第16話 妖精が会いに来ました
早朝の事だった。
石になったストライアの側で野営をしているヴェイルが張っておいた、巨大な半透明の防御壁の近くに、誰かが立っていた。
一見すると少女の姿だ。
けれどもやや長く先端が柔らかな曲線を帯びた耳介を持ち、背には昆虫を思わせる翅脈が通った薄い羽が生えている所を見ると、人間ではない。
彼女は精霊族の妖精だった。
翅脈は淡く発光し、虹色を帯びて流れるように輝いている。
「……こんな所に誰かがお家を作ってる。
エルフの子孫の人間かな。それとも鬼族?
うーん、精霊族の中でも旅をする人はいるか……」
少女は呟く。
そして、なんとか中に入れないかと防御壁を仰ぎ見た。
そこへ、
「誰だ」
と急に声がした。
振り向くと、息を飲むほどの美しさの男性が立っていた。
手には狩りをしたのだろうか、仕留めた暁雉を2羽持っている。
「お家に変われ!」
驚いた少女が叫んだ。
たちまち近くにあったキノコが、小さいが立派な家になった。
その扉に彼女が駆け込み、パタンと閉める。
「あ」
雉狩りをして来たヴェイルが呟いた。
「驚いたな。本家本元の魔法だ……窓まで付いてる」
そして防御壁を解き、中にいたルロイとユティナディアに声を掛けた。
「二人とも、こっちに本物のキノコの魔法を掛ける妖精さんがいたぞ」
「え? 何何?」
「どこ〜?」
二人がみるみる駆け寄って来た。
背伸びをして窓から中を見てみる。
「ぴゃっ」
中にいた少女が身を強張らせたが、覗いてみている子供の顔に気が付き表情を変えた。
「あれ? 精霊族の子供だわ。
しかも精霊竜? 角があるし……」
「本当だ、妖精さんだ」
妖精を見たことがあるルロイが言った。
「凄い、小さな机とふかふかの椅子まである! おんなじ魔法って思えない。
私ユティナディア! あなたはだあれ? とっても綺麗なお羽」
ユティナディアが少女と調度品に目を輝かせて畳み掛ける。
二人の態度に彼女は扉から恐る恐る出て来た。
「……ワタシは妖精のフィオリア。
大精霊に言われて、ある人を探しに来たの……」
「ある人?」
「ええ。石になっていないエルフの子孫の人間を探してるんだけれど……
そのおチビさん二人も、雉を持ってるあなたも精霊族よね。
とっても美しいもの」
「え」
ヴェイルが止まってしまった。
ルロイとユティナディアが、揃って彼を見上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴェイルは昨晩の火跡の灰を枝で払った。
上質の炭のお陰で、灰の下からまだ赤く息づく熾火が姿を現す。
それに乾いた小枝を添えると赤い光が明るさを増し、やがて炎が立ち上った。
火を確認すると、解体しておいた暁雉の肉から丁寧に骨を取って、二人が食べやすい様に一口大に切ってやった。
雉肉、キノコ、ハーブと葉野菜、木の実を大きな葉でしっかり包んだ物を熾火を少し避けて置く。
そのまま包みの上に熱い灰と熾火をかぶせ、しばらく蒸し焼きにした。
「朝食が出来たぞ。フィオリア、子守をありがとう」
ヴェイルはフィオリアと遊んでいた二人に声を掛けた。
「妖精は植物食だよな? 肉を入れない物を作っておいた」
彼がそう言って彼女にも蒸し焼きを差し出した。
「あら、ありがとう」
フィオリアが意外そうに言って受け取った。
「宿から収穫して来た金柑果もあるから。銀葉茶は飲める?
俺の国では良いお茶なんだよ」
「いただくわ」
四人で焚き火を囲んで食事をする。
珍客の妖精は蒸し焼き料理と金柑果を食べ、ヴェイルが淹れた茶を飲む。
「美味しい。銀葉の葉はこんなに美味しいお茶になるのね」
「口に合って良かった」
彼女の素直な感想に、彼は微笑んだ。
食事を終えてしばらく後、フィオリアがヴェイルに言った。
「……ワタシが勘違いしていただけなんだけど、あなた、そんなに美しいのに精霊族じゃなくてエルフの子孫の人間だったのね?」
「そうだけど……」
ヴェイルの返事に、彼女はハァと息を吐き、突然彼に手を向けた。
「ごめんなさい、拘束!」
「あっ!」
フィオリアの詠唱で、ヴェイルの身体が見えない紐で縛られた様に硬直し、宙に浮いた。
「何をする?」
「やめてよ!」
ユティナディアが慌てて飛び上がって彼に抱き付く。
途端に魔法が解除され、二人は一緒にポスリと地面に降り立った。
「ユティナディア、邪魔をしないで。拘束!」
妖精は再び術を掛ける。
しかし、しっかりヴェイルにしがみついたユティナディアの前で魔法は不発となり、シャボン玉が弾ける様に魔術の波はポンと消えた。
「あなたが抱き付いていると精霊族の魔法が効かないのよ」
フィオリアは困った顔で呟く。
ヴェイルがハッとして言った。
「そうか、だからあの時俺だけ石にならなかったのか」
全ての人間が石にされた時、ちょうどユティナディアを抱きしめていた事を思い出す。
「……あなたもあなたで今、ワタシに襲撃されている自覚はあるのかしら?」
危機感がない彼に彼女が拍子抜けした様に問う。
「折角仲良しになったのに、どうして?
フィオリアはヴェイル兄上を捕まえてどうするの。
誰かに捕まえる様に言われたの?」
ルロイがフィオリアの腕を持って言った。
彼女はもはや諦めてしまい、腕を下ろした。
「ワタシ達の元に、数千年前に決別していた筈の衛竜が戻って来たの。
あの竜を止められる先代の大精霊は既に亡くなっているわ。
衛竜は全てのエルフの子孫を石にしたら、役目を終えて消え去る筈だった」
「衛竜? もしかして精霊族の童歌にあった、エルフの子孫を守る為に石に変える竜の事か?」
「よく知ってるわね。そうなのよ、ワタシ達もあの機巧の竜をどう扱っていいか分からなくて。
あの竜が消えないという事は、誰か一人、偶然石になっていない人間がいるんじゃないかって事になってね。
その者を連れて来るように言われて、あなたを探しに来たの」
「それなら、俺を捕まえただけではダメだ」
「え?」
「もう一人、石化を免れている人間がいる」
「そ、それは何処に?」
「……」
ヴェイルは言い淀んだ。
ハウエリアの事を言ってしまうと彼女の元に誰かが来てしまうかも知れない。
「うーん……ど、何処だったかなあ……
何せ旅で出会ったからあっちももう見かけた所にいないかも」
適当に言って誤魔化す。
「そうなのね。
じゃあ、あなただけ連れて行っても意味がないじゃない」
「石化っていうのは、どれくらいで解除されるんだ?」
「4000年も経てばみんな自然に元に戻るんだけど……」
「「「4000年?!」」」
驚いた三人の声が揃った。
ちょうどその時、石白竜がストライアに掛けてしまった魔法が解けた。
巨大な大理石の塊が、スウウと黒い竜に変わって行く。
「うわっ」
フィオリアが驚いて尻餅を付いた。
「ストライア! 良かった」
「「ストライア兄様!」」
ヴェイルと二人の子供が喜んで駆け寄る。
「岩が……ただの巨大な白い岩だと思ってたけど石化魔法だったのね」
驚いて見ている妖精を気にせず、元に戻ったストライアは大きな口を開けて欠伸と伸びをした。




