第八十二話 三点差
「あ……ああぁ……」
ゾンビのような声を出しながら近藤が机へと突っ伏した。
中学校辺りから夏休み前に必ずあるものがある。
「定期テストなんて滅びればいい。つちやん! 名家の伝手で爆弾手に入らない?」
そう定期テストである。
「流石に爆弾は無理ですね。材料を仕入れて自分で作るというのなら……」
「よっしゃ! それで鮫ちゃんか鷹山に作ってもらお! 爆弾の材料ってなに?」
爆弾魔が爆誕しそうなところを俺と鮫島は黙って聞いていた。
「二人とも、突っ込んでよ。じゃないと収拾つかないでしょ」
「遊んでる暇はないもんでな」
「模試の結果も返って来ましたし、出来ていない部分を補強しなければいけませんから」
「相変わらず一位なん?」
「ええ、勿論です」
さも当然かのように鮫島は言い放った。
五教科総合点数四九五点という驚異的な数字を叩き出した鮫島彩音。
学校の範囲が分かっているテストではなく、中学の全範囲から出る全国統一テストでこの点数というのはどれほど鮫島彩音が天才か思い知らされる。
「だってよ鷹山」
「勝てるんですか?」
「勝てるか分からないからこうして準備をするんだ。勝てないと決めつけて挑まなかったら一生勝敗は分からない」
「貴方は私に十連敗ほどしていますけどね」
カッコつけて言ったんだから過去の戦績を晒さないで。
「もう勝ち負け決まってんじゃん」
「うるさい。赤点で補習ほぼ確定の近藤に言われたくない」
「鮫島高校に補習はあるんでしょうか?」
「合格点に達するまで永遠と。サボれば単位不足で留年か退学、合格点に達しなければ夏休み丸々潰れます」
「そのルール作った人、人の心ないよ。絶対」
近藤は目に光がないけどな。
俺達の勉強風景はこんな感じ。
四人でどこかに集まってやるだけ。近藤が早々に飽きて愚痴り始めるところまで定番となった。
定期テスト間近で夏休みに関わってくることもあり学校は至って平和。
時々藤堂に異変はないかと聞くが「平気」とのこと。無理している様子もないし、長谷川も大人しい。
登校して勉強して、帰宅して勉強してと青春とはかけ離れた日々を送り定期テストが終わった。
「……」
「漫画の表紙でこんなの見たことあります」
「燃え尽きたよ……真っ白に」
どこぞのボクサーのように俯く近藤。
その机には四十点代のテストの数々。
「私に教えを乞うて置きながら四十点しか取れないんですか?」
「だって一つ一つの設問が難しかったりするじゃん! わたしだって頑張ったんだよ! 赤点じゃないだけ褒めて欲しい」
「近藤さんはよく頑張りました。偉いですよ~」
「幼児化しそう」
土屋の膝に座って頭を撫でられるとか、男からしてみれば羨ましいことこの上ない。
ただ土屋にバブみを感じてしまったら二度と人間に戻れない気がする。
そんな幼児とママを尻目に俺と鮫島は順位表へと向かった。
「二人ともどこへ?」
「順位見に行くんだよ」
「人の点数馬鹿にしたんだから見せてもらおうじゃないの!」
馬鹿に出来る点数なのが悪い。
鮫島高校は昇降口入ってすぐの壁に上位三〇名が張り出される。
俺と鮫島はお互いに点数を知らない。
順位表の前には生徒が大勢いて名前があった、なかったと盛り上がっている。
「さて、鮫ちゃんと鷹山どっちが勝ったか!」
「二十五位に土屋いるじゃん」
「手応えがあまりなかったので嬉しいですね」
「わたしだけかー圏外は」
四十点代じゃな。厳しいだろうよ。
順位表を辿っていき上位二名の名前が視界に入った。
そこにはこう書かれていた。
一位 鮫島彩音 九〇〇点
二位 鷹山来夢 八九七点
「ざまぁ! 三点差で鮫ちゃんに負けてやんの! にゃははははは!」
「高次元過ぎて笑いも出ませんね」
「完全他人事だから笑えるんだよつちやん」
たった三点差。惜しいという意味の三角とバツがあった時点で嫌な予感はしていたが、それぞれ一つずつだけだ。
もしかしたら勝てるのでは? と期待した数分前の俺を殴りたい。
「流石マルチタスクです。恵美の件に付きっ切りだったはずなのにここ数週間で追い上げて来ましたね。その追い上げは認めざるをえません」
「本音は?」
「分かっていたことではありますが、少し安心しました。安心したら嗜虐心が湧いてきました」
「つまり?」
「ざまぁ」
近藤に言われるなら四十点のテスト印刷して町にばら撒くところだが、一位様に言われたら俺はなにも言い返せない。
だが焦る時期ではないし、焦るのは一番の悪手。
ここは冷静にならなければいけない。
「鷹山顔怖いよ?」
「気にするな。煽られてイラついてるだけだから」
悔しいことには悔しいのだ。
頭では分かっていても実行するって中々に難しい。




