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利家の死から、わずかな間を置いて、次郎兵衛が知る史実の中でも屈指の大事件が動き出します。加藤清正、福島正則ら武断派七将による、石田三成襲撃事件です。

「一」で次郎兵衛が豪姫に示した懸念——政道の均衡が崩れる、という予感が、ここで一気に現実味を帯びます。これまでは宇喜多家、前田家という「自分の手が届く範囲」の出来事に働きかけてきた次郎兵衛ですが、七将と三成という、天下を左右する規模の政変を前に、彼はどう振る舞うのか。

次郎兵衛の力の限界と、それでも動かずにはいられない性分が、ここから試されていきます。

利家の死から日を置かず、大坂は騒然となった。


 加藤清正、福島正則、黒田長政、細川忠興、浅野幸長、池田輝政、加藤嘉明――武断派の七将が、石田三成の屋敷を襲撃せんと兵を動かした、という報せが飛び込んできたのだ。


「三成殿が、家康様の屋敷に逃げ込まれたそうにございます」


 家中に走る報告に、次郎兵衛は内心で唸った。史実通りだ。三成は難を逃れるため、あろうことか政敵であるはずの家康の庇護を求めた。この事件によって、家康は「三成を救った調停者」として、政権内での発言力を一気に高めることになる。


(この流れは、変えられない)


 次郎兵衛は、拳を握りしめた。七将襲撃事件そのものは、宇喜多家が直接介入できる規模の話ではない。次郎兵衛一人の力で、天下の政局そのものを覆すことはできない。


 だが――と、次郎兵衛は思い直した。全てを変える必要はない。変えられる部分だけを、確実に変えていけばいい。


 宇喜多家中の融和。前田家への働きかけ。この二つに絞って、力を尽くす。それが、次郎兵衛にできる現実的な戦い方だった。


 その日の夕刻、次郎兵衛は普請場で顔を合わせるようになった戸川達安を訪ねた。


「戸川殿、此度の七将による一件、いかにお聞き及びか」


「……穏やかならぬ話よ。三成殿が家康殿の庇護を求めたとあっては、政権の力関係が大きく傾こう」


 達安の声には、隠しきれない懸念が滲んでいた。


「戸川殿は、我が宇喜多家は今後、どちらに与すべきとお考えか」


 次郎兵衛の問いに、達安はしばし沈黙した後、慎重に言葉を選んだ。


「殿は五大老の一角。豊臣家への忠義は変わるまい。だが……力の趨勢を見誤れば、御家そのものが危うくなる。それだけは、避けねばならぬ」


「まさに、それがしも同じ思いにございます」


 次郎兵衛は深く頷いた。達安との間に、少しずつではあるが、確かな共通認識が育ちつつある。


 豊臣への忠義と、御家の存続。この二つを両立させる道を、共に模索する仲間――そう呼べる関係に、近づいているのかもしれない。


この事件で意識したのは、次郎兵衛にとって「自分の物語」と「天下の物語」がここで初めて交差する、という点です。宇喜多家中の融和や前田家の行く末は、次郎兵衛が当事者として動ける領域でした。ですが七将と三成の対立は、彼が直接手を出せる規模をはるかに超えています。

それでも次郎兵衛が何かせずにはいられないのは、彼が「知っている」からです。三成がこの後どうなるか、佐和山への隠退がどんな意味を持つか——その知識を持ちながら、ただの傍観者ではいられない次郎兵衛の性分が、この章の推進力になっています。

大きな歴史のうねりの中で、次郎兵衛という一人の家臣に何ができるのか。この問いは、第二章の終わりで彼自身が抱いていたものと同じです。答えのないまま、次郎兵衛はまた一歩、踏み出していきます。

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