳴り止まないんだ。今日の面談は終わりだ。早く帰ってくれ……」


完璧な科学の檻が、レトロ釣りゲームバグによって粉砕された屈辱。西園寺が深い絶望の中でこめかみを押さえるのを見届け、俺はペコリと頭を下げて生徒会室を後にした。


---


夜十一時。

極限の脳波制御と、極寒の中庭での「降雪機ロデオ」工作を終え、すみれ荘のドアを開けると、そこには案の定、完全に力尽きた三人の姿があった。


「おかえり、相沢くん……。もう、暴走する降雪機にしがみついて吹雪を全身に浴びまくったから、髪の毛の先まで凍りついてツララになってるよ……。寒すぎて、歯のガタガタが止まらない……」


九条さんが、ソファの上で毛布にくるまりながら、小動物のように震えていた。いつものキラキラしたアイドルのオーラは完全に消え失せ、髪は濡れてペタンコになり、唇は寒さで少し青ざめている。


「俺も……極寒の雪の中で降雪機の噴射角をプロポでミリ単位制御してたから、両腕の感覚が完全にログアウトしたぜ……。星の巡りも『今夜は分厚い肉の山を登頂せよ』って震えてる……」


拓海が、ストーブにへばりつくようにして倒れ込みながら、うわ言のように呟く。


「……脳の並列処理回路が完全に焼き切れたわ」


栞もまた、ノートPCの横でぐったりと突っ伏していた。


「脳波の周波数をリアルタイムでカジキマグロの挙動アルゴリズムに変換するなんて、私のプログラミング脳が限界突破したわ。相沢くん、今夜は私たちのこの凍え切った身体とすり減った脳細胞に、圧倒的な肉の脂とカロリーの暴力を注ぎ込んでちょうだい」


限界の一歩先で戦い抜いた共犯者たち。

俺はブレザーを脱ぎ捨て、黒いエプロンをきつく締め直そうとした。

だが、その前に、ソファでガタガタと震え続けている九条さんの姿が目に留まった。濡れた髪から滴る水滴が、彼女の華奢な肩をさらに冷やしている。


「……おい、九条さん」

「ふぇ? は、はい……っ」


俺は洗面所からヘアドライヤーと、清潔で分厚いバスタオルを持ってくると、コンセントを繋ぎ、彼女の背後に立った。

そして、何も言わずにふわりとバスタオルを彼女の頭から被せ、その上からドライヤーの温風を当てながら、両手で優しく髪の水分を拭き取り始めた。


「あっ……相沢、くん……?」


九条さんの肩が、驚きでビクッと跳ねた。


「そのままじっとしてろ。そんな濡れた頭のまま放置して風邪でも引かれたら、明日の作戦のノイズに支障が出るからな」


俺は努めて冷淡な、ただの業務の一環だというトーンを装いながら、指先で彼女の髪を梳くようにして温風を行き渡らせる。

ドライヤーの熱と、タオルの柔らかな感触。次第に凍りついていた彼女の髪が解け、シャンプーの甘い香りがふわりとリビングに広がっていく。


「…………ん……」


冷え切っていた身体が芯から温まってきたのか、九条さんは次第に震えを止め、心地よさそうに目を細めた。そして、無意識なのか、俺の手の動きに合わせるように、少しだけ後ろに体重を預け、俺の腹部に彼女の背中の柔らかな感触が微かに伝わってきた。


トクン、と。

俺の胸の奥で、西園寺のどんな高性能スキャナーでも決して読み取れなかったであろう、巨大な心音のスパイクが跳ね上がった。指先に触れる彼女の髪の滑らかさと、無防備に委ねられた体温が、元・天才フィクサーの冷徹な計算回路を容赦なくショートさせていく。


