プロローグ:普通の人間がいない街
都心の路地裏、まるで時代のエアポケットに取り残されたかのような場所に、その洋館は佇んでいる。
蔦の絡まる古びた二階建て。シェアハウス「すみれ荘」。
家賃格安。ただし、入居条件は一つだけ。
——『住民のプライベートには深く立ち入らないこと』。
過去の因縁から「二度と裏の仕事には関わらず、平穏に生きる」と決意した俺——相沢湊にとって、そこはまさに理想郷のはずだった。
「……よし、今週の廊下のワックス掛けは終わり、と」
深夜二時。誰もいない廊下で、俺は雑巾をバケツに放り込んだ。
俺のここでの表の顔は、どこにでもいる冴えない、目立たない高校生。そして家賃を免除してもらう代わりに引き受けた「住み込みの掃除係」だ。
かつて裏社会で神童だの、天才フィクサーだのと呼ばれた過去はすべて捨てた。今の俺の至上命題は、このすみれ荘で「平穏なモブ」として生涯を終えること。
お互いに干渉せず、適度な距離感を保つ。このルールがある限り、俺の平穏は約束されている。
……そう、本気で思っていたんだ。
この「すみれ荘」に集まった住人たちが、全員揃いも揃って、とんでもない『裏の顔』を隠し持った怪物たちだとは知らずに。
これは、普通の人間が一人もいないシェアハウスを舞台に、裏で全員のトラブルを完璧に片付ける影のフィクサーが、個性豊かな住人たちと織りなす、ドタバタ共犯群像ラブコメ。
俺の平穏な日常が、音を立てて崩壊するまで——あと、三分。




