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第42ページ

 一瞬にして、店内が静まり返った。


 時折ひそひそと小声が飛び交う店内を、二、三人の屈強な亜人種を引き連れて酒場に入ってきた一人の若い男が、泰然とした態度でツカツカと二階席まで歩いてくる。


 紫色を基調としたやたら派手派手しいガウンを羽織り、底意地の悪そうな三白眼で不愉快そうにこちらを見ている男は、やがて俺たちが座っている席のすぐそばまで来ると、


「おいおい、困るな。ここは私の指定席なんだ。亜人種ごときが座っていい席じゃない」


 言って、控えていた取り巻きに目配せする。

 途端に、取り巻きたちが無造作にテーブルの上の皿やコップを床にばら撒き始めた。


 ガシャン、バキン、と音を立て、食器は割れて料理は飛び散る。


「なっ!? いきなり何するのさ!」


 ジャックが立ち上がって叫ぶも、取り巻きたちは一向にその横暴を止めようとしない。

 取り巻きの後ろに立つ男が、嘲笑うように言ってのけた。


「さぁ、さっさとどきたまえ。私は腹が減っているんだ。まったく、そもそも亜人種が一丁前に酒場で食事など生意気だ。大人しく出店や屋台でたむろしていればいいものを」


 ピキッ、と。


 何かがブチ切れた音が聞こえた、と思った瞬間、


「……妹が怖がる。その辺にしておいてはくれないか? ――不快だ」


 身の竦むような低い声でシビルが取り巻きの一人の腕を掴み、そのまま空いた右手でその鼻っ面に強烈な一発を見舞った。


「ボク、まだ食べてたのにっ!」


 ジャックもジャックで背中のハンマーを勢いよく引き抜くや、もう片方の取り巻きの顔面を、渾身のフルスイングで吹っ飛ばした。


「お、おいお前ら。さすがに顔はまずいだろ。せめてボディにしろ、ボディに……!」


 いきなり暴れ出したジャックたちを俺がなだめすかすのを横目に、男は吹っ飛ばされて気を失っている取り巻きたちを愕然とした表情で見つめていた。


「なっ……き、貴様ら! 何のつもりだ!」


 取り巻きの内、残った一番大柄な一人の背中に隠れながら、男が騒ぎ立てる。動揺しているのは明らかなのだが、その傲岸不遜な態度は変わらない。


「『何のつもり』はこっちのセリフなのです。どこの誰かは知りませんが、人が食事をしている時にいきなりこんなことをして、常識というものがないのですかね?」

「あ、あのっ、他のお客さんや、お店の人にも迷惑になると思いますっ!」


 リアとラヴラのセリフに、男は冷や汗を流しながらも再びその顔に嘲笑を纏う。


「はっ! どこの誰だ、だと? フハハハッ! 私のことを知らないとは、常識知らずなのは貴様らの方だ! いいか、貴様らが今、不届きにも歯向かっているのはこのレークランドの由緒正しき〈人間〉の家系、バーナード家の長男! 幼少期よりその勉学の才を遺憾なく発揮し、アカデメイアは首席で卒業! 弱冠二十二歳の若さで学者としての地位を確立し、『品評会』では現在四連覇! レークランドが誇る最高峰の学者、セント・バーナードだ!」

「長い!」

「…………は?」


 素っ頓狂な声を上げるセントと名乗る男に、俺は盛大にツッコミを入れた。


「自己紹介が長いんだよ! 例えば今のお前のセリフを小説で書き起こそうとしたら、四行以上は使わなきゃいけないんだぞ? 『上限枚数』っていう絶対不可侵の掟がある応募原稿でそんな無駄な描写をしたら、確実に規定枚数に収まらない! お前はそれをわかった上でそんな愚行に走っているのか! え!? そのガウン剥ぎ取るぞこのボケナス野郎ァ!」

「な、何の話をしているんだ!?」

「し、シバケンさん、落ち着いて下さい! 目が、目が据わっていますよっ?」


 咄嗟にラヴラに肩を揺すられて、俺は我に返る。


 おっと、いかん。やつの自己紹介があまりにも長いもんで、ついワナビ心に火がついてしまった。これも日ごろ規定枚数に頭を抱えている俺の悪癖か。改めよう、改めよう。


「と、とにかく! どこの馬の骨とも知らん亜人種の旅人風情が、高貴な〈人間〉であり優秀な学者でもあるこの私に盾突いたんだ。このことは問題にさせて貰うからな! フフフ、私は王室とも太い繋がりを持っている。貴様らを生かすも殺すも、私次第というわけだ!」


 はーはっはっは! と、取り巻きの巨体に隠れながら高笑いをするセント。

 随分と大きな口をきいてはいるが、小物臭が半端ない。


 まったく、一体何なんだこいつは?


