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一生カピカピしとけ!

散々泣いて、金井のブレザーをびしょびしょにしてやった。

「俺の鼻水で一生カピカピしとけ!」

「はぁ〜ははは」

負け惜しみは溜め息プラス笑い声みたいな、変な声で流された。

あんなにモヤモヤぐちゃぐちゃしていたのに、もう、泣いたらスッキリした。

何がのぞむだ、何が僕だ、何が金井くんだ。

俺は希、コイツはただの物好き。

べしべし叩いて離れさせる。

でも離れないからもっと叩く。

「は、な、れ、ろ!」

「うん」

「うんじゃねぇ!」

ぎゅうぎゅう抱き締められて、本当に調子が狂う。

もう、もう、どうしたらいいんだよ。

俺はどうしたら良いんだよ、何が正解なんだよ。

本当はただ愛されたかっただけで、本当はただ認められたかっただけで。

ありのまま、そのままで良いって受け入れられたくて、でもそんなの無理だと思っていて。

だから笑顔を作って、皆の望む、希になったのに。

コイツが、金井が、ガンガン壊してくるから、分からなくなった。

ガキでバカでクソで全然完璧じゃない俺を好きって言う。

『僕』のことは好きって言わなかったのに、俺のことは好きって言う。

コイツの好きはこれまで聞いた好きより、どんな好きより、心が満たされるからうざい、ありえない、鬱陶しい。

でもなんでこんなに嬉しいんだ、なぁ。

俺はどうしたらいいんだよ、なぁ。

「お前、変!」

「希も変だよ」

「はー!うるせー!」

イライラする、じたばたする、なのに心はこんなにも嬉しい。

「好きって言え」

「言っただろ」

「もっと言え!」

「好き」

「っくそ、」

じわ、と涙が滲むから、本当に本当に鬱陶しい。

こんなの『僕』じゃない、

でも

『僕』も俺じゃなかった。

「希は」

「きらい」

「ふふ」

「喜ぶな!」

コイツを今すぐぶん投げて、グラウンドを走って、そのまま、雨の中、ずぶ濡れのまま、帰りたい気分だった。

ありえない、もう一生分の恥を晒した。

逃げたいのに力の強いコイツに敵わない、逃げたい思いが叶わない。ずっと楽しそうなコイツが腹立つ、許せない。

「俺、ずっと、泣きそうに笑う希が心配だった。だから今の方が良い、ずっと良い」

くそ。

泣きそうに笑うってなんだよ。

あれは完璧な笑顔だったんだぞ。

みんなあれに騙されて、みんなあれを好きになるんだ。

だから『僕』の武器だったのに。

「なあ」

「うん」

「俺凄く性格悪いよ」

「へえ」

「凄く嫌な奴で、バカでガキでアホだよ」

「っふふ、何」

「本当に俺が好きなの」

「うん」

「…………うそだ」

嘘だ。

俺のこと何も知らない癖に。

好きってなんだよ。

どういう好きなんだよ。

「一回も手ぇ出して来なかった癖に」

ぐ、と突き放そうとする、のに。

突き放されてはくれずに、でも、少しだけ離れて行く。

「はぁ」

何を言ってるんだ、みたいな、はぁ、が降ってきて。

こちらも、はぁ?となる。

「我慢、してただけだけど」

「はぁ?」

今度は普通に声が出た。我慢ってなんだ、我慢……?

「毎日毎日可愛い顔して梅干し舐めて、種出す時はいつも舌出すからえろいし」

「はぁ!?」

「その種持って帰る俺の身にもなって、どれだけ自制して何もせず捨ててると思ってるの」

「は……」

「バイク乗る時もぎゅうぎゅう抱き付いて来るから天国かと思う、一生そのままで居て欲しい」

「ば……」

「俺は別に男が好きって訳じゃないけど、希で勃つよ」

「は……!?」

何言ってんだコイツ、コイツもおかしくなった。

「希はいろいろあっただろうから控えてただけ」

また、真っ直ぐな目、射抜かれるような目。

「俺の初恋、全部希にあげる」

「っ」

顔が、熱い。耳まで熱い。

初恋を、全部、俺に。

それを言うなら

「俺も初恋だばぁああああああか!!」

「っはは」

俺の叫びは、移動教室に来ていた二年の別クラス全員に届き。

その日のうちに、「希の初恋が始まった」と、全校生徒に広まった。

クソ!!


