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花火

「希……大丈夫?」

「だいじょうぶじゃねえ」

「ああああ」

翌朝、というか昼。

全身筋肉痛で動けない上、声まで枯れてしまった俺に、春海はせっせと食べ物を運んでくる。

ばあちゃんには、長旅の疲れが出たみたい、と説明したらしく、ばあちゃんお手製のお粥やフルーツが出て来て大変申し訳なかった。

けれど、長旅の疲れ。

春海は、ばあちゃん家までの道程を、表現したのだろうけれど。

ある意味、本当の理由としても、そうだな、と思う。

本当に、昨晩は長い旅だった。

触れ合いは春海も春海で、調べていたようで。

丁寧に、丁寧に、それはもう丁寧に、何度も何度も何度も大事にされた。

その上で、こうして欲しいってことあったら言ってね、と熱の籠もった声で言うから、反応しながら、初めてで分からないことを伝えると、春海は固まった挙句、もっともっと時間を掛けないと!と中断しそうになり。

焦れた俺が襲って、そこで漸く、スタートラインだった。

だから本当に長旅で、反応しすぎた身体が悲鳴を上げて動けない、けれど。

気を抜くとすぐに顔が緩んでしまう様子の春海を見ていたら、春海とできてよかった、と思う。

あんなに、丁寧に、時間を掛けて触れられたのは初めてだった。

俺にもまだまだ初めてが沢山ある。

それをこれから、春海と共に、経験していきたい。

お粥に添えられた梅干しを見て笑って、種が抜かれているその優しさに、また笑った。


夜には、動けるようにはなっていた、けれど。

声が枯れたままだったので、離れでずっと過ごしていた。

晩御飯はカレーと、俺用の野菜スープに分けて作ってくれたみたいで。

離れまで運んで来てくれた春海と、今後はもう少し控え目な旅にしようと話し合った。

お風呂を手伝うという春海からの申し出は一蹴して、一人で筋肉痛に震えながら入る。

それから、おやつにまた出してくれた出来立てお団子の残りを食べながら、二人で、星空を眺めていた。

「春海」

「うん」

「全身筋肉痛で動けない」

「ご、ごめん」

「でも」

「うん」

「ずっと身体が疼く」

星空から視線を外して、春海を見る。

春海は驚いた顔で、俺を見ている。

「……俺も、ずっと」

「ん」

お互いに、日中、よく我慢できていたなと思う。

あれだけ丁寧に、散々触れ合ったから。

寝て起きてもずっと、感覚が残っていて。

筋肉痛で身体中が痛いのに、身体の奥から、疼いて仕方なかった。

その熱を、春海も抱えたまま、俺の世話を焼いていたのだと今知る。

「触れたい」

静かで真っ直ぐな、春海の声に。

答える代わりに、キスをした。


「のぞむちゃん!良くなったかい」

「はい。御飯、ありがとうございました。美味しかったです」

翌朝、ばあちゃんに会えて、直接お礼を言う。

昨日はお互いに触れ合うだけに留めたから、今日は動けるし、声の枯れも引いていた。

お団子が入っていたお皿を洗いに行こうとすると、優しく留められる。

立ち止まると、お皿は引き取られて、温かい表情をしたばあちゃんと、目が合う。

「良かったよぉ、カレー、たんとあるからねぇ」

「はい」

昨日春海が食べているカレーを一口貰ったら、凄く美味しかったから楽しみにしていた。

楽しみで笑うと、ばあちゃんも笑ってくれて嬉しい。

「ばあちゃん、自転車借りていい?」

ばあちゃんと笑い合っていたら、朝風呂に行って、着替えていた春海が追い付いてくる。

「いいよぉ、気を付けてなぁ」

「ありがとう」

自転車を借りて、どこへ行くのだろうと思っていたら。

春海に手を引かれて、行こう、と外へ連れ出された。

「身体、辛かったら言ってね」

「分かった」

春海は俺を自転車の荷台に乗せると、勢いを付けて走り出す。

