第二話 ブルーソーダとレートーミカン
キツネがテーブルに両肘を突いてルーナに顔を寄せニヤリと笑う。
「な、なに?」
思わず身体を反らせるルーナにキツネが告げる。
『さっそく来やがったぜ』
ルーナが周囲を見渡すと明らかに場違いな連中が近寄ってきていた。
漆黒のスーツに身を包む7人。
その内の1人は光沢のあるダークブラウンのコートを羽織っている。
その素材はおそらくベルベットだろう。
ダストスラムでそんな恰好をするのは、ただのバカだ。
ここの連中にとって艶のあるいかにも高そうなスーツや光沢のあるベルベットのコートは美しく煌びやかな衣装だと羨む物ではなく、傷を付けずに奪うにはどうすればいいかを思い描く獲物だからだ。
もちろんスラムの住人全員がそうだというわけではないが。
アイツらはここがどういった街なのか理解できていないバカなのか、それとも理解した上でのバカなのか。
慌てて立ち上がり逃げようとするルーナをキツネは手にしたグラスを向け制止する。
『チョロチョロ動くなクソガキ、座っていろ』
「でも・・・」
『オレ様はプロ中のプロの電脳探偵だぜ、信用しろよ』
キツネはそう言って指を鳴らした。
キツネはこれで終わりだとばかりにフンッと鼻で笑いブルーソーダを啜るがベルベットコートの男は何事も無く二人に近寄ってくる。
トントンと自身のこめかみを指でつつき告げる。
「無駄だ、私達はさっきの連中とは違う」
『おお、ずいぶん良い電脳防壁を積んでいるみたいだな』
「失せろ。チンピラに用はない」
ベルベットコートは手を払い言いキツネは答える。
『失せろ?そうはいかねえんだよ、このクソガキは明神のツケを払ってくれる大事なお客様なんでな。まあそれも次の新月までだし、その後はお前がオムツを代えてやれよ』
「バカは大変だな・・」
ベルベットコートの男は呆れるように言いキツネもそれに答える。
『ああ、オレもそう思うぜ。バカは大変だな』
「構わん、あの仮面のバカは殺せ」
ベルベットコートが言うと残りの6人が歩み寄り、それに応じてキツネも立ち上がった。
ルーナも立ち上がろうとするがキツネは厳しく指を差した。
『座っていろと言ったよな?』
キツネはそう言い6人に詰め寄って行った。
ルーナにしてみればキツネ1人で7人に勝てるとは思えない。今のうちに逃げろという事なのかと思ったのだが、そっと肩に手を置かれた。
それはウェイトレスのウカの手だった。
「アイツね意外と強いのよぉ」
「でも・・・」
「大丈夫、たぶんね。銃なんか出されたら無理だろうけどねぇ」
ダストスラムに限らずこの国では爆薬と銃器は重犯罪だ。その使用はもちろん所持すら許されない。
だいぶ昔の話だが中央政府の一人の兵士が突然銃を乱射し仲間だった者達を数十人殺傷し最後には隠し持っていた爆弾でド派手に自爆したという事件があった。
当然、それは帝政側による電脳ハッキングによるものだろう。
だがそうだったとしても帝政側は証拠を残すようなことはしない。
中央政府側としてもそういった疑いを公にぶつけたら返される答えは分かり切っている。
「中央政府は大事な兵士にまともな電脳防壁を支給していないのですか?」
と。
そしてこう言われるだろう。
「帝都防衛を担う中央政府の兵士がそんな簡単にハッキングされるようでは帝都防衛の任は重いのではないですか?」と。
それ以来、爆薬と火薬は禁忌とされるようになった。
そして現在、その禁忌を公然と手にできるのは、帝政のエリート紅衛兵レッドガーディアンズと中央政府のエリート治安維持部隊ブラックオプスのみだ。
そんな彼らでさえ手にする銃は帝政のブラッディマリーと中央政府のブラックルシアン。
共に単発式のライフルで、それらは1メートル近い銃身だ。
もし場違いとはいえこの男たちがその禁忌を持っていたとしても隠し持つことは不可能。少なくともあの身なりでは。
ウカもそれくらいは知っている。
知っているからこそキツネに言う。
