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第一章 目覚め

はじめまして。

本作は、慶長四年から五年にかけての宇喜多騒動・関ヶ原の戦いを題材にした歴史転生ものです。主人公は現代の大学院生・中村悠人。専攻は日本近世史、研究対象は自分と同じ「中村」の姓を持つ、歴史の片隅に消えた家臣・中村家正でした。

「もしあの時、対立を避けていたら」——そんな研究者の空想が、ある日、現実になります。

本作の目的は、天下を力業でひっくり返す痛快さではなく、"歴史を知る一人の家臣が、限られた立場でどこまで流れを変えられるか"を丁寧に描くことにあります。史実の骨格(人物・日付・戦況の大枠)はできる限り尊重しつつ、そこに「もしも」を差し込んでいます。史実と異なる展開が多く登場しますが、これはフィクションとしての創作であり、実在の歴史的評価を否定する意図はありません。

それでは、次郎兵衛(悠人)の長い一日を、どうぞお楽しみください。

### プロローグ


 大学院の資料室は、いつも紙とインクの匂いがした。


 中村悠人なかむら・ゆうとは、山積みになった史料の写しに囲まれて、パソコンの画面を睨んでいた。専攻は日本近世史。修士論文のテーマは「宇喜多家臣団の構造とその崩壊――慶長期における主従関係の限界」。


 誰も読まないような地味なテーマだ。だが悠人にとっては、誰よりも詳しい自負があった。


 画面には、慶長五年(一六〇〇年)に起きた「宇喜多騒動」に関する史料が並んでいる。宇喜多秀家という、豊臣政権の五大老の一人でありながら、関ヶ原の直前に家臣団の半数近くを失ってしまった大名。その原因を作った一人として、史料の片隅に小さく名前が残る家臣がいた。


 ――中村家正。


 経理と土木に明るく、主君に重用されながらも、他の家臣と対立し、騒動の火種の一つになったとされる男。


「皮肉なもんだよな……」


 悠人は独り言ちた。自分と同じ「中村」という苗字を持つ、歴史の片隅の人物。もし彼が対立を避けていたら。もし宇喜多家が分裂しないまま関ヶ原を迎えていたら――そんな空想が、いつも頭の隅にあった。


 深夜二時。悠人は疲れた目をこすりながら、最後に読んでいた史料――家正が残したとされる書状の写真データに目を落とした。掠れた墨の文字。何が書いてあるのか、まだ判読できていない一文があった。


 目を凝らした瞬間、視界が大きく傾いだ。


 椅子から落ちる感覚。頭を打ったような衝撃。そして、暗転。


---



ここまでが、プロローグです。

主人公・中村悠人は、皆さんと同じ「読者」の立場に近い人物として書きました。史料の中の小さな名前——中村家正——を、誰よりも詳しく知りながら、しかしただの傍観者でしかなかった青年です。

「もし彼が対立を避けていたら」という悠人の空想は、そのまま本作全体の問いでもあります。次の章から、悠人は中村次郎兵衛としてその問いの答えを、自分の手で探していくことになります。

まだ何も変えていない、ただ驚き戸惑うだけの次郎兵衛を、しばらく見守っていただければと思います。

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