「はっはっ…………ん?」


 俺たちが呆れてものも言えないでいると、セントがふと、俺の腰のブックホルスターに目を付けた。


「なんだ貴様。一丁前に本など持ちおって、旅人のくせに学者気取りか? それ一冊を買う為に、一体どんな悪事に手を染めたのかな? んん?」

「はぁ?」


 ニヤリと嫌味に笑うセントに俺が眉をひそめると、またぞろジャックたちがいきり立つ。


「失礼な! シバケンは悪いことなんかあんまりしてないよ!」

「その通りです。シバケン君に本を一冊手に入れるだけの悪事を企てる度胸は無いのです」

「お前らフォローするの下手過ぎだろ!」


 騒ぎ立てる俺を尻目に、ジャックがきっぱりと言い放った。


「その本は、その本はね――このシバケンが、一所懸命に書いてきた本なんだよ!」

「なに……?」


 セントは額に皺を寄せて、ブックホルスターの紀行文をまじまじと見つめると、やがて取り巻きの背中からこそこそと出てきたかと思えば、ひょいっと俺の腰から本を掴み上げた。


「あっ、おい! 何するんだ!」


 咄嗟のことで反応が遅れ、手を伸ばした時にはセントは既に取り巻きの背中の後ろに戻ってしまった。大男に阻まれて近付けない俺にはお構いなしに、「どれどれ」と読み始める。


「…………ッ」


 瞬間、やつの三白眼が限界まで見開かれた。

 どうしたのかと思って見ていると、そのまま物凄い勢いでページを捲り始める。


「し、信じられん……これだけの情報を……これほど詳細に…………ッ!」


 何やらブツブツと漏らしながら貪るように俺の紀行文を読んでいたセントは、やがてその口許に邪悪な笑みを浮かべると、次にはとんでもないことを口走り始めた。


「おおっ、こんな所にあったのか! いやはやどこに行ったかと探していたんだが、見つかって良かった。折角苦労して書いたのに、なくしてしまっては元も子もないからな!」


 わざとらしく酒場中に聞こえるほどの大声を出しながら、さも自分の本であるかのように俺の紀行文を掲げるセント。


「おいおいおい、おい! 無茶苦茶なのも大概にしろよ、セントさんとやら。訳のわからんこと言ってないで、さっさとそれを返せ」


 鬱陶しいボディーガードの所為で近寄れないまま、俺がすぐに紀行文を返すように要求するも、セントはまるで耳に入っていないとばかりに小芝居を続ける。


「本当に良かった。これは明日の『品評会』での私の発表に必要不可欠な本だったからな。そこの貴様、シバケンとか言ったか? 親切にも私の本を拾ってくれてありがとう。これに免じて、貴様のお仲間が働いた先ほどまでの無礼の数々は目を瞑ってやろう。感謝したまえ」


 それからまたうざったらしい高笑いを響かせると、気絶している部下に一瞥をくれることもなく、俺の紀行文を片手にさっさと一階に下りて行ってしまった。


「おい、ちょっと待て…………ッ!」


 すぐさま追いかけようとしたのだが、ガタイの良い大柄な亜人種のお付きが相変わらず立ち塞がり、階下への階段をがっちり封鎖してしまった。


「どいていろ、シバケン。俺がやる」


 痺れを切らしたシビルがバキボキと拳を鳴らして、お付きの男と対峙した。


「すまんな、デカブツ。お前に恨みは無いが、ここは押し通らせて貰うぞ」

「……セント様の下へは、行かせない」


 大男の方もゴキゴキと首を鳴らし、今にも壮絶な殴り合いが始まりそうな一触即発な空気の中、さっきまで腰を抜かして座り込んでいた隣の席のおじさんが慌てて言った。


「お、おい、ボウズ! 悪いことは言わん、これ以上あのセント・バーナードに逆らうな! 今すぐあの兄ちゃんが暴れるのを止めさせるんだ!」


 一連のゴタゴタですっかり酔いは醒めてしまったようで、おじさんは真剣な表情でシビルたちを指差した。


「あいつが王室に多少顔が効くってのは、ありゃマジだ! これ以上奴につっかかると、お前らどうなるかわかったもんじゃないぞ? ボウズにとっちゃあの本は大事なものかも知れんが、何事も命あっての物種だ。だから悪いことは言わん、これ以上関わらない方がいい」


 鬼気迫るおじさんの言に、俺もシビルも思わず黙りこんでしまう。


 大男も、これ以上は俺たちも噛み付いて来ないだろうと判断したのか、構えていた拳をおもむろに下ろすと、無言で階段を下りて行った。


「し、シバケン……」


 不安そうに俺の袖を引くジャックの横で、俺も今はただ、取り巻きの大男が酒場を出ていくまで黙って突っ立っている他なかった。


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