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ひとしきりレークランドの街を見て回り、ジャックとリアが大方の目的は達成できたと言った時には、既に日没に差し掛かろうかという時分だった。
多少の買い物はしたのだが、わざわざ一度宿に戻って置いてくるほどの量ではなかったので、そのまま街で夕飯も済ませてしまおうという話になり、目抜き通りの中ほどにあったそこそこ大きな酒場に入る。
案の定、店内は客で一杯だった。五人では座れないかな、と思っていたら、しかし運よくテーブル席が一つ空いていたようで、酒場二階のなかなか良い席に案内された。
「……そうしたらさ、シバケンったら真っ赤な顔して『とても重い!』って言って、盾を落としちゃったんだ! まったく、本当に情けないよねぇ」
「しょうがないだろ、本当に重かったんだから」
食事が始まると、ひょんなことから今までの旅の話題で盛り上がった。といっても、半分は俺がいかに情けないかをジャックがひたすら語っていただけだったのだが。
「その後もなんとか剣を振らせたり軽めのバックラーを持たせたりしたんだけど、もう全然だめ。すぐに息が上がっちゃうんだから」
「あのな、しつこいようだが何度でも言うよ? 俺はそもそもの話、お前ら亜人種みたいな超凄い身体能力なんかこれっぽっちも持ち合わせていない、ただの〈人間〉なんだよ」
ここぞとばかりに俺をこき下ろすジャックに反論すると、
「え、それはキミの勘違いでしょ?」
「生命体以外の発言は認めないのです」
「勘違いじゃないから! そして生命体だから!」
くそっ、二重奏でディスってくるなよ! 仲いいなお前ら!
「もういい、お前らちょっとそこになおれ。俺がどれだけごく普通の一般人なのかを、今から一時間くらい掛けてお前らにみっちり教え込んで……」
いきり立って説教をしようと声を張り上げた俺を見て、口許にハンカチを当てながらリアが顔をしかめて一言。
「止めて下さい。食事中ですよ?」
「泣きそう」
俺の発言そのものが汚物みたいな言い方やめて。地味に傷付くから、それ。
痛恨の一撃を食らって、俺は力なくテーブルに突っ伏す。
ああ畜生め。なんて「優しい」仲間たちだ。このパーティには、神も仏もありゃしない。
「まぁまぁ、誰にでも得意不得意はあるものだ。シバケンはたしかに戦いは苦手かも知れんが、それを補ってあまりあるほど素晴らしい物書きの技能を持っているではないか」
不貞腐れる俺の肩を、シビルがそのがっしりした頼もしい腕でポンポンと叩く。
「シビル……」
「そ、そうですよ。少なくとも私は、シバケンさんみたいに物知りではないですし、シバケンさんみたいに巧みに文字を操ることなんてできません。武器を取らずとも、シバケンさんには良いところ、強いところ、誇れるところが沢山あると思いますよ」
「ら、ラヴラぁ……」
隣に座っていたラヴラも、そんな泣かせることを言ってくれた。
ああ、なんて本当に優しい仲間たちだ。このパーティには女神も菩薩もいたじゃないか!
俺にとっての二人の天使の福音に、向かい側で好き勝手言ってくれやがっていた俺にとっての二人の悪魔も渋々その呪言を飲み込んでいった。
「……そ、そりゃあ…………たしかに、シバケンもたまにカッコイイ時はあるけど……」
「……ま、まぁ…………それでも、やる時はやる人ですけど……シバケン君は……」
なぜか少しだけ顔を赤くしながら、何やらもごもご言っているジャックたち。
急にどうしたんだ、こいつら? まあいい。今こそ反逆の狼煙を上げる時! シビルとラヴラという後ろ盾がある以上、正義は我にありだ! 何か知らんがくらえっ、俺の全力のしっぺ返し!
