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第九十二話 「私を頼ってくれてもいいじゃないですか」

スーパーで在庫がないという海鮮類を少しだけ買って民泊へ戻った。


「鮫ちゃんとつちやんは食材切って」


 指に絆創膏を貼りながら近藤が言った。

 意気揚々と包丁を持ったはいいが、普段から握っていないのがバレバレ。

 自分の指を見事に切っていた。


「それじゃ鷹山、火起こし! やるぞ!」

「失敗したら絆創膏じゃ済まないぞ?」

「失敗する前提で話進めんのやめーや」


 具材より自分の指を真っ先に切った人に言われても説得力がない。


「火ってどうやって起こすの?」

「なにも分かっていない目をしている」


 予め用意された割りばしとチャッカマンを持って近藤は純粋な目をしている。

 なんだろうこの保育園児にダイナマイトとチャッカマン持たせた気分。

 火遊びを覚えるのはまだ早いだろうに。

 早いうちに覚えると俺みたいに大火傷するんだ。


「知らないのにやるつもりかよ」

「この着火剤ってやつに火つければいいの?」

「合ってるけど間違ってる」

「じゃあどうすんのさ!」

「危ないから情緒安定させろ」

「超安定してるが!? 結婚生活十年目すぎた夫婦くらい安定期だが!?」


 結婚したことないからイマイチピンとこない安定感。

 ま、どう見ても不安定だからいっか。


「着火剤を置いて、その周りに割りばしとか枝とかで囲うんだよ。炭を置くのも忘れずにな」

「こんな?」


 コンロの中には折られた割りばしで器用に山が作られていた。


「合ってる。その上に炭を置いて下からゆっくり炙れるようにすればいい」

「よっしゃ、火つける? つけていい? まだ?」

「取り敢えず付けとけばいい。最初から使えるわけじゃないからな」


 なんだっけ、炭がおきに変わるまで待たなきゃいけないんだっけ?

 小学校の頃の炊飯の記憶だから曖昧。


「鷹山さん、近藤さん。食材が切り終わりましたよ」

「各々好きなものを鉄串に刺してください」

「おー! 本格的!」

「野菜もしっかりな」

「……任せて!」


 絶対食わないな。あとで鮫島に言って無理くり口の中に詰めてやろ。

 火の番をする人間がいなくなるわけにも行かず、近藤に先に刺してもらうことに。

 それまで俺は赤々と燃える火を見ていた。


 単純に火の番が必要だったから残ったがこうして女子達が楽しそうにしている声を聞きながら火を見るのも嫌いではない。

 パチパチと木が弾ける音やゆらゆらと動く火を見ているだけでボーっと出来る。


「そのまま顔ごと突っ込むつもりですか?」

「冗談」

「ガソリンでも浴びてからの方がいいと思いますよ?」

「殺意たっか」


 少し火花が飛び火しただけで全身火だるまだ。


「火の起こし方なんてどこで覚えたんですか?」

「ん」


 俺は検索アプリを起動して検索履歴を見せた。

 その一番上には「キャンプ 火の起こし方」というド初心者丸出しの検索履歴が残っているはずだ。


「さっき調べた付け焼刃」

「玲奈の前だからって博識ぶってカッコつけたわけですか」

「誰の前でもやったぞ」

「誑し」

「心外だ」


 博識ぶってカッコつけたのは認めるがそれだけで誑し認定されるのは嫌すぎる。


「夏帆の次は玲奈ですか? 案外チョロいと思いますよ。甘やかせば一発なので」

「近藤の将来が失敗」


 雑談を挟んだところで鮫島が近寄って来たのが分かった。

 さっきから火を見続けているから鮫島がどんな顔しているのか俺には分からない。


「スーパーで貴方達二人と未来が話しているのを見ました。なんの話ですか」


 その圧は疑問形ではなく教えろと圧をかけている時の聞き方。

 ただ嘘をつく理由もない。


「スポーツ選手向けの料理を教えたんだ」

「……」

「本当だって。長谷川がなんで地元から離れた浜辺市にいるのか考えてみろって」

「未来はなんと?」

「本人の口から聞いたわけじゃないが、大方陸上部の合宿だろうよ。学校指定のジャージ着てたし」

「……嘘くさいですね」

「どうしろと」

「普段の行いですよ。狼少年と一緒です」


 普段から嘘ついていざって時に信じて貰えない現象な。

 ただこの生きづらい世の中で馬鹿正直に本当のことしか言わないってのはいかがなものか。


「また問題を起こしたのかと思いましたが違うようですね」

「超穏便に済んだぞ。土屋のおかげで」

「へー夏帆の」

「なに」

「別になんでもないですよ」


 少しの間があって耳を疑うような言葉が聞こえた。


「私を頼ってくれてもいいじゃないですか」


 拗ねたような一言はキッチンから離れ、火のパチパチ音しかないこの場ではちゃんと聞こえた。

 俺が顔をみるよりも前に鮫島はキッチンへと戻ってしまった。


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