第六十三話 情緒不安定安定
「そういえばお兄、昨日帰り遅かったけどなにしてたの?」
「昨日?」
公式を書く手を止めて俺のベッドでゴロゴロする桃へと視線を向けた。
「あ、打ち上げ? いいなぁ。高校生の打ち上げとかもうパリピのウェイで絶対ハイじゃん」
「言葉は正しく使いましょう」
言わんとすることは分かるけども。
「打ち上げじゃない。普通に友達と話してたらあの時間になっただけ」
俺が家に着いたのは十九時。
いつもなら夕飯を食べている時間だ。
「ふーん。打ち上げしないの~」
「なに」
「桃ちゃん行きたーい」
「誰かの家で今日やってんじゃないか?」
「お兄行かないの?」
「女子で決めたことだぞ? なぜ俺が行くことになる?」
絶対来いとも言われてないし、むしろ誘われていないから俺は今日一日は勉強すると決めたんだ。七月の中盤には定期テストがあるしな。
そもそも、計画しているのを聞いたからといってその場にいったら普通引かれるんだって。
「勿体なーい。折角おんにゃの子一杯のウハウハハーレムわっはっはーだったのに」
「ハーレムって女子全員が男に向いてないと成立しないんだぜ?」
いるだけでハーレムなら女性専用車両にでも乗ればいいんじゃないでしょうか。
警察呼ばれても文句言えないけど。
ゴロンと俺の布団を巻き込み桃が俺のスマホを持ち上げた。
「あ、電話」
「誰から」
「……近藤って誰?」
「友達」
兄の浮気を見つけたように桃が目を細めて見つめてくる。
「もしもし」
『は~いダーリン。寂しかったぁ?』
「切るぞ」
『お前今どこにおんねん!』
情緒不安定安定。
日曜にクラスの女子から電話という普通ならドキドキしてもおかしくないシチュエーションなのに相手が相手だけにドキドキ出来ない。
これが鮫島なら……説教になるな。土屋は……正直気まずすぎて顔を合わせたくない。
「家」
『打ち上げするって言ってんだよ! はよこいや!』
「なんでそんな怒ってんだよ」
『別に怒ってはないよ。怒れば鷹山申し訳なくなって言うこと聞くかなって』
「どこでやってんの」
『つちやんの家』
「向かう」
それだけ言って俺は電話をぶちぎった。一瞬なにかを言いかけたようだが問答無用で切った。
「はぁ……行くかぁ」
今日行きたくなかったのは土屋と顔合わせるのが気まずいからだ。
昨日はまあ、体育祭あとのテンションで乗り切った感ある。一日経って冷静になれば告白されたのだと気が付けるし恥ずかしさというか嬉しさは凝縮されて身悶えが抑えるのが大変だった。
「お兄行くの?」
「ああ。ついてくるなら着替えろ」
「やったぁ!」
俺の毛布を跳ね飛ばすと桃は隣の部屋へと戻っていった。
そして俺が着替えて玄関で靴を履いていると桃が下りてきた。
ハーフパンツにボーダーという普段の服とは違うきっちりした服装で下りてきた。
ただ中二病の証とでもいうように手首太ももの包帯は完備、自慢気にバッグからエアガンと眼帯を取り出す始末。
俺ここまで酷くなかったぞ。
「あんまり派手なのすると彩姉に怒られるから」
「懲りてないんだな」
「ふっ。このウィングからすれば正装にも等しきこの呪縛。いくらシスターと言えども解くことは不可能」
「ちなみに鷹は英語でホーク。ウィングは翼な」
「細かいことはいいの! ホークは男っぽいからやめたの!」
「さいで」
傍からみれば虐待された少女のような見た目の桃とそのまま駅へと向かった。
手首や太ももに包帯を巻いていれば人の目を引く。恥ずかしくなって止めるかと思われた桃だが甘かった。本物を少し見くびっていたようだ。
「お兄、背中に魔法陣描いて」
そう言って渡されたのは油性マジック。大きく「バカ」って書いてやろうか。
「俺魔法使いじゃないから。そうじゃなくても描いた事ないから無理。駅のホームで脱ぐつもりか」
「仕方ない。手の甲で我慢しよ。あ、包帯に赤ペンで血ぽく滲ませたら本物っぽいかな」
「そこリアリティ追及する必要なくない? 自分の母親を刑務所に入れる気か」
妹のストリップを見ることなく電車に乗車。
休日の昼間ということで人は結構まばら。だが人はいる。
俺と桃はどういう風に見られているんだろうか。
油性マジックで歪な魔法陣を描いた桃はご満悦。油性マジックの臭いがくせぇ。
暴れられるよりは断然いいから窓開けてそのまま放置。
「でっか!」
「俺も最初に来た時は思った」
呼び鈴を鳴らしてすぐに土屋が出てきた。
「でっかぁ! お兄この人おっぱい大きい!」
「やめて。恥ずかしいから往来でそういうこと叫ばないで」
「可愛い妹さんですね」
「ママ!」
「土屋はお前のママではない。悪い土屋、挨拶は近藤と対面してからさせる」
本当のママは家で寝てるでしょ。
「はい。構いませんよ」
「お兄こんな美人な人と知り合いだったの? そりゃ浮気もしますわ」
人を浮気魔みたいな言い方しやがって。テストの時に泣きついて来ても助けてやらんからな。
土屋に案内され向かったのは応接室……ではなくキッチンだった。
後付けされたキッチンだが元々の部屋が広いのだろう、エプロン姿の鮫島と近藤がぶつかることなくすれ違える。
食堂の台所のよう。
「お、来た来た……彼女連れか?」
「違うって分かるだろ。こんな痛々しい彼女いやだ。ほら桃、自己紹介」
俺がそう言うと桃は肩幅に足を開いて自己流の自己紹介をした。
「我が声に答えよ! 我が名はウィング! 天上の青空から地上を仰ぎ見る皇女。世界の安寧は我が瞳にかかっている」
「俺の妹だ。よろしくな!」
「髪乱れる!」
桃の頭を持って強制お辞儀。
「相変わらずですね」
「彩姉!」
「桃ちゃんや。わたしともハグをしよう」
「はーい」
女子同士百合百合しい光景だ。実の妹だからか尊くはないけど。
そして桃に抱きしめられた近藤はご満悦。
「おっぱい小さいね!」
ご満悦の理由はそれか。ま、だいたい予想出来てたけど。
「ところで二人はなにしてんだ?」
「準備。打ち上げの」
自分たちで打ち上げの料理作るとか打ち上げガチ勢すぎる。