放課後になると、律儀にまた俺の元に来る金井。

容姿が良くて、物腰が柔らかで、タイミングが良ければ誰でも付き合えるチャンスのある『僕』。

そんな『僕』の姿が崩れたら、どうしたらいいのか分からなくなって。

昼休み以降、俺はずっと金井の後頭部を睨み付けていた。

アイツは昼休み寝られなかったせいか、授業の合間の休み時間では器用に自席ですうすうと寝ていて。

その寝顔を周りに見せんなバカ!

マイナスイオンを教室で撒くなバカ!

と、更に睨みが激しくなっていた。

そんな俺に、クラスメイトは最初「希くんがおかしくなった……」「何かあったのかな……」「喧嘩……?」「別れたりする…?」と、戸惑っていた、のに。

今やすっかりクラス全員がニマニマとしていて。

腹立たしくて仕方ない。

なんで高二にして、クラス全員に、初恋を見守られなきゃいけないんだ。

でももう一人の当事者である金井はいつも通り。

普通に「帰ろ」って言ってくる。

それも腹立たしくて、キッと睨む。

荒々しく席を立って、教室を出て。

やっと絡みつく視線を振り払えたと思ったのに、今度は廊下ですれ違う人にもニマニマ顔を向けられて、ああもう、本当に腹立たしい!!


雨の中、傘を差す中、バス停でもニマニマひそひそされて、本当に逃げ場が無くて、早く帰りたくて仕方ない。

それなのに金井はシラ〜と平気そうにしていて本当に訳が分からない。心臓に毛が生えてるタイプか?

むすっとしていると、金井にも若干ニマニマされる。泣きそうに笑う『僕』じゃなく、イライラを晒している俺、が良いらしい。いや、せめてお前は味方であれよ。

脳内でパンチをかましていると、ワイヤレスイヤホンを両耳分、渡される。

受け取って耳に着けると、何を言っているのか分からない民族曲みたいなのが流れてきて、本当にぶん殴ってやろうかと思った。

そんな俺の表情を見て、あ、って顔をする金井。

ただ間違えていたらしく、すぐ雨音に変わったけれど、いや、それはそれでおかしくないか?

お前この民族曲もいつも聴いてんのか??

不思議を通り越して不気味だった。

でも、雨の中で聴く雨の音は、やっぱりちょっと好きだった。

バスに乗り込むと、割と埋まっていて並んで座ることは難しそうで。

じゃ、って金井から離れようとすると、既に座っていたクラスメイトに袖を引っ張られ、金井共々席に押し込められる。

若干重なり合う俺達を見て、やり遂げた顔をしたクラスメイトは、そのまま別の席に行き。

ま、まじか、クラスメイト公認だと、こういうことになるのか、と震えた。

金井には、丁寧に膝の上から下ろされた。

バスが発車すると、それから数分もしないうちに金井の頭がぐらぐらし始めて。

え、珍しい、寝てる?と思うと、ぐらん、と俺の肩に、金井の頭が着地して。

は〜!?誰に許可取ってんだー!?と思ったけれど、お昼誰かさんの号泣のせいで寝られなかったんだもんな、と思って、仕方なく肩を貸したままにする。

それにしても、よく眠る。

休み時間も寝ていたのに。

寝不足だったのか、と思って、俺も目を閉じる。

そしたらイヤホン越しに、カメラのシャッター音が聞こえたので、目を開けると。

二人揃ってバスの中で寝ている、という俺達の姿をスマホに収めた奴がいて。

イヤホンを片耳外して、

「それは止めて」

って、目を見て言う。

すると、ちゃんと謝って、消してくれた。

俺自身はこういうの、割とよくあるからもう諦めているけれど。金井はダメだろ、と思った。

思ったから、金井の真似をして、ちゃんと目を見て言った。そしたら伝わって、金井を守ることができた。

良かった、と思う。

お手本が金井で良かった、とも思う。

俺は金井がよくやる、真っ直ぐなコミュニケーションに憧れている。あの想いの籠った、真摯な言葉は、時に刃よりも鋭いけれど、その分人の心に突き刺さって、人を突き動かす力を持っていると思う。

