第三話 カラーゲとウドンと真っ赤なトマト
ルーナはキツネに連れられ朽ち果てる寸前のような建物の前に立っていた。
「ここは?」
『FF、オレ様の要塞だ』
両手に荷物を抱えながらのキツネが答えた。
ルーナが思わず立ち止まり見上げるそれは要塞と言うよりただの廃墟、今にも崩れ落ちそうなボロボロの三階建ての建物。
・・・もしかしたら崩壊しかけの五階建てかも・・・とルーナは思った。
「引きこもるのは良くないんじゃなかったの?」
ルーナはそう言ってFFの入口へと足を進めるがキツネは口を挟む。
『ちょっと待てクソガキ、お前が付けている電脳装備を教えろ。型番から全てだ』
「電脳なんか何もつけていないわよ!」
振り向きもせずに答えるルーナの肩をキツネが掴み止めた。
『おいクソガキ!マジで言っているんだ、個人情報だなんて言うなよ』
そう言ってキツネはルーナのうなじに手をやり少女の後ろ髪を搔き上げた。
「ちょっと!なにすんのよ!!」
突然に素肌を触られたルーナは驚きキツネの手を振り払ったが本当に驚いたのはルーナの綺麗なうなじを見たキツネの方だった。
『インストールポートがねえ・・・お前マジでフレッシュなのか?』
それは電脳装備がない証拠だ。
ルーナはキツネに振り返り両手を腰に当て諭すように言う。
「フレッシュ?そうよ私は電脳化していない身体よ、悪い?」
『悪くはねぇけどよ、今時そんなヤツがいるかよ・・・。身体の方は義体化して・・・?』
「身体を義体化したってポートが無ければそれを動かすソフトをインストールできないじゃないバッカじゃない!?オジサン本当に電脳探偵なの?」
いや、それは言われなくともってところなんだが、電脳装備を何もつけていない奴などいるわけがない。少なくともダストスラムでは。
『そりゃあ、まぁそうなんだが・・クソガキお前、マジで生肉なのか・・』
「生肉?そんな言い方はしないでよ、私は生身の身体なの!気安く触らないで!」
『そ、そうか・・・だけどよぉ今時、電脳化しない生肉なんて帝政の皇族くらいのモンだぜ・・・』
「そ、そんなことないと思うけど・・・」
思わずルーナは顔を背ける。
『でもなぁ・・・。いや、まてよ・・・そう言えば次の新月は帝政皇嗣として新皇女が公示される日だな・・・。クソガキお前、まさか・・・』
その言葉にルーナは顔を伏せるがキツネは全てを悟ったとばかりに自信満々で言う。
『コジキか!!』
「はぁ!?コジキ!?」ルーナは予想だにしなかった言葉に驚きキツネを見上げた。
『そうかぁ、お前は電脳化するクレジットすらなかったんだな・・』
キツネはそう言って実に深い憐れみを込めた視線をルーナに向けた。
「コ、コジキ!?」ルーナは呆気にとられた表情で見上げるがキツネは仮面の下で目を閉じ一人で納得しているようだ。
『恥じなくていい!クレジットが無くても肉体を売らずに頑張ってきたんだな、大したモンだ!』
「オジサン?な、何を言ってるの?」
『いいんだ、生肉なら生肉でそれでいい、気にするな!』
キツネは憐れみを込めた目でルーナを見つめ続ける。
『汚染されていない生肉のガキはフレッシュって言って高く売れるけどよ、下手な屑バイオ屋なんかで手術をしたら箸すら持てないポンコツアームを付けられることだってあるからな』
キツネはそう言って頭を撫でようとするがルーナはその手をはねのける。
「それで、電脳化されていたら何だっていうの?」
『ああ、オレ様の要塞は登録されていない電脳装備を受け付けてねぇんだ』
「あっそ、オジサンは友達いなさそうだもんね」
『まあ、その通りだ。いないんじゃなくて、要らないんだけどな。ほら入るぞ』
キツネはそう言って実に重そうな荷物を両手に抱え持ちながら建物に歩み寄って行き、ルーナは今にも崩れ落ちそうな建物に怯えつつも後を追った。
FFの正面ドアを開けるとルーナは二体のメイドロボットに迎えられた。
ロボットといっても一切の装飾がない真っ白なボディだ。そして目さえなく微かに頭部をこちらに向けただけで出迎えの挨拶どころかキツネの持つ荷物を持つような素振りさえ見せずそれ以上動くことも無かった。
