Another Story 1・騎士団長の受難
多くのブックマークや評価、ありがとうございます。
心よりお礼申し上げます。
Another Storyとしてキャロルの次兄のお話です。
宜しくお願い致します。
妹の婚約が決まった。
陛下に嫁ぐという最悪の結果だ。
しかし。
最悪なのはそれだけではない。
私の周りまで慌ただしくなってしまったのだ。
と、失礼した。
私はクレオス・オーリンズ。オーリンズ前公爵の次男で、この国の宰相でもある現オーリンズ公爵の弟で、この国の騎士団長を務めている。
さて私の頭を悩ます出来事の1つだが、それは妹の婚約が決まった直後に話が遡る。
その日、私は珍しく兄に執務室に来るように言われていた。
兄とは情報共有は大抵手紙によって行われているので、執務室に呼ばれると言う事は、手紙に書くのが憚られるような重大な案件、または、宰相から騎士団長へ仕事の話がある時だ。
さて、今回はどちらだろう。
などと、呑気に構えていた。
指定された時間に兄のもとを訪れると、既に人払いがされていた。
「宰相閣下、お呼びにより参上いたしましたクレオス・オーリンズです」
「あー、そういう堅苦しいのはいい。別に騎士団長として呼んだ訳ではない…いや、騎士団なのか? うーん」
…兄が頭を悩ませる。
弟や妹達の前では見せない姿だな。
昔から兄は兄弟達の前では異様にカッコつけたがる。歳が近い私だけが唯一兄の素を知っているともいえよう。
「兄さん、何かあったのか?」
「あぁ、そうなんだが…」
珍しく言い澱む兄の姿に首を傾げる。
キャロルの婚約は決定事項なので、どうにもならない。
とすると…?
全く心当たりがない。
「あー、キャロルの婚約に際し最も貢献した人間、我々的には余計なことをした人間の話だが」
「マリーですか」
「あぁ、そうだ」
マリー・テンリー。騎士団の隊長職につく女性である。公爵家の娘でもある彼女は警護と行儀見習いをかねて侍女として陛下に仕えている。
今回のキャロルの婚約騒動に際し、火のあるところの煙を大拡散させた人間である。
陛下的には彼女の働きがあったからこそ、婚約に漕ぎ着けたという功労者であり、我々兄弟からすれば限りなく余計な事をした人間である。彼女が大人しくしていればキャロルは公爵家にずっといただろう。
「でマリーが何か?」
「ああ」と兄が私をじっと見つめ続ける。「今回、彼女のした事をどう思う?」
「正直『余計な事』ですね」
「そうなんだ。余計な事なんだが、彼女は見たままを言っただけで何にも脚色をしていない」
「ええ、その通りです。後は聞いた人間の解釈が入って拡散しましたね」
「正直、彼女をどう思う?」
「騎士としての戦闘スキルは申し分ないです。女子であれだけの剣の使い手はそうそういないでしょう。反射神経や気配を察する能力も問題ない。しかし性格的な部分では良くも悪くも素直で真面目な正直者なだけに問題かと。素直で真面目で正直な良い子なので彼女の事は信頼していますが、素直で真面目で正直ゆえ今回のように騒ぎが大きくなるというか…」
「全くもって同感だ」
「脳筋ですよね」
「全くもって同感だ」
兄とため息がハモる。
「そんな正直、使えるんだか使えないんだかわからない彼女を使えるものにしたい」
と兄。私は短く
「同感ですね」
と答える。
「彼女であればキャロルのよい護衛になる。護衛といえど男はつけたくないしな」
「激しく同意っ!」
「しかし今のままの彼女では諸々不安だ」
「わかります」
「彼女にはしっかりと手綱を握る人間が必要だ」
「……えぇ、まぁ」
急になんかすげーヤな予感がしだす。
このテの予感は……。
「そこでだ、クレオス・オーリンズ。彼女の夫として公私共に手綱を握ってはもらえんかね」
良く当たる〜〜〜っ!
「に、兄さん。それはもしや私に彼女を娶れと…」
「それ以外にあるか」
「いやいや、おかしいだろ。なんでそんな話に…」
「そもそも今回の婚約騒動は騎士団の情報漏えいが原因だろ。責任者責任とれ!」
「んな、横暴なっ!」
「マリーさえ黙っていれば、私たちの可愛いキャロルがあんな男と結婚なんてっ!」
さめざめと泣きだす兄。泣きたいのはコッチだ!
「兄さん、私は前から言うように結婚する気なんか全くないし、そもそも結婚はウチの問題だけではないだろう。マリーの意思もそうだが、公爵家の意向もあるだろう。私みたいな無爵の人間に娘を嫁がせたいなんて言う親がいるとでも?」
そう、私は公爵家の人間ではあるがゆえ無爵だ。唯一の肩書きは騎士団長。これもこの先どうなるかはわからない。
「ぞんなの、気にじでるのか…」
えぐえぐと泣きならか兄が言う。子供か? どーでもいいが絵的に汚いぞ、兄よ。
その時、執務室のドアがノックされる。
「どうぞ」
秒で宰相の顔になる兄。
コエー。今のウソ泣きか? まさかの男のウソ泣き!
