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「〈――そこで旦那が尋ねるんだ。『どんな味だい、竹さん?』。そしたら竹さん、苦い顔をして、『うん、ちょうど豆腐の腐ったような味がする』〉……お後がよろしいようで」
語り終えた俺がお辞儀をすると、ジャックたちがパチパチと拍手を送ってきた。
「いやぁ、ボクもう笑い過ぎてお腹が痛いよ。面白かったなぁ、シバケンの顔!」
いや顔かよ! たしかにちょっと演技を入れて語ったりもしたけどもさ。
「ふ、ふふふ……で、でも、少し気の毒ですよね? 自業自得とはいえ、腐ったものを食べざるを得ない状況に追い込まれてしまうなんて」
「知ったかぶりは痛い目を見る、といういい教訓なのです。シバケン君にしては、なかなか含蓄のある話だったのです…………ふふ、ふ」
ラヴラもリアもそれぞれに感想を述べながら、思い出し笑いが止まらない様子だ。
すごいな、暇潰しに話をしただけなのにこの大ウケだ。これが伝統芸能のパワーか。
時空を超えてなお人を笑わせる我が故郷の文化の凄まじい力に軽く感動を覚えながら、俺はそよ風舞う見渡す限りの草原に視線を移した。澄み渡る青空と、大地を恵む緑の絨毯とのコントラストがよく映える。今日は絶好の旅日和だ。
「しっかし、こういつまでも景色が変わらないと、本当にちゃんと進んでるのか心配になってくるな。今、どの辺りまで来てるんだ?」
荷台の壁部分に寄りかかりながら、俺は御者席で手綱を握るシビルに問い掛けた。
今まで馬車の操縦は、ジャックは「〈犬人種〉なのに犬アレルギー」という奇病を患っている、ラヴラは力加減が上手くいかない、の二重苦によって常に俺が担当するしか道がなかったのだが、パーティに彼が加わったことでドライバー要因が増えたのは僥倖だった。
巧みにガルムを操るシビルが、俺の言葉に周囲を指差した。
「案ずるな、ちゃんと進んでいる。この調子で行けば、もうすぐレークランドが見えてくる筈だ。それに…………ほら、見てみろ」
シビルの示す方向に顔を向けて、目を凝らしてみる。
右斜め前方、離れた場所に、荷馬車の一団が移動している様子が小さく見て取れた。更に周囲を見渡せば、広い草原の遠く向こうでポツリポツリとそんな集団がいる。
「お~、あれは旅商人とか旅芸人の一団だね」
「なんでわかるんだよ」
「だって普通に見えるじゃないか。ほら、あっちの馬車は商人キャラバンの旗を出してるし、その向こうの一団は馬車で移動型の小さい舞台を引いてるでしょ?」
「マジでか。俺なんか辛うじて馬車だってわかる程度だぞ? 普通に見えるって、お前どんだけ視力良いんだよ。なぁ、ラヴラ?」
「え? い、いえ、私も普通に見えていますが」
「リアも普通に見えるのです。シバケン君は目が死んでいる所為か視力も低いのですね」
なんなのこの子たち。視力も超人並みか。さすが亜人種は伊達じゃねぇな、おい。
「そうだ。シバケン君に良い目薬を処方してあげます。一滴垂らせば効果はてきめん。今までとは段違いにはっきりと見えるようになりますよ、心の眼で」
「それ、俺絶対に失明してるやつじゃん」
リアが懐から取り出した怪しい瓶を速やかにしまうように言い聞かせて、俺はもう一度、ほとんど点のようにしか見えない同業者たちに目を向けた。
「ってことは、あいつらも皆レークランドを目指してるのか?」
「だろうな。何しろレークランドは大きな街だ。ペンブローク王国中から人が集まってくるといっても過言ではない。商売や見世物もさぞかし捗るだろうからな」
「ふふふふ、ボクはいつでも準備万端さ! この日の為に、今度も大量に武具を用意したからね。スパニエルの時以上に稼ぎまくるよ! シバケンにもしっかり働いて貰うからね」
へいへい。お前が店長だ、言われなくてもやりますよ。
「初めてで慣れないこともあるかも知れないけど、ラヴラも武具の実演、しっかり頼むよ」
「え、ええ。で、でも、やっぱり私なんかで大丈夫なのでしょうか?」
不安そうに胸に手を当てるラヴラの肩を、ジャックが元気づけるように叩く。
「大丈夫だって! ラブラは実際に戦闘職なんだから、キミが使って見せれば凄く様になるし、いい宣伝になると思うんだ。これでバカ売れ間違いなしだよ」
「ほ、本当でしょうか? 私の所為で、逆に足を引っ張ってしまわないでしょうか?」
「演劇よりはずっと簡単だよ。そんなに気にせずに、普通に武具を使ってくれればいいさ」
「……そ、そうですよね。そこまで気にしなくても、大丈夫ですよね?」
「うん、勿論!」
「はい! 主役はあくまでも武器や防具! 私が上手く実演できたかとか失敗したとか、お客さんにとってはきっとどうでもいいことですものね!」
「あ、あはは……今日もラヴラのおとぼけは絶好調だなぁ……」
「前向きなのか卑屈なのかよくわからないのです……」
「……む? おおっ、皆見てくれ。どうやら見えてきたようだぞ」
シビルの声に、全員が顔を上げる。
草原の所々に点在している、背の高い森林地帯。斜め前方に見えていたその森林地帯の奥から、うっすらと街の影が姿を現した。