「これは?」
『門番だよ、モードガーゴイル』
恐ろし気なネーミングの割には直立不動の門番に守られているFFの内部は外見とは違いとてもまともだったが、それでもルーナはエレベーターのボタンを押す気にはなれずその前で立ち止まった。
『おい何してんだクソガキ横着しようとするな!階段はこっちだ!』
重そうな荷物を抱えたキツネは通路の突き当りの階段に向かって歩いて行き、ルーナは少しばかり安心してその後について行く。
「少し持ってあげようか?」
もしかしたら前を上るキツネがバランスを崩して転げ落ちてくるのではないかと少し心配になったルーナは一応聞いてみた。
『そうだなクソガキ、お前がオレの年齢を越えたらぜひにもお願いするぜ』
「あっそ、でも私の上に落ちてこないでよね」
『心配すんな、オレはロリコンじゃねえからお前に乗っかることはねぇよ』
確かに、荷物は実に重そうだが階段を上って行くキツネの足取りはそんな重さを感じさせないほどにしっかりとしている。
しかしどこも埃だらけだ。
昇り進む階段の中央だけが辛うじて埃がない。
階段を上り終えた先も同じだった。キツネの歩み行くところだけが埃が積もっていない。それ以外は壁までもが埃っぽく、天井すら蜘蛛が網を張り尽くしそれに埃が被っている。
「要塞って言うより遺跡みたいね。あのロボットは掃除とかしないの?」
『掃除?必要ならオレがやるさ。おいそこのドアを開けてくれ。ロボットに・・なんて言うなよクソガキ』
ルーナがタメ息をついて開けたドアの先は別世界のようだった。
まあ普通のキッチンではあるが、埃一つなく磨かれたようなシンクに、焦げ跡一つないコンロの上には銀色に輝く換気フード。奥には石窯と思しき設備まであった。
ここはまさに磨き抜かれているといった様相で文字通り埃一つなかった。
「何、ここ・・」
驚き、思わず立ち止まるルーナをキツネは両手に抱えた荷物で部屋へと押し入れる。
『ここはなクソガキ、キッチンって言うんだ。コジキには分からねぇだろうが料理をするところだ』
ルーナは両手を腰に当て憤然とした表情でキツネに言う。
「コジキって言うのは止めて、私はコジキじゃない!」
キツネは両手に持った荷物を置きつつルーナの表情を見て答える。
『そうか、悪かったなクソガキ。腹ぁ減っているだろ?メシを作るからそこらに座っとけよ』
ルーナは促されるままにテーブルについた。
「FFって?」
『キツネ様の要塞だよ』
キツネは荷物をまさぐりながら大人しく椅子に着いたルーナに答えていく。
「キツネの要塞?クソ要塞じゃなくて?」
『おいおい、ずいぶんクールな言葉を使うじゃねえか』
「オジサンと一緒にいたからじゃない?」
『言うじゃねえか生肉のクソガキのくせによ。しかしな生肉なら先に言っておけよなブルーソーダなんか飲んだらとんでもねぇことになっていたぜ』
「え?アレってドラッグか何かなの?」
キツネは荷物を整理する手を止めて呆れかえりルーナに言う。
『クソガキはマジで何も知らねぇんだな・・・』
「え?何が?」
『あのな、まずこの街で電脳化していないヤツなんかいねぇのよ。でな、電脳化ってのは身体をあれこれ作り替えてよ、それを動かすために脳をいじくるわけだ』
ルーナは思わず自分のうなじを撫でた。
「う、うん・・・」
『この街じゃどいつもこいつも身体のほとんどをチープにサイボーグ化して脳ミソはカスみたいな電脳まみれだ。身体を金属たっぷりの人工筋肉パーツでサイボーグ化して、それを動かす脳は合成タンパクにバイオシリコンで作った量子ニューロンやらなんやらをたっぷりブチ込んでる』
「そのための・・?」
『そういう事だ。そんな身体をまともな食事で維持できるわけねぇからな、シリコン細胞や合成タンパクに人工核酸たっぷりの食事を摂る必要があるんだよ。お前みたいなフレッシュがウカの出すブルーソーダを飲んでいたら・・・』
「・・・えーと、どうなっていたの・・?」
『次の新月まで寝たきりだ。マジでオレ様がお前のオムツを変えるハメになっていただろうよ』
