#3 第2節
「気味の悪い部屋ね」
美佳はそう独りごちた。
そこは、白と水色で彩られた寝室だった。
小洒落たドレッサーには、可愛らしい動物の人形が数々と並んでいる。
本棚を見れば、そこには夢物語なタイトルの絵本がずらりと敷き詰められていた。
見上げればベッドの天蓋があって、四方から帷が垂れていた。
まるで御伽噺の王女だ——純粋無垢であることを強いられ、いつか白馬の王子に連れ去られることを待ち望んでいるような、そんな可憐な少女のイメージが美佳の頭に浮かんだ。
しかしそこに現れたのは白馬の王子ではなかった。もとより馬が入って来れるようなスペースなどないが、それを差し置いても余りある乖離があった。
「やっほ。さっきは急にごめんね?」
目の前に現れたのは白髪の少女。美佳はその髪を見てついさっきまでの記憶を思い出した。
「アンタは……」
「アタシ、望月美那萌」
頬に手を当てながら、薄ら笑いで名前を告げた。
よっ、という声とともに開いた窓の上から飛び降り、美佳の眼前に佇む。
「何者なの……どうしてここにいる?」
警戒を解かず、じっと美那萌を睨む。この空間に連れてこられる前の最後の光景は鏡の中にいた彼女の腕だった。
おそらくここは彼女の鏡の中の世界。
なぜ鏡に中の世界があるとか、どうして自分が映るわけでもないのに鏡と呼称しているのかは美佳自身でも理解はできていない。
だが確実に美那萌という女が怪異の力によって起こしている現象だということは把握できた。
「何者……と聞かれると答えに困るなぁ。んーでも、強いて答えを出すなら……アタシはキミだよ」
「……でもさっき自分は美那萌だって言ってわよね。なのに見た目も声も性格だってウチとは大違い。とてもまともな回答には思えないのだけど?」
美那萌は困ったような顔を見せ、悩ましげに頬を掻く。
「そうだねぇー、アタシは美那萌であって美那萌じゃない。主様の姿を映した鏡の怪異。鏡だから変幻自在。だからアタシはキミでもある————この説明でどう?」
主様というのは今その姿を借りている美那萌という少女のことだろう。
鏡という特性故に、他人を映し出すことで自分の存在を確立させている。だから今この鏡と向き合っている自身にも存在を重ねることができるのだろうと美佳は納得した。
「……まあいいわ、大体オッケー。——それで、アンタの目的は何? ウチをここに閉じ込めて、なんの意味があるの?」
すでに魔力は腕に装填されている。奴の答える内容によってはここで即発射も辞さない意気込みだった。
「あんまり怖い顔しないでよ。ここではアタシは手出ししないし、キミもできない。ここに連れてきたのは単なる時間稼ぎ、暇潰しだよ」
その顔に笑みが絶えることはない。だがその笑みは善性からくるものではなく、まるで獲物をじっくりと追い詰める蛇のように極悪な瞳をしているように見えた。
「じゃあこの場所はなに? わざわざこんなところでウチに接触してくる理由がわからないわ」
「こんなところって……仕方がないでしょ、そういう能力なんだから。この部屋はアタシの能力の一つ。主様の精神のカタチを具現化させて、人の精神を肉体から隔離させるためのもの。アタシはその監視役、それだけの理由よ」
「監視の割には随分とフレンドリーに接してくるのね。でもいつまでもここで立ち往生してるわけにはいかないの。こっから出る方法を教えなさい」
毅然とした態度で美佳は怪異を睨む。その姿に相手は怖気付いたような、呆れたような曖昧な素振りで答えた。
「はあ、ここではアタシの方が有利だってのによくもまあそんなふうに言えるね……まあいいんだけど。——とりあえず言えるのはこっから出る方法なんてものは、ない」
その言葉を聞いた瞬間に美佳は魔弾を発射した。しかし確かに直撃したのにも関わらず、その身は鏡面を叩き割ったように崩れたのちに、外傷もないまま美佳の背後に再び姿を現した。
「もう、せっかちだねぇ……いつかは出られるから大人しく待っててよ。今外の世界ではキミのお友達が主様と戦っている。それが終われば無事に戻ってこれるから。主様はキミたちを殺したいわけじゃない。ただ、支配したいの」
「アンタっ……!」
美佳が腕を振り払う。またもや怪異は姿を崩し、別の場所で姿を現した。
「今まで飼っていた子が金欠になっちゃってさー、もう用済みだし他の子に切り替えちゃおうとしていたんだよー。そしたらちょうどいいところに幸斗クンが現れたの。本当はちょっとしたつなぎとしてお金が貰えるくらいで良かったんだけど、嬉しい予想外だったよ……。主様は敵が多いからねー。いちいちアタシが潰しに行くのは面倒なのよ。だからキミたちは特別にボディガードにしてあげようって考えたワケさ」
「アンタのご主人ってやつはよっぽどのクズみたいね……。じゃあなに? この部屋は都合よく洗脳するための教育施設ってわけ?」
「ひどい言い方するなぁ……まあ間違ってないし仕方ないかー。さっき言った通り、ここは肉体から精神を隔離する部屋。今ここにいるキミはキミ自身ではなくその精神だけ。防護するものもなく、直接精神に方向性を植え込む。普通ならここまでする必要はないけど、キミたちは耐性があるみたいだからね」
「ふざけんな、このっ……!」
装填された魔弾の乱射。美佳の怒りは部屋中を焼き焦がすようだった。
しかし焼き付けた魔力の痕跡はもとからなかったことにされたように即座に修復された。
「無駄だってば。出る方法はないってことも、アタシに手出しできないことも言ったでしょ? ほら、そろそろ身体が自由に動きづらくなってきたんじゃない?」
いきなり膝から崩れ落ちる美佳。寝台にもたれかかりながらも決して弱気な姿勢は見せず、ただ相対する敵に鋭い視線を送る。
「くっ…………!」
「うーん、意識までコントロールするのは時間が掛かるかなー。最悪、無理矢理動かしても大丈夫でしょ。——あんまり抵抗しない方がいいよー? 苦しいだけだから」
半目開きで悦に浸ったような顔を浮かべながら、美佳の苦しむ姿を見つめる美那萌の怪異。全身を蝕む支配の感覚に屈辱を味わいながらも美佳は決して抗うことをやめなかった。




