穏健派が来たら、もっと大変になった
転校生が五人も来てから一週間。
健太の学校生活は、もはや普通とは程遠いものになっていた。
「佐藤くん、お弁当一緒に食べましょう」
シャドウ——影山静香が、昼休みに声をかけてくる。
「あら、影山さん。昨日も一緒でしたわよね」
アリシア——有栖川愛が割り込む。
「今日は私の番です」
「べ、別に一緒に食べたいわけじゃないけど! たまたま席が近いだけ!」
ルナ——月野るなが顔を赤くして言った。
「みんな、順番を守りましょう」
フローラ——花園麗が優雅に言った。
『花園さん……フローラ……そのまますぎる』
「今日は私が佐藤くんの健康チェックをする日ですから」
「健康チェックって何!?」
健太は思わず声を上げた。
「体調管理ですわ。ちゃんと野菜を食べているか、睡眠は取れているか——」
「大丈夫だから!」
その時、ヴァルキリア——神谷理香が近づいてきた。
『神谷さん……カミヤ……ヴァルキリア……うーん、ちょっと無理やりだな』
「佐藤様、今日は一緒に体育館でトレーニングを——」
「様はいらないから!」
健太は頭を抱えた。
『……なんで、こんなことに』
エリシア——倉田春菜が、呆れた顔で見ている。
「佐藤くん、大変ね」
『倉田さん、助けて……』
「まあ、自業自得よ」
『ひどい!』
放課後。
健太は職員室に呼ばれていた。
担任の教師が、イライラした様子で健太を見ている。
「佐藤……」
「は、はい……」
健太は嫌な予感がした。
「お前、いったい何なんだ?」
教師が机を叩いた。
『え……?』
「まず、あの駅前の事件。お前が薬物中毒の男を一瞬で治したって動画が拡散されて、学校に問い合わせが殺到した」
「それは——」
「次に、学校が襲撃された。黒覆面の集団が来て、生徒が薬物で暴走して——」
教師が髪をかき上げた。
「お前が全員治したんだよな? それで警察沙汰になって」
「すみません……」
「そして今度は、転校生が五人も一度に来た。しかも全員、お前の周りの席を希望する」
教師が書類を叩きつけた。
「おまけに教育委員会の上の方から連絡が来た」
健太は硬直した。
『……え?』
「『転校生五名の座席は、必ず佐藤健太の周囲に配置すること』だとさ」
「理由は? なんて聞いたら、『上からの指示だ、従え』だとよ」
教師が苛立った様子で書類を見た。
「さらに、新しい教頭と保健教諭の赴任まで急に決まった」
「全部——」
教師が健太を睨んだ。
「全部、お前絡みだ!」
「……」
健太は何も言えなかった。
『……どう説明すればいいんだ』
「教育委員会が動き、人事が動き——」
教師が溜息をついた。
「まあ、お前が悪いことをしてるわけじゃないのは分かってる」
「あの時、学校で暴走した生徒たちを助けてくれたのも知ってる」
「でも——」
教師が疲れた顔で言った。
「正直、怖いんだよ。お前の周りで何が起きてるのか、さっぱりわからない」
「すみません……」
健太は頭を下げた。
「謝らなくていい。お前のせいじゃないのは分かってる」
教師が椅子に座った。
「でも、これ以上何か起きたら、俺の胃がもたない」
「……はい」
「座席配置は、教育委員会の指示通りにする。逆らえないからな」
教師が書類を片付けた。
「頼むから、これ以上騒ぎを起こさないでくれよ」
「わかりました……」
健太は、重い足取りで職員室を出た。
廊下でエリシアが待っていた。
「佐藤くん、何て言われたの?」
「……怒られた」
健太は溜息をついた。
「『全部、お前絡みだ』って……」
「あら、事実じゃない」
「倉田さん!」
「冗談よ」
エリシアが苦笑した。
「でも、座席配置はどうなったの?」
「教育委員会の指示通りだって。先生、すごく困ってた」
健太は罪悪感に襲われた。
『……僕のせいで』
エリシアの表情が変わった。
「……座席を指定したのは、おそらく新世界の使徒ね」
「どういうこと?」
「あなたの周りに五人を配置させることで、常に監視できるようにしたのよ」
エリシアが小さく囁いた。
「セレスティアたちは、政財界にも影響力があるから——」
「教育委員会に圧力をかけることくらい、簡単なのよ」
健太は深く溜息をついた。
『……そこまでするの?』
「あなたを逃がさないためよ」
エリシアが健太の肩に手を置いた。
「でも、あなたのせいじゃないわ」
その日の帰り道。
校門の前には、いつものように黒い高級車が停まっていた。
しかし、今日は様子が違った。
車の横に、もう一台——黒塗りの公用車のような車が停まっていた。
『……何?』
セレスティアが窓から顔を出す。
「佐藤様、今日は——」
その言葉が遮られた。
公用車から、二人の女性が降りてきた。
一人は、スーツを着たクールビューティ。
もう一人は、柔らかい雰囲気の女性。
「佐藤健太くん」
スーツの女性が、健太に近づいた。
「少し、お話しよろしいでしょうか」
『……この人たちも』
健太は、その瞳を見て確信した。