「おおっ、これはクレオス・オーリンズ騎士団長殿! この度は娘を…本当にありがとうございます」
入ってきたテンリー公爵は私の姿を見るや否や手を握りブンブン振りながら涙を流し始めた。
「いや、テンリー公爵、私はまだ…」
「クレオス、言い忘れていたが、テンリー公爵には既に話を通してあるぞ」
兄が宰相然として言う。言うが口元ニヤけてるから!
それから音も無く口だけが動く。「あきらめろ」と。
「しかし」眉尻を下げて言うのは公爵と一緒に入室したジャミール・テンリー。筆頭秘書官の時のキレ者の雰囲気は全くない。「本当にいいのですか、騎士団長殿。あの姉を返品不可で良いなんて…」
返品って流石にその言い方は…。
「返品不可とか、マリーはモノじゃないだろう。その言い方はさすがに姉弟としても失礼では?」
「なんと! あの愚姉に対してもそんな心遣いをしてくださるのですね!流石騎士団殿。姉を任せられるお方です!」
目をキラキラさせて言う筆頭秘書官。
「いや、ちょっと待て、私は一言も結婚するなど…「騎士団長殿!」」
公爵が私の反論に被せてくる。
「結婚の祝いにワシから伯爵領をプレゼントします。今なら伯爵領に娘がつきます。だからどうか、どーが、娘をもらってください、お願いじまず〜」
コラコラ、娘がオマケか!
つか、ジジイが泣くな! これまた絵的に汚いっ!
「いや、テンリー公爵家。無爵で公爵家からお嬢様は頂けん、我が家で侯爵領を渡す事にしてある。そこは安心して下さい」
と、笑顔で兄が言う。
が、
いつの間に!? それ決定事項!?
「とんでもありません! 『無爵の貴公子』『憧れのナイスミドルな騎士団長』と呼ばれ結婚したい独身男性の常に上位に君臨する騎士団長殿に我が家が差出せる物はこれくらいなのでお受け取り下さい。その代わり何卒、何卒姉は返品不可でお願い致します」
ペコペコと水飲み鳥よろしく頭を下げる筆頭秘書官と、うすら笑いの兄と滂沱の公爵。
あぁ、カオスだ。
キャロルの気持ちがわかった気がする。
あぁ魂が飛んでいく。
と、そんな状況になったのがいけないのだ。
気付いた時には、兄からは侯爵領をテンリー公爵からは伯爵を譲り受けることが決まってしまっていた。
もちろん、マリー付きで。
あっという間に領地の譲渡、婚約にまつわるあれこれが主にテンリー公爵によって行われていった。
仕事が早いのは私の気が変わらないウチに処理を済ませようとしたせいだろう。
婚約と同時に私はクレオス・ソーサライズと名を改め、ソーサライズ侯爵となった。
流石に騎士団長に領地の運営も、というのは厳しいため当分は両公爵家から派遣された人達によって管理されている。
新居の準備や、マリーへの侯爵夫人としての教育は、オーリンズ家の二人の妹たちが嬉々としてやってくれている。
ありがたいやらなんなのやら。
そして私は騎士団の団長室ですっかり夜の帳の降りた窓の外を見ながら一人ため息をつく。
ナゼコンナコトニ。
生まれた時から公爵家のスーパーサブ。
兄に何かあった時には代わりに公爵となるべく育てられ、その割には多くを期待されなかったため、かなり自由に生きてきた自覚はある。
そのツケなのか。
その時、扉がノックされる。
「誰だ?」
「マリー・テンリーです」
「入れ」
「失礼致します」
現れたのはマリー。婚約者殿だ。
変に真面目な性格故、公私の区別はしっかりついている。
「どうした?」
「本日の業務を終了致しましたのでご報告に参りました」
「そうか、ご苦労」
婚約以来彼女は毎日業務の終了を報告しに来るようになった。
「では帰るか」
「はい」
私は立ち上がり、彼女をエスコートする。
これでも公爵家の息子である。そのくらいなんでもない。だが、同じく公爵家の令嬢であるマリーは顔を真っ赤にする。
慣れてないんだろうな。
脳筋な彼女が夜会に出ているという話はほとんど聞いたことがない。エスコートされるよりむしろ要人のエスコートをする事の方が多いのだろう。
「明日からの休暇は問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか」
夜の静まった長い廊下を2人で歩く。
明日、キャロル達より一足早く私たちはバージンロードを歩く。
そして、これからの人生も2人いで歩いていくのだ。
Fin
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余談
「という事は、私たちは遠い親戚になるのかな?」
クレオスとマリーの結婚式が終わった後、陛下がそばに控えるジャミールにニヤニヤしながらいう。
「めっちゃ他人です」
姉の義弟となる陛下に、ジャミールはこころから嫌そうな顔で秒で答えた…。
マリーさんは騎士団長に恋心を抱いてますが、憧れと区別がついていません。
おそらく彼女が一番混乱中です。
ありがとうございました。
もう1~2話、Another Storyが書けたらいいなと思っております。
宜しくお願い致します。




