第六十五話 頑張って解決しても鮫島からの好感度上昇はない
美少女たちが作ったおにぎりは大盛況ですぐに完食となった。
「凄い食べっぷりだったな」
「長く通っている生徒さんほど日曜の昼食を知っていますし個性的な形などあれば興味も湧くと思います」
その辺は桃が一番得意だろう。直方体のおにぎりとか絶対食べたくないけどな。なんか硬そう。
「ま、廃れた道場ってことはなかったしな」
「前にも嘘だと言ったと思いましたが? 怒ってますか?」
「別に。見抜けなかった自分に嫌気が差しただけ」
前に来た時には感じなったが廃れた、人が来なくなった道場だというのに道場の中はとても綺麗だった。まあ、今でも立派な名家ということを教えてもらったから別の理解が生まれたわけだが。
「怒ったなら私で発散してもいいですよ? この角を曲がったら人は滅多に来ませんし薄暗いので雰囲気もバッチリです」
上目遣いで暗い廊下を指さす土屋。
恥ずかしいのか頬は少し赤く俺の服を摘まむ細い指はとてもいじらしい。
なにも知らなければな。
「その角の先は土屋の部屋、更にその角を曲がれば一回目に俺達が集まった部屋。通路を二本挟めばこの前土屋達が集まっていた窓際の部屋だ。つまり、人が来ないというのは嘘だな」
「バレましたか。私の家の構造を覚えてなにするつもりでしょう」
「覚えさせたのはお前じゃい」
各部屋で印象的なことが起こりすぎて部屋同士を繋ぐ通路が自然と覚えられたんじゃい。
そうでなくとも、部屋同士の動線くらいは覚える。こう行ったらここにつく程度のな。
「残念です。騙されてくれたらイイ事してあげましたのに」
「命と引き換えになりそうだから遠慮しとく」
本当は遠慮なんてしたくないけど鮫島に見つかるという死んだ方がマシの運命を歩くことになる。まだ人生は長い。捨てるほどの人生でもないしまだ普通の道を歩きたい。
キッチンに戻ると鮫島を真ん中にダラダラとする桃と近藤の姿が。
近藤は机に突っ伏しスマホをいじいじ。桃は鮫島に寄りかかりだれていた。
「早かったですね」
「好評だったもんで。美少女が握ったおにぎりは」
「え、直方体おにぎりも?」
「ああ、一番異彩を放ってたのが直方体おにぎりだし。食べづらそうではあったがな」
「やっぱ芸術性が分かると食べづらいよね分かる」
「普通に持ちにくいし一口でいけないからだよ」
持ち方バーガーみたいだったし。
「それよりさー打ち上げしようよ。それが本題じゃん!」
近藤が椅子から勢いよく立ち上がりぱっかりと開いたおでこの間に皺を寄せた。
「打ち上げー! 桃初めてかも!」
「なら存分に楽しみたまえ! あ、鮫島高校に入る?」
「うーん無理かなぁ。お兄みたいに頭いいわけじゃないし」
「彼も頭良くないので桃にも出来ますよ」
鮫島からしたら全員そうだろうよ。
少なくとも、今回の模試の結果が出るまでは鮫島は一位だ。
いや、鮫島の実力なら模試の結果が出ようと一位だろう。
数十分後、なにも無かった机にはケーキやクッキーなどのお菓子が並んでいた。
しかも全て手作りである。
メレンゲの作り方すら知らない、測り方も適当に済ませようとした初心者を抱えていたはずなのに出来上がったものはプロ級のケーキ。
「近藤、これが料理出来る人達の打ち上げだ」
「わたし女辞めようかなぁ」
「練習すれば玲奈もケーキくらい一人で作れるようになります」
「彩姉はいつ練習したの?」
「勉強の合間に作ったりしていただけです」
「よし! 勉強の合間に作ろう!」
絶対勉強している時間より作っている時間の方が長くなるやつ。
ケーキを切り分けて全員で手を合わせて俺達の打ち上げが開始された。
「ん。甘くない」
口に放り込んだクッキーは程よく苦味があった。
焦げているような苦味ではなく、カカオのような渋みがある苦さ。
「ケーキが甘いのでクッキーの方は少し大人っぽい味付けにしてみました」
「体だけじゃなくて考え方まで大人ぁ! 両方甘くていいのに」
「糖分の取りすぎです。甘いのは好きですが取りすぎは体に毒です」
「太るぞ」
「兄者よ。甘美なる誘惑に抗うのはまさに愚の骨頂! 神が与えし褒美を受けずしてなにが天上の皇女か!」
「それはお前が勝手に言ってるだけな」
クッキーうまー。
紅茶が欲しくなる。
「好きな物食べて太るならデブ上等だよ!」
ケーキにフォークを突き刺した近藤はそれなりの大きさがあるケーキを一口でほおばった。
「ふぉふぁ! ふぃふぁふぁ!」
「なんて?」
「ふぁ」が多すぎてなに言ってんのか分からない。
その光景を見て土屋が笑った。
「楽しいですね」
こんな楽しそうに笑ってくれるなら諸々の問題を解決した甲斐はあるというもの。
一つ残念なことをあげれば、頑張って解決しても鮫島からの好感度上昇はないということだ。