『……転生者だ』
セレスティアが車から降りてきた。
「あら、こちらの方々は……」
セレスティアの声が、少し警戒している。
「初めまして。私たちは——」
スーツの女性が言いかけたが、セレスティアが遮った。
「わかっていますわ。異世界からの転生者ですわね」
「そして、新世界の使徒とは異なる立場の」
セレスティアの瞳が、鋭くなった。
二人の間に、緊張が走った。
健太は、間に入った。
「あの、ちょっと待ってください」
健太は二人の女性を見た。
「あなたたちは、誰ですか?」
スーツの女性が微笑んだ。
「申し遅れました。私は、明日からこの学校の教頭として赴任する、田中裕子と申します」
『教頭!?』
「そして私は、保健教諭の山本美咲です」
もう一人の女性が微笑んだ。
健太は、頭を抱えた。
『……また増えるの!?』
セレスティアが言った。
「まあ、教育委員会に圧力をかけたのは私たちですのに」
「あなたたちまで学校に来るなんて」
「圧力……?」
健太が振り返った。
「セレスティアさん、やっぱり座席配置を指示したのは——」
「ええ、私たちですわ」
セレスティアが優雅に微笑んだ。
「あなたの周りに、私たちの仲間を配置する。それが一番効率的ですもの」
「そのせいで、先生がすごく困ってました」
健太は言った。
「『全部、お前絡みだ』って言われました」
セレスティアの表情が、少し曇った。
「……それは、申し訳ありませんでした」
「でも、必要な措置でしたわ」
「必要って——」
健太は言いかけて、やめた。
『……言っても無駄だ』
田中——異世界での名前を名乗っていないが、おそらく転生者——が言った。
「セレスティアさん。あなたたちがアルヴィン様の周りを固めるなら」
「私たちも、学校に入らせていただきます」
「あら、監視ですか?」
セレスティアが微笑む。
「守るため、です」
山本が静かに言った。
「新世界の使徒から」
また、火花が散った。
健太は、深く溜息をついた。
「あの、もうやめてください」
「……」
「僕は、どっちの組織にも協力するつもりはありません」
健太は、はっきりと言った。
「でも、普通に接してくれるなら——」
「話すことはできます」
セレスティアと田中が、顔を見合わせた。
「……わかりました」
セレスティアが微笑んだ。
「では、普通に——」
「ただし」
田中が付け加えた。
「もし、佐藤くんが危険な目に遭いそうになったら——」
「私たちが介入します」
「危険など、ありませんわ」
セレスティアが反論する。
「私たちは、アルヴィン様を愛しているのですから」
「それは、私たちも同じです」
山本が微笑む。
また、火花が散った。
健太は、もう何も言う気力がなかった。
エリシアが、健太の腕を掴んだ。
「佐藤くん、帰るわよ」
「う、うん……」
健太は、エリシアに引っ張られて、その場を離れた。
二つのグループの女性たちが、その背中を見つめていた。
翌日。
朝のホームルームで、担任が疲れた顔で言った。
「みんな、お知らせがある」
「今日から、新しい教頭先生が来る」
『……やっぱり』
教室のドアが開き、田中裕子教頭が入ってきた。
「はじめまして。田中裕子です」
田中が教壇に立った。
「教頭として、皆さんをサポートしていきます」
その視線が、健太に向けられた。
『……見られてる』
「それと、保健の先生も新しくなった」
担任が続けた。
「山本先生、どうぞ」
山本美咲保健教諭が入ってきた。
「はじめまして。山本美咲です」
山本が微笑んだ。
「何かあったら、保健室に来てくださいね」
その視線も、健太に向けられた。
『……また、見られてる』
担任が、小声で呟いた。
「……これも、佐藤絡みなんだろうな」
健太は、聞こえないふりをした。
エリシアが小さく囁いた。
「田中さんと山本さん、異世界での名前を言わなかったわね」
「うん……」
「おそらく、新世界の使徒と対立してる組織の人たちよ」
『……また、面倒なことになった』
昼休み。
健太は、またしても女性たちに囲まれていた。
シャドウ、アリシア、ルナ、フローラ、ヴァルキリア。
そこに——
田中と山本が加わった。
「佐藤くん、お昼はちゃんと食べてる?」
山本が心配そうに尋ねる。
「食べてますよ……」
「でも、栄養バランスが——」
フローラが割り込む。
「それは私が管理してます」
「私も、医療の専門家です」
山本が微笑む。
「協力しましょう」
「……結構です」
フローラの声が、冷たくなった。
『……医療担当同士で対立してる』
田中が言った。
「佐藤くん、何か困ったことがあったら、すぐに教頭室に来てください」
「あ、はい……」
シャドウが静かに言った。
「教頭先生、佐藤くんを独占しないでください」
「独占などしていません」
田中が微笑む。
「ただ、守りたいだけです」
「それは私たちも同じですわ」
アリシアが付け加えた。
「べ、別に独占とか関係ないけど!」