「ねえキツネ!そのベルベットのスーツ!破いたりしないでよね!ワタシに似合うと思わない!?」
キツネは舌を打ち答える。
『思わねえよ!』
ったく、どいつもこいつも・・・。
キツネは右肩をほぐす様に回し男たちに歩み寄る。
ウカはそれを見てルーナに話しかける。
「ねえお嬢ちゃん、デザートなんかどう?」
「デザート?いえ、でも・・・あれは・・」
「大、丈、夫!ほら、サンダーストラックパイナップルとかどう?舌が弾け飛ぶほど美味しいわよ。サイコソーシャルストロベリーもあるわよ。いやでもこっちはお嬢ちゃんにはまだ早いかな・・・」
『おいウカ!クソガキに変なもモン食わそうとすんなよ!』
キツネが再び舌を打ち言いウカも言い返す。
「変なモンって何よ!貧乏探偵のくせに!」
「いや、あの、でも・・・私クレジットが・・・」
ルーナが申し訳なさそうに間に入るがウカはまるで気にしていない。
「アンタみたいなお嬢ちゃんにクレジットをよこせなんて言わないわよ」
「でも、あの・・そのう・・オジサンも・・・」
「分かってるって!キツネに期待なんかしていないわよ!大丈夫!好きなの選びなよ」
「えっと・・じゃあ・・」
メニューを手に取るルーナにキツネが差し込んだ。
『クソガキ!お前はレートーミカンでも食っとけ!』
ルーナはそれを聞きメニューを見る。
レートーミカン。
光ってもいないしカラフルでもない。確かに一番まともそうではあった。
「じゃあ、これで・・」
今度はウカが舌を打つ。
「はいはい!レートーミカンを一つね!」
そう言って背を向けた。すぐにカウンターの奥から投げ込まれたオレンジ色のボールをキャッチしルーナの前に置いた。
「ハイどうぞ!」
「これって・・?」
「凍ったミカン。一応はデザートよ。一番安いけど」
ウカはそう言ってタメ息交じりにもう一度言う。
「アンタはキツネを雇ったんでしょ?なら大丈夫。ほら」
ウカはそう言ってレートーミカンの皮を剥き始めた。
「はい、アーンして。お、嬢、ちゃん!」
キツネはタメ息交じりに男たちに対峙した。
1人目が素早くスタンガンを取り出しキツネの脇腹に押し当るとバギ!!という派手な電撃音が響き、男は笑みを浮かべた。
だがキツネはまるで意に介さずにその隣の男の膝を蹴り折り、崩れ倒れる顔面に左の肘打ちを叩き込む。
男は左顔面の皮膚の下の装甲まで砕かれ地面に崩れ落ち、キツネはそのまま更に隣の男に向いた。
スタンガンで動きを封じたところを叩きのめす算段だったのだろう、まるで構えていなかったもう一人が慌てて振り回してきたパンチですらない右腕をキツネは軽く交わしその腕に自身の右腕を絡め、男の右胸部側面に手を当てるとこちらも派手な破壊音と共に男は崩れ倒れた。
ほんの数秒で二人が戦闘不能になった。
それを見た残りの三人が棒状を武器を取り出した。
キツネはそのうちの一人に一瞬で距離を詰め片膝をついた。
男が武器を振り上げた時にはキツネの右掌底が男の腹部に張り付いていた。
次の瞬間、男は身体はくの字に折れて後方に吹き飛んだ。
屈んでいたキツネの肩に再びスタンガンが押し当てられるがキツネはまるで意に介さずに残りの二人に相対する。
二人が同時に棒状の武器を振りかざしてきた。
『スタンバトンね』
キツネは後ろに跳び退りながら交わし立ち上がる。
一人は振り下ろした武器を逆袈裟に振り上げてくるがキツネは左の前腕で受け止めた。
またバギ!!!という派手な電撃音が鳴り、もう一人の男がニヤ付きながら武器を振り下ろしてきたが、キツネはまるで目障りな羽虫にするように払いのけるとその武器は隣の男の顔面を殴打し、再びバギ!!という派手な音がし殴られた男は倒れた。
その口からはうっすらと煙が立ち上っている。
『あらら、死んだなコレ』
「てめえ!!!!」
男は仲間を倒してしまったスタンバトンを構え直すがキツネの動きの方が早い。