「へぇ。あれが、レークランドか」
※ ※ ※
「おお、なんかハイテク」
レークランドの門をくぐり抜けた俺の、第一声である。
「うわぁ、なにこれなにこれ?」
「なんだか不思議な街並みですね。こんな光景、初めてです」
ジャックとラヴラも続いて、眼前に広がるレークランドの街の景色を物珍しそうに見渡していた。
門をくぐった俺たちを出迎えてくれたのは、今まで立ち寄った村々は勿論のこと、スパニエルのような諸中小都市ともまたガラッと雰囲気が変わった街並みだった。
石畳の街路やレンガ造りの建物など見慣れた風景もあるのだが、何より目を引いたのが、あちこちに見える鋼鉄とガラスの建築物。街中を往く人々に耳や尻尾が生えていなければ、地球上のどこか外国の街だと言われても納得してしまいそうだった。
「ほほぅ、大都市の建築技術は大分進んでいると噂には聞いたことがあったが、たしかに他の街とは段違いだな。驚愕だ」
「なるほど。建築に関しても最先端とは、さすがは『学問を司る街』といったところですね」
シビルとリアも同様に、この中世ファンタジー風の世界観の中では異彩を放つ光景に唸っている。まだ街の入り口に立っただけだというのに、俺たち一行は大都市の大都市たる所以をまざまざと見せつけられていた。
「『学問を司る街』? なんだそれ?」
「レークランドのあだ名だよ。ボクも詳しくは知らないけど、なんでもこの街では王国の中でも特に学問が盛んなんだってさ」
言われてみれば、たしかに何やら議論している若者たちや、本や丸めた紙を小脇に抱えたいかにも学者でございといった風体の老人などが、ちらほら街中に見受けられる。
なるほど学問の街か。こりゃあ、ネタには困らなさそうだ。
などといつまでも門前広場で立ち止まっていたら、ムッキムキな門番の人たちに怪しまれ始めたので、俺たちはいそいそと街中に馬車を進めていく。整然とした馬車道をしばらく通り過ぎていくと、一際大きい通りに出た。どうやらここが、目抜き通りのようだ。
「やっぱり人でいっぱいだね」
「この中を馬車で行くのはさすがにきついな」
ということで、もはや恒例となった宿探しを開始する。
幅の広い目抜き通りをどうにか通り過ぎ、中くらいの通りへと入ったところでパトロール中と思しき二人組の騎士さんを発見。宿を探している旨を伝えると、近くの紹介所まで案内してくれた。
「えっと、五人で、馬車を留める所があって、魔物同伴オーケーで、できれば外出中の荷物の預け入れ可で、街の中央へのアクセスが良くて、あまり値段が高くない所、あります?」
というわがまま極まる条件にも関わらず、受付の〈猫人種〉の眼鏡を掛けた綺麗なお姉さんが、百件近くある宿の中からドンピシャな所を素早く見つけてくれた。
そうしてやってきた、目抜き通り近くのとある公園に面した宿に馬車を留めて、ひとまず部屋に荷物を置く。空室は、二人部屋が二つと一人部屋が一つとのことで、真っ先に俺の隔離が決まってからジャックとラヴラ、ハスキー兄妹の部屋割りに落ち着いた。
「さて、それじゃあどうするか」
俺が言うと、ジャックとリアがそれぞれやりたいことを挙げていく。
「ボクは明日の売り歩きに備えて、街を一回りしてみたいな」
「リアも街で薬の材料になりそうなものを探したいのです」
俺とラヴラとシビルは特に目的を決めていなかったので、それなら皆で街歩きをしようという風にまとまり、早速街へと繰り出していった。
宿のある公園前通りを抜け、先ほど通り抜けた目抜き通りへと向かう。スパニエルの目抜き通りの倍くらいの幅はありそうな石畳の大通りの両脇には、武具屋や道具屋、酒場など様々な店が軒を連ねていた。
が、そのほとんどが屋台や馬車といった露店形式ではなく、ちゃんとした構えの店ばかりだった。こういうところも、他の街とは違うんだなということを感じさせる。
「さすがに都会ってだけあって、やっぱり色々とちゃんとしてるんだな。ここで馬車を使って売り歩きなんかしたら、俺たちめちゃくちゃ浮くんじゃないか?」
出店や屋台が並ぶ場所の独特な猥雑さはほとんどない目抜き通りを歩きながら、俺は不安を口にする。が、ジャックは笑顔で大丈夫だよと指を振った。
「こういう大きな街には絶対に、露天商や旅商人が集まる屋台通りがいくつか作られているもんだよ。それを探す為にも、今こうして街を歩いているのさ」
なるほどな。旅商人たちの商売の工夫というやつか。
こいつも伊達や酔狂で旅の武具屋をやってきたわけではないということだろう。
おお、ジャック、お前にもちゃんと学習能力はあったんだな。
「あっ、今、なんか失礼なこと考えなかったかなぁ?」
「別に? 何も考えてないよ」
「嘘だね。シバケン、多分今ボクのこと『ジャック、お前にもちゃんと学習能力はあったんだな』みたいに考えていたんだろ?」
「お前いつの間にエスパーになったの? なんでそんなピンポイントでわかるんだよ」
「ほらやっぱり。そんな顔してたもん。これだけ一緒に旅をしてればそりゃわかるさ」
ふふんっ、と得意げに鼻を鳴らして、ジャックが顔を覗き込んできた。
まったく…………お前のような勘のいい相棒は嫌いだよ。