ルナが顔を赤くして言った。
ヴァルキリアが健太の隣に座った。
「佐藤様、今日は一緒に——」
「だから様はいらないって!」
健太は頭を抱えた。
エリシアが、遠くから呆れた顔で見ていた。
「……もう、完全に包囲されてるわね」
山田が隣で言った。
「倉田、お前も入れば?」
「……そうね」
エリシアが立ち上がった。
そして、健太の隣に座った。
「佐藤くん、今日のお弁当は?」
「え、倉田さんも!?」
健太の周りは、完全に女性で埋め尽くされた。
放課後。
健太は、保健室に呼ばれた。
『……また?』
保健室に入ると——
山本が、優しく微笑んでいた。
「佐藤くん、健康診断です」
『……やっぱり』
「でも、花園さんも健康診断って言ってたけど……」
「ああ、フローラさんですね」
山本が微笑む。
「彼女は、あちらの組織の方ですから」
「でも、私は——」
山本が健太に近づいた。
「あなたを、本当に守りたいと思っている者です」
『……どっちも同じこと言ってる』
「さあ、こちらへ」
山本が健太を診察台に誘導する。
「上着を脱いでください」
「え、でも——」
「大丈夫。簡単な診察ですから」
健太は、仕方なく上着を脱いだ。
山本が聴診器を当てる。
「心音、正常ですね」
『……なんか、すごく触られてる気がする』
「血圧も測りましょう」
山本が健太の腕に血圧計を巻く。
その手が、健太の腕に触れる。
『……近い』
「少し緊張していますね」
山本が微笑む。
「大丈夫。怖くありませんよ」
『怖いとかじゃなくて……』
血圧測定が終わると、山本が言った。
「佐藤くん、体調は良好です」
「よかった……」
「でも、ストレスが溜まっているようですね」
山本が健太の顔を覗き込む。
至近距離。
『近い、近い!』
「最近、何かありましたか?」
「……色々」
健太は溜息をついた。
『ありましたどころじゃないし』
「転校生が五人も来て、みんな僕の周りにいて——」
「それに、教頭先生と保健の先生まで転生者で——」
「そして、担任の先生に『全部、お前絡みだ』って言われて——」
「大変ですね」
山本が申し訳なさそうに言った。
「でも、大丈夫」
山本が健太の手を握った。
『また手を!?』
「私たちが、あなたを守りますから」
山本の瞳が、優しく健太を見つめる。
「何かあったら、いつでも保健室に来てください」
「……ありがとう」
健太は、少し安心した。
『……まあ、悪い人じゃなさそうだ』
「それで——」
山本が少し照れたように言った。
「異世界では、私はディアナと名乗っておりました」
『ディアナ……!』
「田中教頭は、ユスティアです」
山本——ディアナが微笑んだ。
「私たちは、セレスティアさんたちとは違う考えを持っています」
「でも、あなたを想う気持ちは同じです」
健太は、深く溜息をついた。
『……結局、どっちも同じじゃないか』
その夜。
健太の家に、エリシアが夕飯を作りに来た。
「今日も大変だったわね」
「うん……」
健太は、疲れた顔でテーブルに座った。
「新世界の使徒だけでも大変だったのに、ユスティアさんたちまで——」
「仕方ないわよ。あなたは、それだけ特別なんだから」
エリシアが料理を運んでくる。
「でも、先生に迷惑かけちゃった……」
「あなたのせいじゃないわ」
エリシアが微笑んだ。
「悪いのは、勝手に動いた大人たちよ」
「……そうかな」
健太は、料理に箸をつけた。
「美味しい」
「ありがとう」
エリシアが嬉しそうに微笑む。
二人で食事をしながら、健太が言った。
「エリシア」
「ん?」
「ユスティアさんたちは、セレスティアさんたちと敵対してるの?」
「ええ。考え方が違うから」
エリシアが説明した。
「セレスティアたちは、あなたの力で世界を変えたいと思ってる」
「でも、ユスティアたちは、あなたを守って、普通に生きてほしいと思ってる」
「……どっちも、僕のことを想ってるってこと?」
「そうよ」
エリシアが健太の手を握った。
「だから——」
「あなたは、罪悪感を持つ必要はないわ」
「……ありがとう、倉田さん」
健太は、エリシアの手を握り返した。
二人は、しばらく手を繋いだまま、座っていた。
翌日。
学校は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
『……まあ、それでも周りは女性だらけだけど』
健太は、自分の席に座った。
前後左右、全て女性転生者。
『……もう、慣れるしかないか』
その時、担任が教室に入ってきた。
「おい、佐藤」
「は、はい……」
『……また何か?』
「今日は、何も起きないよな?」
担任が念を押すように言った。
「……たぶん」
「たぶんじゃ困るんだが……」
担任が溜息をついた。
「まあ、いい。頼むぞ」
『……先生、本当に疲れてるな』
健太は、申し訳ない気持ちになった。
『……これ以上、迷惑かけないようにしないと』
でも——
その決意は、すぐに崩れることになる。




