#2 第2節
幸斗、美佳、荒志郎の三人はあるショッピングセンターの屋内駐車場へと赴いた。
平日の放課後ということもあって人通りは少なく、停まっている車もまばらだった。
「今日の目標はここなんだけど……」
美佳が目を凝らす。コツコツと足音だけがコンクリートの柱に反響していた。
「美佳、探知機の反応は?」
「うーん、確かに反応はしているのよね……まるで何かに引っ張られてるような————」
その瞬間、美佳の言葉を遮るように悲鳴が聞こえた。
「————ッ! 今のは⁈」
「上の階からですっ!」
「すぐに向かうわよっ!」
幸斗たちはそこで怪異に襲われている少女を発見した。
「いやぁ……! なんなの、これぇ……! 誰か、だれかぁ!」
急いで幸斗は駆け寄って、声の主を確認する。
(この人は……さっきの!)
名前は確か望月美那萌だったか。
泥のような黒いヒトガタが彼女に覆い被さろうとしていた。
「させないっ!」
右手に込めた碧水で黒い泥を散らす。
「ちょっと! 勝手に一人で突っ込まないでよっ!」
美佳の髪留めが靡いた。続いて荒志郎も黒い影に向かって手刀を振るう。
総数は六体ほど、難なく倒せる数だった。
「さて、片付いたわね。——怪我はない? 無ければ少しこのビー玉を見てもらえると嬉しいんだけど……」
美佳が取り出したのは八敷先生からもらった人の記憶を弄る道具だった。ただし記憶を完全に忘却させることはできず、強いショックを受けた経験を他のマイルドなカバーストーリーに置換させるだけのものである。
美那萌が美佳を見つめる。怪異に関する記憶を別のものに入れ替え、彼女の精神に悪影響が出ないよう処置を進めた。
数秒の空白——だが、何かが揺らいでいることを幸斗は気付いた。
「————美佳ッ!」
刹那、美佳の背後から大きな鏡が現れる——。
「——え?」
抵抗する余地はない。美佳は鏡の中の◼️◼️と目が合った。
「あ…………」
途端に美佳の膝が崩れ落ちる。目から生気が抜け、完全に意識を失っていた。
「おまえ……! 美佳に何をしたッ!」
美那萌の口元が歪む。
「安心して、殺してはいないから。アタシはキミに用があるの」
望月美那萌は幸斗を指差した。
「ちゃんということ聞いてくれたら、この子も助けてあげる。別にもう一人のキミでも構わないよ」
彼女は荒志郎の方に視線と指を動かした。
「貴女の目的は何なのです?」
美那萌の口角はさらに上がり、毒々しい緑色の瞳が細く、鋭く煌めいた。
「遊び相手が欲しいだけだよー。素直で可愛い子犬ちゃんがね」
荒志郎の目つきが鋭くなったのを、幸斗は隣で感じた。
「…………その提案には了承しかねますね。ワタシは貴女の言いなりになるつもりはありません」
荒志郎はきっぱりと美那萌に告げた。その言葉を聞いて彼女は口を窄めて少し残念そうな顔をした。
「そっか……じゃあそっちのキミは? アタシに飼われてくれる気はある?」
「……ないよ。見ず知らずの相手に、そんな信用はできない」
その言葉によってさらに美那萌は落胆したような素振りを見せ、深くため息を吐いてから邪悪な笑みを浮かべた。
「嫌われちゃったね、アタシ。…………それじゃあ仕方ない、無理矢理言うこと聞いてもらうしかないね————来てっ、『カレイド』!」
呼び声に応じて、先ほどの大きな鏡が美那萌の側に現れた。
それも一つではない。四つの鏡が彼女の左右に二つずつ並んでいた。
「やはり、怪異の力……!」
「ふーん、驚かないんだ。もしかして、こういうの見慣れてる? まあ別に良いけど……どっちにしろ、すぐに跪かせてあげるからね」