「ほぅら見ろ。お前らお子様にはわからないだろうが、俺の魅力は大人にはちゃんとわかるんだよ。せいぜい猛省するんだな、お嬢ちゃんたち。わかったら大人しく俺に向けているハンマーと注射器をどうかおさめて下さい死んでしまいます!」
テーブルにこすりつける勢いで俺が頭を下げて平謝りすると、ジャックもリアもどうにか俺に制裁を加えるのは勘弁してくれたようだ。
あれ~? なんかいつの間にか立場が逆転したんだが……やはり調子に乗るのは良くないということか。俺こそ猛省した方がいいかも知れないな。
「ガハハハッ! お前さんも苦労してるな、若いの!」
この獣耳娘たちを怒らせるのは手の込んだ自殺にしかならないと悟っていると、後ろの席で一人酒盛りをしていたおじさんが話し掛けてきた。
「だが、良い判断だ。女と口喧嘩になった時には男から折れるのが、一番手っ取り早くて後腐れがないからなっ! ガハハッ、また一つ大人になったな、ボウズ!」
「そりゃどうも。肝に銘じておくよ」
溜息を吐きながら礼を言うと、おじさんはまた「いいってことよ」と豪快に笑い、それから手に持っていた酒を一気に飲み干すとそうだ、そうだ、と手を叩いた。
「ところでボウズ、さっきちらっと聞こえたんだが、お前さん旅をしながら本を書いてるんだって? もしかして、学生さんかい?」
思わず「そうだよ」と答えようとして思い直す。
いかんいかん。たしかに俺は高校生だが、この世界では違うのだ。
「違う、違う。そんな高尚なもんじゃないって。俺はただの旅の物書き、放浪作家だよ」
俺が答えると、おじさんは感心したように息を吐いた。
「へぇ、そんな若さで、しかも学生でもないのに本が書けるのか! いや、たいしたもんだぜボウズ! しかしそうか、学生じゃないなら明日の『品評会』には出られないのか。かぁ~、残念だな。お前さんならもしかしたら、あのセント・バーナードに一泡吹かせられたかも知れんのになぁ」
品評会?
「ねぇおじさん。『品評会』って、何?」
ジャックが訊くと、おじさんは酒場の壁際に貼られた一枚の張り紙を指差した。
「ほら、あれだよ、あれ」
その先には、一枚のポスター。簡素なデザインのそのポスターの上部には、「御前学術研究品評大会」と書かれていた。
「『学問を司る街』レークランドの名物行事さ。一年に数回、王都から王室関係者をお招きして、何人かの学者や学生たちがその年の研究成果を発表するのさ」
「へぇ、研究の発表ねぇ。どんな内容なんだろうなぁ」
「医療に関する研究もあるのでしょうか? 気になるのです」
興味を示す俺とリアとは反対に、他の三人の反応は薄い。
まぁ、俺も小説を書く為に色々なことからネタを得ようと考える前だったら、さして興味は持たなかっただろうな。大抵の奴にとっては、あまり魅力を感じる行事ではないだろう。
「ちゃんと褒賞も出るんだぞ? そこで発表した研究の中で一番優秀だと認められた学者には、研究支援と称してなんと王室から一年間、資金提供を受けられるそうだ」
「一年間? ほぇ~、そりゃ凄いや」
金の話が出た途端に興味を示すジャック。ゲンキンな奴である。
「まぁ、とはいえ参加資格があるのは学者か学者候補の学生といったほんの一握りさ。俺たち一般人には雲の上のような話だが、それでも皆、結構盛り上がってるんだぜ?」
「参加できないのにか? それに学術発表なんて、ただ見てても何もわからないだろ?」
俺の疑問に、おじさんはそうじゃないと手を振った。
「たしかにお偉い学者サマの話なんざ、聞いたって何にもわかりゃしないさ。俺たちの目当ては真面目に発表を聞くことじゃなくて、『応援』なんだよ」
「応援? 誰を応援するんだ?」
「決まってるだろ。亜人種の学者や学生たちをだよ。そもそもの話、学者なんて頭の良いもんになれるのはほとんどが〈人間〉なのさ。あいつらは数ある種族の中でも飛び抜けて頭が良いからな。『品評会』はいつも〈人間〉たちの独壇場になっちまう」
興奮気味に鼻を鳴らしながら、なおもおじさんは熱弁を振るう。
「だけど、そんな〈人間〉たちに混じって発表する数少ない亜人種の学者が、〈人間〉たちを出し抜いて一番になってみろ。同じ亜人種としてこれほど痛快なことはないだろ! だから毎回、皆参加者の亜人種を全力で応援しようと張り切ってるのさ」
なるほどな。なんとなく、弱小サッカー部が他の強豪校を次々と破っていって最後には優勝する、みたいな逆転劇にカタルシスを感じるのと、同じようなものな気がする。
俺が納得したという風に頷くと、けれどおじさんは唐突に苦い顔を浮かべた。
「だがなぁ……ここ何年かはずっと〈人間〉が一番に収まっていてな。その上、ここ数回で毎回一番を取ってる〈人間〉がまた嫌味な奴でよ。極端に亜人種を見下すような態度を取っちゃ、『品評会』で王室に認められたことをカサに街でやりたい放題さ。王室がバックについてるってんで誰も文句は言えないし、まったく鬱陶しいったらありゃしないぜ」
店員が注いだ酒を再び一息であおり、おじさんは吐き捨てるようにそういった。
渋面をするおじさんにつられて、俺も苦笑いを浮かべる。
と、その時。
「――おや? なぜ私の特等席が占領されているのかな?」
突然酒場の一階から、何者かの大声が響き渡ってきた。




