十八
「入谷君」
「はい、なんです。神谷先生」
「四番よろしく頼むよ」
「またですか」
「ああ、錯乱して暴れている」
「困ったなぁ」
「すまない。僕はこの後、学会出なければならないから」
「はあ、たまには別の言い訳を考えてくださいよ。たとえ嘘でも」
「お礼はするよ、蟹でも食べに行こう」
「蟹、いいですね」
「ああ」
「新米には定期的にエサをやらないと」
「なんだ、それ」
「また噛みつかれたら、どうしましょう」
「仕方ないさ。ロドピンでも入れておけばいい」
「はいはい」
「入谷君も、名前をよく呼ばれるね」
「なんででしょう」
「気に入られたんじゃないか」
「やめてくださいよ」
「ところで」
「なんです」
「兄さんってなんだろう」
「ああ、あれですか。確かに、いませんもんね、兄弟」
「僕が考えるに、あれは、彼自身の檻じゃないかなと思うんだ」
「おり、檻? やけに文学的ですね」
「なんというか、ううん、母親を仕舞っているんじゃないかな」
「わけがわかりません」
「僕もわからない」
「へえ」
「相変わらず興味がないんだねえ」
「興味を持たないことが基本だと言ってませんでしたか」
「その通りだ。わからないことばかりだね」
「じゃあ、僕はこれで」
「ああ」
「蟹お願いしますね」
「ああ」
背の高い男は、手を振って廊下を曲がった。
若い男は、階段を上り、二〇四と書かれた扉の前に立つ。
「市ノ瀬さん、市ノ瀬さん……」
(扉を叩く音)
文学フリーマケットで頒布したものを改稿しました。あまり評判のよくない最後です。




