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一方のクラーラも、ハインリヒの事が気になり出してからは装飾作業に集中できない日が続いた。期限付きの仮として来たはずなのに、いつの間にかハインリヒと離れ難くなっている事に気づいたクラーラは、心がモヤモヤしすぎてどうして良いか分からないでいた。
「こんな風になってしまうのならば、ハインリヒ様にマンボウなんて贈らなければよかった」
侍女がお茶を淹れ終えて部屋から去った後、一人になってクラーラは呟いた。この温かいお茶が冷めるように、この思いも綺麗に沈めてから去ろうと決意した彼女は、頭を冷やすために一度実家に帰ることを決めた。
自領の鉱山で宝石の選別作業でもしていれば、気持ちも落ち着くだろうとの考えからだった。
早速クラーラは国王から許しを得た後、帰郷の準備を始めた。ハインリヒには、後で侍女から伝えてもらおうと自ら伝えなかった。気持ちが揺らいでしまうのを防ぐためである。
短期間の帰省なので詰める荷物は少なく、そろそろ準備も終わろうとしている時、突然ハインリヒが部屋に押し入って来た。
「クラーラ!私が悪かった!帰らないでくれ!」
ハインリヒは今にも泣き出しそうに駆け寄って来てクラーラを抱きしめた。
「クラーラ、そなたを仮だとぞんざいにしてきた事はすまなかった。だが私はそなたを愛している。どうか私の本当の妃になって欲しい」
苦しく感じる程強くハインリヒに抱きしめられたクラーラは、驚きながらも彼の言葉を理解し、そして答えた。
「ハインリヒ様、それはできません。ハインリヒ様には本当の婚約者様がいらっしゃるではありませんか。私は期限付きの・・・仮の妃です」
「クラーラ、聞いてくれ。私はヴェロニカとは婚約していなかったのだ。だからそなたは仮ではない。真の妃なのだ」
ハインリヒは抱きついた腕を緩めてクラーラの両肩に手を置き、彼女の目をしっかり見ながら言った。二人はこんなに近くで見つめ合った事はなかった。それは実際僅かな時間だったが、二人には時が止まったようにとても長い間だった。
「本当なのですか?私は仮では無くなるのですか?」
「ああ、本当だ。仮では無く本当の妃なのだ。いや、本当の妃になって欲しい。そなたが好きだ。そなた以外は考えられないのだ」
力強くも優しいハインリヒの言葉に、クラーラは思わず涙した。それを見たハインリヒは動揺した。
「ク、クラーラ、そんなに私の妃になるのは嫌か?そなたを今まで傷つけて振り回してしまった事は本当に済まないと思っている。だが、どうしてもそなたでなければ駄目なのだ。どうかずっとそばにいてくれ。帰らないでくれ」
縋るようにハインリヒに泣きつかれたクラーラは、涙を止める事は出来なかったが、そのまま言葉を紡ごうと試みた。
「ハインリヒ様、ありがとうございます。私はとても嬉しいのです。嬉しくて涙が流れてしまうのです。貴方の本当の妃になりたかった。それが叶って私は幸せです」
ハインリヒはそれを聞いて再びクラーラを抱きしめた。二人はしばらくそのまま離れないでいた後、お互いぽつりぽつりと自分の内を話し合い、思いを確かめ合った。
「それにしてもクラーラが帰ってしまう前に間に合って良かった。父上に話を聞いて急いで来たのだ。もう会えなくなってしまうのではないかと肝を冷やしたぞ」
「あら、私は3日ほどの暇を陛下からいただいたのですが・・・何か行き違いがあったのでしょうか?」
ハインリヒはクラーラの話を聞いて謀られたと気づいた。国王からは、クラーラが自分に愛想を尽かして城を出て行こうとしていると聞いていたからである。それでもこうして彼女に思いを伝えられて良かったと思い、国王に感謝したのであった。
それからハインリヒとクラーラは本当の夫婦になった。といっても、二人にまつわる事柄を知っている者はごく僅かで、世間では元から第二王子とその妃という認識をされていた。
クラーラは相変わらず時間が出来ると装飾の作業をしていたが、一つ変わった事は、彼女の隣にいつもハインリヒが座っている事だった。クラーラと少しでも長く一緒にいたいハインリヒは、装飾している彼女の横で仕事したり、休憩しながら彼女の横顔を眺める事が日課となっていた。
クラーラの装飾小物は多くの人に知られるようになり、他国でも人気が出るようになった。それにともない彼女の実家の事業も安定し、アメシストの産地として名を残した。
お互いの愛を確かめ合った二人は、どこに行くときも常に一緒にだったという。その仲の良さは国民からの人気が高く、二人の姿絵が良く売れた。その絵の第二王子の手には、マンボウ柄の懐中時計が描かれており、マンボウ柄の装飾が流行ったとか流行らなかったとか。
これで本編は終わりですが、番外編として補佐役テオ視点の話をもう1話入れて完結にしたいと思います。