流され消えゆく俺の言葉とは違うと思っている。

これは卑下ではなく、自己分析で。

学びたいと思っているのだ。成長したいと思っている。

伝えることが上手な金井のやり方を、会得したいなと思っている。

なぁ、俺は、お前のこと。尊敬しても、いるんだぞ。

言わない代わりに頭をぶつける。

そのまま俺も、また目を閉じた。


ゆらゆらぐらぐら揺らされて、起きる。

間近に金井の顔があってぎょっとする。

金井も起きたてらしく、目がまだ眠そうで。

しっかり寝られたみたいで良かったな、の意を込めて、頭突きする。

今度はちゃんと当たった。今日の金井は寝覚めが甘いので余裕だった。

驚いている金井に、悪い笑みが出る。

人を枕扱いにしたお返しだ、ばあか。

でも起こしてくれたので、手加減はした。


今日もバスから最後の方に降りる。

ようやく、ようやくあのニマニマの嵐から開放された。

金井を見ると、送る、って目をされたので、先を歩く。

雨だし、今日は徒歩だし、良いのに。

でもこういう時の金井は頑固だと知っているので、素直に送ってもらうことにする。

暫く歩いて、道が広くなったから並んで。

イヤホンを外して、払って、金井に返すと、じっと見られて。

「なに」

む、として言うと、イヤホンを受け取りながら、金井は少し考えて。

「かわいいな、と思っただけ」

「はぁあ?」

今の行動の、どこに、そんな、要素が!

ぼすぼす殴ると、全然効いてない金井が立ち止まる。

つられて立ち止まると、真っ直ぐな目と、視線が絡む。

「ごめん、これからはもっと言葉にする。イヤホンをさ、毎回払ってから返してくれるから。マメでかわいいなと思ってた、いつも」

「…………」

確か、に。いつもじっと、見られていた気がする。

てことはつまり、あれか。

お前がじっと見てくる時は、その。

か、かわ、かわいいって、思ってる時って、ことか。

そう思うと、勝手に頬やら耳やらが熱を持つからうざい。

「かわいくねぇ!」

ふん、と先を行くと、あっさり追い付いてくる金井。

昼以降、俺ばっかり感情を乱されていて腹立たしい。

こんなはずじゃなかったのに。

くあ、と欠伸の音が聞こえて。

じと、と金井を見ると眠そうな顔。

「寝不足か」

そう聞くと、目が合う。

欠伸のせいでほんのり涙目で、そのままの目でじっと見られるから、少し緊張する。

「うーん」

返ってきたのは肯定か否定か、微妙な反応で。

「んだよ」

そう促すと、ちょっと言いにくそうにしている。珍しい。

言いにくいってことはあれか、男の子のアレ的なアレか、と勝手に解釈していると、金井は視線を逸らして、傘の棒の部分に頭を預けている。

「予報、雨だったから、バイク無理だなと思って。それなら早く起きて、こっちに来たら、希と一緒に登校できるかなって。だからいつもより一時間くらい睡眠時間短い、それだけ」

「……まじか」

俺のこと好き過ぎかよ、と、茶化すつもりが。

嬉しい、って、先に声色に出てしまって。

しまった、と思ったけれど、金井が柔らかい目元でこちらを見るので、もう金井に届いてしまっていて。

クソ、もう本当、全然上手くいかない。

悔しくて、びし、と金井を指差す。

「俺は今朝雨だったから、お前に気を付けてってメッセージ送ろうとしたぞ!」

ふん!!て言ってから、気付く。

あれ、やり返しのつもりが、これ墓穴掘ってないか?

案の定金井はきょとんとしたあと、「ありがとう嬉しい」と言っていて。

クソ。

そうやって、素直にありがとうとか言われると、それはそれで悔しい。

何枚も上手って感じがして、悔しい。

「でもID知らなくて送れなかった」

むすと言うと、そうだった、とスマホが差し出される。

だから立ち止まって、ようやくIDの交換をする。

挨拶代わりに犬が威嚇しているスタンプを送ると、真横で「ふっ」と微かに笑う音がしたから、むずむずする。

何をしても嬉しそうで、悔しくて。でも。

受け入れられている、って感覚が、むずむず、嬉しくて、仕方なかった。

家に着くと、また「入って」って言われるから、大人しく家に入る。

扉が閉まる寸前で、「風邪引くなよ」って睨んでおくと、ちょっとしてから『ありがとう。希も温かくしてな』ってメッセージと、犬がお腹を見せているスタンプが送られてきて、笑う。

なんで今このスタンプなんだよ、どういう感情なんだよ。

一人くすくす笑って、スマホの画面を撫でる。

「はあ」

おかしくて仕方なかった。

愛しくて、仕方なかった。


夜になるとスマホが鳴る。

珍しいなと思って確認すると、金井からだった。

家族以外はキリが無いので通知を切っていて、金井は、ちょっと考えて、通知をオンにしていた。

内容はただひと言、「おやすみ」で。

マメなのはどっちだよ、と思う。

てかまだ21時だぞ、早過ぎないか……!?

そう思ってから、俺と登校したいが為に、一時間早く起きて来たという金井の話を思い出し、ぐ、唸る。

なんとなく明日の天気予報を確認して、雨だな、と思って。

明日も来るのかな、と考える。

そうだといいな、と思って、俺も『おやすみ』って返した。


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