俺と春海の頭には、ばあちゃんが貸してくれた、大きな麦わら帽子が乗っていて。

暑い日差しを受けてできた影が、愉快な形をしていた。

「どこ行くんだよー」

「スーパー!」

「ええ?」

春海が漕ぐ自転車は、なだらかな道をぐんぐん進んで行く。

スーパーに、なんの用が。

気になるけれど、春海は楽しそうに、一生懸命に、自転車を漕いでいるから、大人しくしておく。

周りの風景は、緑と、青と、たまに黒。

そんな、シンプルな色合いで。

蝉の鳴く声が響く。

ぎいぎい鳴る、自転車の音がする。

ざあ、と木々の、揺れる音がする。

肌がチリチリと日焼けの痛みを感じ始めた頃、ようやく見えてきたのは小さなスーパー。

周辺にコンビニは無く、主な日用品等は全て、ここで買うのだという。

「昨日、おつかいを頼まれたんだ。希と一緒に見て回りたくて、連れて来ちゃった」

へへ、と春海が笑うから、心臓がきゅっとする。

胸を撫でていたら、その手を引かれて、入店する。

中には雑多な物が、所狭しと置かれていて。

春海と並んで見て回りながら、春海はトイレットペーパーや、電球をカゴに入れていく。

「何でもあるな」

「うん。そして今日一番のお目当ては、これ」

「花火、か」

見せられたのは、大きなパッケージに入った、どこか懐かしい雰囲気の、手持ち花火。

嬉しそうに笑う春海が、頷く。

「のぞむちゃんと花火したいねって、ばあちゃんが言ってたんだ」

「……そっか」

照れるな、と笑う。

好きな人と、好きな人の家族が、俺としたいことを、話していたなんて。

そんなの、嬉しいに決まってる。

春海は、ばあちゃんの手作り感ある、がま口財布で会計を済ますと、また荷台に俺を乗せて、自転車を漕いで戻る。

先程は背にしていた空が、今度は正面になって。

遮るものが何も無い、大きな大きな入道雲が見えて、見蕩れた。


ばあちゃんの家に戻ると、春海が電球を変えに行くというので着いて行く。

母屋の長い廊下を越えた先、大きなお風呂場の、電球が切れたらしい。

春海が持って来た椅子に立つので、支えると微笑まれる。

それから付け替えた電球を受け取って、交換した春海が降りて来て。

「希、好き」

「はぁ?」

なんだ急に、と思っていたら、ぎゅうぎゅう抱き付いて来るから、余計に戸惑う。

どこでスイッチ入ったんだよ。

「こういう日常のこと、ずっと希としてたい」

「……ああ」

そういうことか、と理解する。

電球が切れたから、買いに行って、交換をして。

そういう日々のことを、二人で出来たのが、嬉しかったのか。

俺も春海を抱き締めて、くっつく。

「一緒に来てくれてありがとう」

「うん。いつか一緒に住もう」

「っえ」

腕の中の春海が固まるので、笑う。

少し身体を離すと、頬が赤い春海と目が合う。

「夏休みに入る前、考えてた。早く大人になりたいって。大人だったら、今すぐ春海を連れ去って、一生傍に置いておくのにって」

「……えぇ……へへ」

春海が、照れている。

夏休みに入って、朝から晩まで、ずっと一緒に居るようになって。

より強く、これからも一緒が良いと思った。

春海と居ると楽しくて、幸せで、素で居られて、満たされて。

どれだけ見ても飽きなくて、ずっとずっと、傍に居たい。

「好きだ」

「っふふ」

擽ったそうに笑う、春海にキスをした。


お昼は三人で、カレーを食べる。

普段はあまり食べない俺だけれど、このカレーは特に美味しくて、おかわりまでする。

「気に入ってもらえて良かったよぉ」

「美味しいです、本当に」

にこにこしているばあちゃんに、何度も頷いて感動を伝える。

カレーはいつ食べても美味しいと言うが、ばあちゃんのカレーはいろんな味がして、食べても食べても飽きなくて、もっともっと食べたい、とスプーンが進む。

春海ももちろんおかわりしていて、沢山食べた後、二人して畳に転がって、気持ちよくて、気が付けば、沢山眠っていた。