手首を掴まれそのまま肘関節を折られた。堪らず一歩下がろうとするがやはりキツネの方が早い。足を払われ頭部を地面に叩きつけられた。
残りの一人が両手に持ったスタンガンとキツネを交互に見ている。
『チャージ中?』
「あ、はい・・」
『まだ?』
「あの、もう少し・・」
ピピピッ!スタンガンが充電を終えるとキツネが手を差し出した。
『貸して』
「え?いや、これは・・・」
キツネは男の肩に手を置いて言う。
『それはオレには効かねえの。いいから貸せよ』
「はい、はい!!」
『これどうやって使うの?』
「えと、その、横のボタンを3秒ホールドして・・・」
キツネが言われたままにボタンをホールドするとピッ!と音が鳴った。
『これを押し当てるわけね?』
「はい!そうです!」
キツネがスタンガンを男の顔面に押し当てるとやはりバギ!!という音がし、男はマネキンのように直立したまま後ろに倒れた。
キツネが最後に残った指揮官と思しきベルベット男を見るとすでに倒れていた。
『あれ?なんで?』
ウカがベルベット男の足元を指さした。そこにはスタンバトンが転がっていた。
「アンタが吹っ飛ばした男のそれがぶつかってたわよ」
『マジかよ、そりゃあ悪いことしたな』
キツネはそう言いながら倒れている男を足で小突いた。
「ちょっと、そのコート汚さないでよ!」
『分かってるよ!』
『おい起きろよ』
キツネがベルベット男の鼻をつまんで振り回すと目が覚めたようだ。
「う、うう・・あえ?」
『おお、おはよう。大丈夫?動けるか?スタンバトンが当たっちまったみたいだな、それでよ・・・・』
「ちょっとキツネ!!」
背後からウカの声が響く。
『分かってるよ!!ったく、うるせえな!』
「あ、ああ・・えーと、何か?」
『まあとりあえず、その最高にクールなコートを脱いでくれるかな』
「はい!!」
ベルベット男はその高そうなコートを脱いでキツネに渡し、ただの男になった。
コートを受け取ったキツネはそれをウカに投げてよこした。
『ほらよ!』
ベルベットのコートを受け取ったウカはすぐに羽織り見せびらかすように一回転して見せた。
「どう?最高に似合っていると思わない?」
『ああ似合っているよ、金箔をまとわせた石コロみたいにな』
「アンタには聞いていないわよ!ね?お嬢ちゃん、どう?素敵じゃない?」
「えっと、その・・・ええ、素敵・・・ですね・・・」
「でっしょ?貧乏探偵には分からないのよ」
キツネはチッと舌打ちで返す。
「じゃあ、私はこれで・・・」
そう言って立ち去ろうとする男の肩をキツネが掴んだ。
男が振り返るとキツネが右の口角を歪ませて笑みを浮かべている。
『面白いなぁお前。とりあえずお前が何者か、なんでこのクソガキを狙うのか聞きたいんだ』
男はキツネの手を振り払うかのように振り向き声を荒げるように答えた。
「だ、誰が喋るか!」
『いや、聞くって言ってもお前の脳に聞くから喋らなくても良いぜ』
「の、のう?」
『まあちょっとばかり痛いだろうけどな』
「え?ちょっと?痛いんですか?」
『そうだな、ちょっと痛いだろうけど我慢しろよ、我慢できなけりゃ死ぬからな』
「え?我慢?死ぬ・・・?いや、はい!私は己龍財閥の執事長の砧です!そのお嬢様は桐生財閥の先代総帥の妾の子でしてその方の腹違いの兄である現己龍財閥総帥の己龍寅之助様に連れてくるように命じられましたのですがその理由までは分かりません!!」
キツネはヒューっと唇を鳴らしてルーナに振り返った。
『クソガキ、お前お嬢様だったのかよ。そりゃあミリオンチップを持っているわけだ』
ルーナは顔を伏せて首を振った。
「・・・違う」
それを見たキツネは左の口角を歪ませて笑みを消した。
『ま、いいけどな。じゃあ脳に聞いてみるとしますか』
そう言って元ベルベット男に振り返った。
「え?ちょ!?全部話しました!待って!!」
『待たねえよ、脳に聞くって言ったろ?我慢しろよ、死なねえようにな』
「まってーー!!!」