ルーナは思わず自身の足を撫でた。
『気を付けろよクソガキ。メシはオレが作ってやるからそれ以外は口にするな、まあ良く生きてこれたもんだ・・』
「え?オジサン、料理・・・できるの?」
『ここにオレ様以外誰がいんだよ?』
キツネは荷物の中身を出しながら一つ一つ確認していく。
『ジャーン!!これが何だかわかるかクソガキ!』
そう言ってキツネは赤くて丸いボールをルーナに見せつける。
「何って、トマトでしょ?」
『なんだよ知ってるのかコジ・・クソガキのくせに・・・。でも食ったことはねぇだろ?な?』
「いや、あるけど・・・」
『無理すんなよクソガキ。まあ・・・しょっぱくて美味いよな?』
「え?しょっぱいの?オジサンこそトマト食べたことあるの?騙されたんじゃない?大丈夫?」
チッ!キツネは舌を打つ。
『これ一個で何と400クレジットだからな!』
キツネはそう言ってもう一つ取り出し両手に持ったトマトをルーナに向けた。
『これで800クレジット!明神のウドンならダブルのお揚げに稲荷にお釣りまで付いてくるぜ』
キツネは得意気だがルーナの反応は芳しくない。
「ふーん。で、そのしょっぱいトマトがオジサンの言う料理なの?」
『あわてるなよクソガキ。これもあるぜ、なんだかわかるか?』
そう言ってトマトの次に取り出したのは大きなチキンレッグだ。
「鳥の・・・肉でしょ?」
『鳥の肉?これはバッタで作った合成肉じゃないぜ。もちろんスズメやハトでもない本物の骨付きチキンだ!』
「ハトなら、まあ食べたことあるけど・・・」
『だろうなぁ!ハトならそこらにいるもんな!ま、これでも飲んで大人しく座ってろ、オレが最高の晩飯を作ってやるからよ!』
キツネはようやく満足げな笑みを浮かべ、ルーナの前にマグカップを置きミルクを注いでやるとキッチンを行き来しあれこれと料理を始めた。
ルーナは大人しく両手でマグカップを持ちミルクを口にし、キッチンを動き回るキツネの背中を見ていた。
しかしルーナは妙なことに気が付く。キツネもルーナと同じまっさらなうなじだ。
「あれ?オジサンも生肉ってやつなの?」
『一緒にすんなクソガキ、オレ様のボディは超が付くほどの特別製だ』
「でも、ポートがないじゃない」
『特別製だって言ったろ?オレ様は言わばスーパーフレッシュボディだ。ほら、出来たぞ』
そう言ってキツネはテーブルに料理を並べ始めた。
大きめの器に入った麺料理と、揚げ物の乗った皿には先ほどのトマトが添えられていた。
『並べ終えるまでよ~く我慢できたな、偉いぞぉクソガキ』
キツネは半分ほどに減っていたルーナのマグカップを再び満たしてやってから自分のマグカップにも同じようにミルクを注ぎ料理に向かって両手を合わせた。
『いただきます』
器を手に汁を啜ってから箸を手に白い麺を勢いよく啜る。
ルーナもここの主であるキツネの作法に合わせ料理に向けて両手を合わせた。
「いただきます」
しかし食事にはまだは入れない。
『なんだよクソガキ、食えよ。遠慮すんな』
キツネは指の代わりに箸でルーナを指して言った。
「えっと、でも・・・」
『デモが好きだなクソガキ。なんだ?音楽でもかけて欲しいのか?』
キツネが箸を置き指を二回鳴らした。
「・・・アー、ハイ?」
FFのAIが実に面倒そうに返事をする。
『このクソガキが何か曲をかけてくれってよ、子守歌でもかけてくれ』
「コチラノ、オジョウサマニ、デスネ」
『誰がお嬢様だポンコツ』
キツネがぼやくがAIはそれには返事をせずに音楽をかけた。
部屋全体が静かな音楽で満たされ始めた。
「BバルDかよ、クソガキに合わせてやれよポンコツ」
ルーナは思わず部屋を見渡したがどこにもスピーカーらしきものはない。
「これは?」
『BバルDのフォーシーズンズだろうな、クソガキが知るわけないか』
「そうじゃなくて・・・」
『もういいだろ食えよ』
ルーナが気になったのは曲名ではなく、この不思議な臨場感だった。
四方の壁全てにスピーカーが埋め込まれているのだろうか?まるでオーケストラ会場にいるかのような気分にさせてくれる。