目が覚めると、春海は庭の雑草を一人で抜いていて。

朝借りた麦わら帽子を持って俺も庭に出ると、春海が嬉しそうに笑うから伝播する。

きっと、同じことを考えている。

こういった日常の、平和な作業をまた、二人でできることを、嬉しく思っている。

「手伝う」

「ありがとう。そこの手袋使って、気を付けて」

「ん」

春海の頭に麦わら帽子を乗せて、幾つか落ちていた軍手を手にはめる。

それから春海を倣って、雑草を抜いていく。

草を触ったのはいつ振りだろう。

小学生の時、街の清掃活動の一環として雑草を抜いて回った気がする。

それからは、記憶に無いから触れていないのかもしれない。

「ばあちゃんは今お団子届けに行ってる」

「届けに?」

「そう、ばあちゃんのお団子、ご近所さんにも人気なんだ」

「へぇええ」

なんて微笑ましい関係性なのだろう、と思う。

お団子を作って持って行くばあちゃんも、それを楽しみにしているご近所さんも、かわいいな、と思う。

いつもにこにこしていて、素直で、優しくて、思い遣り深いばあちゃんだから、周りから愛されているのも納得だった。

そんなばあちゃんに懐く春海も、よく似ているから、面白い。

こうして、ばあちゃんが居ない間に、雑草を抜いておいてあげる優しさが、その愛情の深さが、似ていると思う。

庭はよく手入れされていて、雑草はそれ程多くなかったけれど、根がしっかりと張っている雑草には少し苦労した。

ばあちゃんも抜けないから、上だけ刈り取っていたのだろう。

「これで最後かな」

「ん」

少し周りを掘りながら、根を緩めて、精一杯引き抜く。

最後は二人共手馴れてきていて、一番綺麗に抜けたからハイタッチしていたら、ばあちゃんが帰って来て、目をまん丸にして、雑草達を見ている。

「まあまあ、抜いてくれたのぉ。大変だったでしょう、ありがとうねぇ」

お入りお入り、と促されて、三人揃って家に戻る。

冷えた麦茶が火照った身体に染み渡って、皆で息を吐いて、笑い合った。


夜はカレーの残りがグラタンに変身して現れる。

美味しい美味しいと食べていたら、お団子の新レシピを考案中とのことで、沢山のお団子とタレが現れて笑う。

結局、どれも美味しいという評価で、俺も晴美も、あまり参考にならない審査員だった。


少し休んだら、三人揃って庭に出る。

バケツに水を用意して、火を付けて、吹き出す花火を見守る。

何気に花火をするのは初めてだった。

花火の先同士を合わせると、火が移ることを初めて知った。

消えかけの火が、新しい花火に火を灯し、受け継がれていく様を、美しいと思った。

火薬の香りと、焦げた香りと、立ち上る煙を全身で感じる。

両手に花火を持った春海がわんぱくで、ばあちゃんが楽しそうに笑って、俺も釣られて笑う。

最後に取っておいた線香花火は、三人で同時に火を付けて、丸い光を一緒に見守る。

ばあちゃんのが最初に、次に春海、そして俺の、光が落ちて。

ばあちゃんのお迎えが近いわぁ、なんて言うから、そんなこと言わないで、って、ちょっと、叱るような声を出してしまった。

そんなこと、言わないで。

「長生きして、ばあちゃん。また花火しよう」

「そうだねぇ、ありがとうねぇ」

静かで真っ直ぐな春海の声に、ばあちゃんが頷く。


その後、ばあちゃんは、ご近所さんの、お通夜に出掛けていった。

仲の良いご近所さんが、今日、亡くなったらしい。

だから、あんなことを。

だから、弱った表情を。

理解すると同時に、胸が締め付けられる。

今日はあちらに泊まるから、お留守番お願いねぇ、と。

黒い服に身を包んで行ったばあちゃんを見送って、俺と春海は、玄関で、暫く手を繋いでいた。


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