鏡から光が伸びた。四つの光が交差するように、二方向から二人を目掛けて照射される。
「————ッ!」
幸斗たちはお互い別方向に転がり避けた。
「意外と素早いね。——だったらこれはどう?」
鏡が二人の四方を囲み、射線を広げた。
四本の光線が交互に中心にいる幸斗達を目掛けて発射される。
「くっ…………!」
「ほらほらー、早く出ないとやられちゃうよー?」
次第に鏡は円を描いて幸斗達の周りを回転し始めた。不規則なタイミングで、かつ全方向を注意しなければならない範囲攻撃が二人を苦しめた。
「退きますっ、舌を噛まないように!」
荒志郎が地面に手をつけたその瞬間、二人のいる足元に穴が空く。下の階に降りた彼らは美那萌の攻撃から一時的に逃れることができた。
「結合せよ」
空いた穴が塞がる。これでしばらくは安全だろう。今のうちに二人は彼女に対抗する術を考えるべく話し合おうとした。
しかし————。
「へえ、面白いコトするんだね。アタシ、キミみたいな人は初めてだよ。さっきのはそっちの眼鏡クンの方? ——ってことは幸斗クンもそんな感じの力を使うのかな?」
柱の影から美那萌の声が聞こえた。
「僕の名前を知っている……⁈ いや、それより……どこから来たんだっ⁈」
美那萌の背後には大きな鏡が一枚。まるで水面の波紋のように鏡面が揺らめき、そこから彼女の身体が現れていた。
「もう、質問は一つずつにしてよー。アタシ困っちゃう。とりあえず——右手を見てごらん?」
幸斗は右手を開く。手のひらには小さな鏡面。埋め込まれた鏡のようなものが見えた。
「そう、学校で会ったときに付けさせてもらったの。だからキミのことはその鏡越しで教えてもらった。キミが『カイイ』って力を宿しているのも、聞こえちゃった」
自然と幸斗の額から汗が流れていた。ミラーハウスのような惑わされる感触。
彼女の持つ能力——『カレイド』。おそらくは『祈現怪異』によるものだろう。
あの鏡——能力が未知数だ。光線による攻撃に、ワープホール、また遠隔視、盗聴ができる小さな鏡と、まさに変幻自在な能力と言える。
「アタシ、変わった人は好きよ? 遊びがいがあるから」
ライムグリーンの瞳が煌めき、白いツーサイドアップの髪が靡く姿は毒婦を想起させた。
「さあ、見せて? キミのチカラ。叩き潰して踏んづけてあげるから」
「そうは……させませんッ!」
荒志郎は、髪がぶわっと逆立つほどの勢いで美那萌の前に飛び出した。
「錬成せよ」
右手に浮かぶ蒼い量子の軌跡。刃渡り十センチほどのナイフが現れる。
蒼の軌道が半円を描き、美那萌の首を掠めた。
「おっとと、危ない危ない」
美那萌は優雅な足取りで後退し、荒志郎の間合いから離れる。咄嗟に荒志郎は追撃しようと足を踏み込んだが、頭上に浮いた美那萌の鏡に気付くと、二歩目の足を踏みとどめた。
「ッ⁈」
荒志郎の視界を白色の光線が遮る。刹那で危機を察知した彼は間一髪で光線の被弾を免れることができた。しかし————。
姿が……消えた⁈
荒志郎の視界が遮られた一瞬の隙に美那萌は姿をくらました。
左右を見渡す荒志郎には知り得ないことだろうが、幸斗の目はその一部始終を捉えていた。
荒志郎が差し向けた刃を避けると同時に美那萌は上空に鏡を展開、そこから放たれる光と時を同じくして美那萌は自身の側に鏡を出現させ、その中に入っていった。
そして————次に鏡から現れたときには、全てが終わっていた。
「な……」
後ろだ——幸斗はそう言おうとしたが、間に合わない。鏡と目を合わせた瞬間、荒志郎は糸が切れたかのように地面に伏した。