少しばかり気分の落ち着いたルーナはキツネに聞く。
「このAIさんの名前は?」
『あ?ポンコツ』
ルーナが軽く咎めるように首を傾けるとキツネは素直に答える。
『レディ。オレの相棒』
「ふーん、ありがとうレディさん」
「ドウイタシマシテ、オジョウサマ」
明らかに自分に対する時とは違うレディにキツネは呆れて首を振る。
『いいから食えって、冷めちまうよ』
「あっと・・・その・・どうやって?」
『どうやって?こうやって・・・』
キツネは箸でトマトを摘まみ、口に入れた。
『食うんだよ。アーンしても入れてやらねぇぞ、自分で食え』
「この、棒・・で?」
ルーナは申し訳なさそうに目の前に置かれていた一膳の箸にそっと指を置いた。
それを見たキツネは舌打ちし箸を置きタメ息をついて立ち上がり、引き出しからフォークを取り出しルーナの前に置いてやった。
『箸を使った事ねえか。まあそうだな、ウドンは手づかみじゃ食えねえよな』
ルーナはおずおずとフォークを手に取るが、まだ申し訳なさそうな視線をキツネに送っている。
『おいおい、まさかナイフも寄こせって言うんじゃないだろうな?』
ルーナは上目遣いに小さく頷いた。
『ふざけんなクソガキ、ここにあんだろ』
キツネはそう言って歯を剥き出しにして見せた。
「え?歯?」
『そうだよ、オレのは貸さねぇぞ、自分のを使え』
「う、うん・・」
仕方ないといった様子のままルーナは食事を始めたが、すぐに壁に当たる。
フォークを麺の器に差すが当然そのスープは掬えない。
そーっとキツネを見上げると、すでにルーナを睨んでいることが仮面越しでも分かった。
キツネは器を手に取り見せつけるようにゆっくりと持ち上げその汁を啜ると置いた。
『スプーンとか言うなよ、クソガキ』
「はい!」
キツネの迫力に気圧され仕方なく器を手にした。さすがにキツネのように片手ではなく両手ではあったが。
静かにスープを口に含んでから、器を置きフォークで麺を口へと運んだ。
「・・・美味し・・・」
思わず感想が漏れた。
『そうりゃあそうだ、明神のウドンだからな。ここらで一番の御馳走だぜ。だけどよ、マスターの店で食うのはもっとうまいぞ』
「え?何が違うの?茹でてただけに見えたけど」
『これは冷凍してあるからな、ウドンの分子構造が少しばかり崩れちまうんだ』
「へえ、今度行ってみたいな」
『マスターのところか?当分無理だな。マスターに迷惑はかけられねぇ。いいから食えって』
ルーナは料理の乗った皿に目を移した。
「これは?」
キツネは今度は深いため息をついて教えてやる。
『カラーゲだよ、知らねぇのか・・って、そりゃあそうか。トマトなら店先から盗めるしハトは捕まえりゃあ食えるが、他人様のテーブルから料理を盗むわけにはいかねぇもんな』
今度はそれを聞いたルーナが咎めるように軽く首を傾げるとキツネはまた素直になる。
『カラーゲって言ってな、さっきのチキンをオレ様の特製スパイスで味付けして油で揚げた最高の料理だ。ハトとは違って細かい骨は入ってないからそのまま食っていいぞ』
それ聞いてルーナはカラーゲにフォークを刺し、一瞬躊躇してから自分の歯で噛み千切る。
「・・美味し!」
残りも口に入れ、次のカラーゲにフォークを刺そうとするがキツネに止められる。
『ダメだクソガキ!カラーゲを一つ食ったらトマトを一つ食う。マリアージュっつーんだ、知らねぇだろうがな』
ルーナは少し苦笑いしながらも言われた通りにフォークをトマトへと刺し直し口へと運んだ。
「美味っしい!」
『だろう?まぁオレ様が作ったんだから当たり前だがな。脂の残った口の中をジューシーなトマトの酸味でさっぱりさせると次のカラーゲがよりおいしそうに見えてくるだろ?』
ルーナはもぐもぐと口を動かしながら笑顔でうんうんと頷いた。
二人はそれ以上は言葉を交わさず口は食事を堪能することだけに使い、先に食べ終えたキツネは両手を組み、ゆっくりとだが実に美味しそうに食事を続けるルーナを見て満足そうに小さく二度頷いた。




