第八十四話 夏休みの平常運転
七月も終盤。
学生からすれば歓喜する季節。
そう、夏休みの到来である。
そして俺と鮫島は夏期講習が始まる。
一週間での詰め込みという中々にハードなスケジュール。
一年生だからまだ内容は薄いものの、普段の授業と比べたら情報が多い。
「――以上で今日の講義は終わりです。お疲れ様です」
講師の先生が教室から出ていけば空気は弛緩する。
ただその圧倒的な情報量を完全に理解している人は極僅か。
「鮫島は相変わらず余裕そうだな」
「一学期のほぼ応用じゃないですか。基礎が分かっていれば理解するのは簡単です」
こと勉強に置いては鮫島に勝つにはまだまだ、色々足りないと感じらせられる。
俺は少し不安なところをノートと黒板を照らし合わせて情報整理。
「よし。なんとかって感じだ」
「マルチタスクが聞いてあきれますね」
「器用さと理解力は比例しないんだよ」
まだ一時間目の授業が終わっただけだというのにノートにかじりつく生徒がちらほら。
一日が終わる頃には燃え尽きた生徒が大多数を占めた。
かくいう俺も燃え尽きた側の人間である。ただ燃え尽きた程度で言えば、最後の数学だけで他はある程度ついていけはしたが。
「あの……鮫島さんですよね?」
帰る支度をしていた鮫島に話しかけたのは赤ぶちメガネの女子生徒。
「なぜ私の名前を?」
「後ろの席に座ってたんだけど会話聞いちゃって……」
模試を受けた生徒なら鮫島の名前は知っているだろう。
中学と変わらず一位の座に余裕で至った天才の名だ。
「私になにか?」
「わたしが理解しているか見て欲しいなって」
「人に確認して貰わないといけないならそれは理解していないのでは?」
「えっと……あの」
メガネの女子生徒は決して、気が弱いわけではないのだろう。
鮫島が放つ威圧に慣れていないだけだ。
そう考えるといつものメンバーは慣れたものだなと思う。
「鮫島言い方」
「なにか?」
「別にいいだろ。人に教えるほど効率のいい勉強はないぞ」
分からないなら共に理解すればいい。
分かっているなら分かっていることを人に伝えればいい。
「ですがその人が理解しようとしない限り時間と労力の無駄です」
「少なくともこの夏期講習に参加してるなら理解する気はあるだろうよ」
「なら貴方がやればいいなじゃないですか。そんな気持ち悪い顔してないで」
「ただの暴言やめて。鮫島が人と話している姿なんて久しぶりでな~」
クラス連中は鮫島の威圧を恐れて近づきすらしない。
時々陽キャの一味が軽い雰囲気で話しかけるが「は?」の一言で何トンもの重圧をかけられ撃沈する。
「彼は鷹山来夢。中学模試で私の次に点数が高い人です。私よりも人のことを考えて動くので教えるのが大変上手いです」
早口で俺を紹介すると俺に向かって笑いかけた。
「俺は別にいいぞ? そうやって俺に流してると抜かれるぞ」
「心配なく。私も聞いて武器にするので」
「そうかよ。んで、どこが不安なんだ?」
「えっと英語の単元なんだけど……」
「ああ、使役動詞の受動態についてのやつか。俺も一番最初ミスったところな」
講義自体がハイスピードで教える気があるのか気になるほどの内容だったし不安になっても不思議じゃない。
「っと、その前に」
俺は立ち上がると残っている生徒に向かって声をかけた。
「今教室に残っている人で今回の英語が少しでも不安なら俺の所に来てくれ。一緒に不安を無くそう。安くない金額払ってんだ、貪欲に行こうぜ」
俺がそう声かけすると数人集まって来た。
「よし、鮫島。俺の答えが合ってるか監督してくれ」
「……」
「嫌そうな顔するなって。間違った答えを共有するわけにはいかないだろ」
「そうですね。貴方を紹介してしまった私にも被害が及びそうなので仕方なくいます」
俺を紹介したこと既に後悔してらっしゃる?




