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婚約破棄してくれて、ありがとう。準備は三ヶ月前から整っていました  作者: 銀月ソフィ


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第二十八話 「合議制対案、正式に通る」

お久しぶりです。銀月ソフィです。


第三章が終わった後、続きを書くつもりはあるけれど少し間が空くかもしれない——そう思っていたのですが、皆さんからのブックマークや応援のコメントを読んで、気持ちが動きました。


読んでくださっている方がいる。それが、こんなにも書く力になるとは思っていませんでした。


ありがとうございます。


アリシアの話の続きを、書きます。

第四章です。どうぞよろしくお願いします。


 正式な採決は、あっけないくらい静かに終わった。


 宮廷の会議の間。重臣たちが並ぶ中で、国王が文書を読み上げた。


「議長職の固定なし。合議の構成は半年ごとの見直しを入れる。記録官は独立した機関として設置し、宮廷のいかなる派閥にも属さない。以上を、正式に採択する」


 ざわめきは、ない。


 すでに精査の段階で、重臣たちの大半は内容を把握していた。驚く者は、もういなかった。


 静かなざわめきが、会議の間に広がった。それは騒ぎではなく——決着の音だ。



 オーステン侯爵は、壁際に立っていた。


 発言は、しなかった。


 精査の段階で、シュレーダー家以外にも借財を使った懐柔が複数の家に対して行われていたことが記録から明らかになっていた。国王の問いに対して、侯爵は否定しなかった。


 否定できなかった、というべきかもしれない。


 書類は、ルーカス・ハルトが正式に取り出したものだ。記録官室の資料は、誰かの意図で書き換えることができない。それがこの王国の記録の強さだ——と、ルーカスはずっと信じて仕事をしてきたのだと思う。


 だから最後の場面で、その記録が正しく使われた。


 それだけのことだが——それだけのことが、舞踏会の夜から続く流れを、ここで正式に締めた。



「ローゼンベルク卿」


 国王が、父を呼んだ。


「はい、陛下」


「今回の三家連署の案、見事だった。エドワード卿の家の仕事だと思って、拝見した」


「お言葉、ありがたく存じます」


 父が、深く礼をした。


 国王の視線が——少しだけ、私の方へ動いた。


 私は前を向いたまま、動かなかった。


 動かなくても、伝わる気がした。



 記録官室の独立機関案が採択されたことで、初代の長官人事が次の議題に上がった。


「ルーカス・ハルト」


 国王が名前を読み上げた。


「平民出身ではあるが、王宮の記録管理をほぼ一人で支えてきた。独立機関にふさわしい人材として、ヴァルナー辺境伯より推薦が出ている」


 カイが、前に出た。


「はい、陛下。ルーカス・ハルトは記録の正確さと中立性において、代えのきかない人間です。推薦いたします」


 重臣たちの間で、小さな声が上がった。


 平民の推薦。


 異論は、出た。ただし弱かった。オーステン侯爵案が通っていれば違っていたかもしれないが、今日この場では——誰も強く押せる立場にない。


 国王が、少し間を置いた。


「認める」


 たった二文字だった。


 廊下の外で待っていたリゼットが、後で「廊下まで聞こえました」と言っていた。



 エヴァ・シュレーダーが廊下に来たのは、会議が終わって少し経ってからだった。


「アリシア様」


「シュレーダー嬢」


「借財の返還手続きが、正式に始まると聞きました」


「はい。書類は整っています。手続きは少し時間がかかりますが——今度は、あなたの家が主体です。オーステン侯爵からではなく」


 エヴァが、少し間を置いた。


「……怖かった、のだと思います。正面から動くことが」


「そうですね」


「でも、やりました」


「はい」


 私は答えた。


「やったから、今日になりました」


 エヴァが、また少し間を置いた。それから、深く礼をした。


「ありがとうございます」


「まだ手続きは続きます。礼は全部終わってからにしてください」


「……はい」


 エヴァが、顔を上げた。


 泣いてはいなかった。



 廊下でカイが待っていた。


「終わりましたね」


「はい」


「どんな気分ですか」


 私は少し考えた。


「また静かです」


 舞踏会の夜の後も、静かだった。謁見の間の後も、静かだった。今日も、同じだ。


「悪い静かさではないですね」


「ええ。今回は——最初から、一人ではありませんでしたから」


 カイが、少しだけ口元を動かした。


「では次は、ヴァルナー領ですね」


「約束しましたか、そんなことを」


「来月の件が終わったら、と言っていました。終わりました」


 私は、カイを見た。


「……考えます」


「いつ頃、お返事いただけますか」


「三日ください」


「わかりました」


 カイが、一歩下がった。


「では、三日後に聞きに来ます」


「来なくても、手紙を書きます」


「どちらでもいいです。会えるほうがいい」


 私は、少し間を置いた。


「……来てください」


「はい」


 廊下の外から、リゼットの気配が——少しだけ、遠ざかった。


 またか、と思いながら、口元が緩んだ。



 王宮を出て、馬車に乗った。


 窓の外を、夕暮れが流れていく。


 舞踏会の夜のことを、思い出した。

 謁見の間の日のことも。

 王宮の廊下で対案を届けた日のことも。

 そして今日が——あの夜から始まった全部の、本当の終わりだ。


 扇は、持っていない。


 持っていなくても、今日は何も隠す必要がなかった。


 窓の外に、夕暮れの雲が広がっていた。


 明日から——また、次の準備が始まる。


 でも今日だけは、もう少しだけこの静けさの中にいていい。


 そう思いながら、目を閉じた。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 合議制対案が、正式に採択されました。

 オーステン侯爵は失脚しました。

 ルーカスが、初代記録官長に推薦されました。

 エヴァの借財が、正式な手続きへ。


 第三章が、完全に終わりました。


「また静かです」


 アリシアはそう言いました。

 今回は、最初から一人ではなかったから。


 そしてカイが「次はヴァルナー領ですね」と言いました。

 三日後に返事を聞きに来る、と。


 第四章が、始まります。

 続きをお楽しみに。


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