「相沢くんの、手……すごく、大きくて……優しいね」


ドライヤーの音に紛れるほどの小さな声で、九条さんが呟いた。タオル越しに見える彼女の耳の裏が、熱を帯びたように真っ赤に染まっている。


「……もう乾いた。あとはストーブの前で温まってろ」


俺はこれ以上自分の顔が熱くなるのを誤魔化しきれず、乱暴にドライヤーのスイッチを切り、逃げるようにキッチンへと向かった。

背後で、九条さんが両手で自分の頬を包み込みながら、


「もう……相沢くんってば、本当にズルいんだから……」


と、幸せそうに小さく微笑む気配が伝わってきた。


---


「よし、お前ら。今夜は、その凍りついた身体とすり減った神経を一瞬で極限まで加熱する、すみれ荘至高のスタミナ鉄板飯だ。『特製・極厚牛ハラミ肉のガーリックバター・マウンテン 〜焦がし醤油と熱々チーズの溺れマッシュポテト添え〜』を作る」


そのメニュー名が響いた瞬間、リビングの空気が一変し、三人の目が、飢えた肉食獣のようにギラリと輝いた。

牛ハラミ。それは内臓肉でありながら、赤身の圧倒的な旨味と柔らかさを併せ持つ最強の部位。それを厚切りステーキにし、にんにくとバター、そして濃厚なチーズマッシュポテトと融合させるという、胃袋を完全に蹂躙する最高峰の背徳スタミナ料理だ。


俺が冷蔵庫から取り出したのは、見事なサシが入った、厚さ約四センチの巨大なブロック状の極厚牛ハラミ肉。

まずは肉を常温に戻し、表面に岩塩と粗挽き黒胡椒をたっぷりと擦り込む。

煙が立つほど熱した極厚の鉄板フライパンに牛脂を溶かし、主役である極厚ハラミ肉を静かに滑り込ませた。


```

——ジャァァァァァァァァッッッ!!!


```


凄まじい爆音と共に、牛の脂の甘い香りと、焦げた肉の暴力的なまでに香ばしい匂いが一気にリビングへと解き放たれた。ハラミ特有の野性味溢れる香りが、空腹の胃袋にダイレクトアタックを決める。

表面を強火でカリッと焼き固めて旨味を完全に閉じ込め、中は美しいローズピンクのレアに仕上げる。焼き上がったブロック肉を、惜しげもなく極厚のダイス状にカットしていく。


続いて、特大の鉄皿の準備だ。

鉄皿の底に、滑らかに裏ごししたジャガイモに、たっぷりの生クリームと大量のチェダーチーズを混ぜ込んだ「超濃厚チーズマッシュポテト」を敷き詰める。

そのマッシュポテトの海の上に、カットした極厚のハラミステーキを、まるで山のように高く積み上げていく。


仕上げは、特製のソースとバターだ。

肉を焼いたフライパンに、濃口醤油、純米酒、みりん、そしてすりおろした「大量の生にんにく」を投入して煮詰める。

ハラミマウンテンの頂点に、特大の四角いバターをドカンと乗せ、その上から、グツグツと沸き立つ熱々の「焦がしにんにく醤油ダレ」を一気に回しかけた。


```

——ジュワァァァァァァァッッッ!!!


```


激しい湯気と共に、醤油が焦げる官能的な香りと、にんにくの強烈なパンチ、そして溶け出すバターの圧倒的なコクが完全に一体となり、スタミナの活火山が完成した。


---


「さあ、バターが完全に溶け切る前に、マッシュポテトごと肉を豪快にすくい上げて喰らえ」


目の前に置かれた鉄皿は、まさに暴力的なスタミナの絶景だった。焦がし醤油とバターが滴る極厚ハラミの山の麓には、肉汁を吸って黄金色に輝くチーズマッシュポテトの海が広がっている。


三人は、限界を迎えた胃袋に突き動かされるように、一斉にフォークとスプーンを突き立てた。

九条さんが、チーズが伸びるマッシュポテトと共に、極厚のハラミを大きな口を開けて頬張った。

次の瞬間、彼女の瞳が衝撃で大きく見開かれ、身体がビクッと震えた。


「————っっっ!!! んんん〜〜〜〜〜っっっ!!! 柔らかいっ! お肉の旨味が、口の中で大爆発しちゃったよ、相沢くん!」


九条さんが、両頬を抑えて、幸せのあまり身悶えしながら叫んだ。さっきのドライヤーの時のしっとりとした表情から一転、今は美味しさのあまり完全に蕩けた表情になっている。


「ハラミが信じられないくらい分厚いのに、噛んだ瞬間にほどけるように柔らかくて、中から濃厚な赤身の肉汁がジュワァァァって溢れてくるの! そしてこの焦がしにんにく醤油と溶けたバター……! ガツンとくるパンチとまろやかなコクが最高に合わさって、もう脳みそがショートしそう! 下に敷いてあるチーズマッシュポテトが、お肉の旨味とタレを全部吸い込んでいて、一緒にお口に入れると悪魔的な美味しさよ! 凍えてた身体が、一瞬でポカポカの熱を帯びていくわ!」


「うおーっ、美味すぎる!! なんだこのハラミの暴力的な美味さは!」


拓海が、額の汗を拭うのも忘れて、ポテトと肉を豪快に口に掻き込んでいる。


「にんにくとバターの風味が強烈すぎて、スプーンを持つ手がマジで止まらねえ! 寒さで麻痺してた両腕の神経が、肉のエネルギーで一気に覚醒していくのが分かるぜ! このマッシュポテトだけで丼飯が三杯食える!」


「……至高のシナジーね」


栞もまた、恍惚とした表情で肉を口に運び、眼鏡を曇らせていた。


「赤身の旨味を凝縮したハラミという『主役の圧倒的熱量』と、それを支えるチーズポテトという『完璧な舞台装置』。西園寺くんがどれだけ冷徹にこちらの脳波をスキャンしようとも、このハラミマウンテンがもたらす圧倒的な幸福のアルファ波の前には、彼のAIなどただのジャンクデータに過ぎないわね。この共犯関係の美味しさは、誰にも暴けないわ」


深夜のすみれ荘に、ただひたすらに肉を喰らい、極上のマッシュポテトを掬い上げる幸福な咀嚼音だけが響き渡る。

俺自身も、自分の分のハラミを口に運び、その突き抜けるような美味さに小さく息を吐いた。

濃厚なにんにく醤油の風味と、バターのコク、そして口の中でジュワリと弾けるハラミの圧倒的な旨味。それが一日中モブを演じ、裏工作を仕掛け続けた俺の身体を、最高に心地よく満たしていく。


西園寺玲王。お前は科学の力と脳波の波形で、俺たちを孤独なシステムの中に追い詰めようとしている。だが、お前がどれだけ網を絞ろうとも、俺たちにはこの食卓がある。同じ飯の美味さに感動し、互いの窮地を笑いながら救い合う、この歪で、けれど絶対に壊れない絆がある。


ふと見ると、隣に座る九条さんが、フォークを口にくわえたまま、じっとこちらを見つめていた。その瞳には、さっき髪を乾かした時の、ほんのりとした熱がまだ確かな色として宿っている。


「……相沢くん」

「ん? なんだ、肉が足りないのか」

「ううん、違うよ。……ただ、相沢くんのご飯を食べて、相沢くんに優しくしてもらえるこの時間が、私にとって何よりも一番の『ご褒美』だなって、そう思っただけ」


そう言って、彼女は本当に嬉しそうに、花が咲くように微笑んだ。

その純粋すぎる笑顔と真っ直ぐな言葉の直撃を受け、俺は慌ててマッシュポテトを口に放り込み、視線を逸らした。胸の奥の不自然な高鳴りは、どうやらこの強烈なにんにくバターの熱量だけのせいではなさそうだ。


「おい、九条さん、お世辞はいいから早く食え。ポテトが冷めるぞ。おかわりはまだフライパンにたっぷりあるからな」


「はーい! お世辞じゃないもん! あとお肉三個とポテト山盛りで追加お願い!」


「あはは、俺もおかわり! 湊、明日の西園寺の『カジキマグロ・トラウマ報告書』の顔を見るのが今から楽しみだな?」


「……私の小説の第十四章は、西園寺くんの『大漁旗恐怖症』で決定ね」


夜が更けていくすみれ荘。

窓の外では冬の寒風が冷たく吹き荒れているが、このダイニングテーブルを包むハラミマウンテンの熱気と、共犯者たちの暖かな笑い声、そして、ドライヤーの温もりと共に静かに育まれ始めた二人の熱量は、どんな策謀の影をも寄せ付けないほどに、どこまでも優しく、力強く燃え上がっていた。

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