呼び方
「ふ…ふふ…フハハハハハハッ!我は竜人ッ!貴様らのような下等生物、この我を前にひれ伏すがいい!」
11月上旬。
俺は廊下でばったりと会った響ちゃんと共に部室に向かっていると、何やら先客がいたらしく中から騒がしい声が聞こえてきた。
まぁ台詞で誰だか予想はつくんだけども。
「嗚呼…兄さん、今日もなんて綺麗な声…!」
「えっと…ひ、響ちゃん?そんなこと言ってないで中入んないの?」
「一さん、今日も兄さんはかっこいいですよね」
うん、ダメだこの子…相変わらず話が通じない…
俺はとりあえず響ちゃんの手を引くと、そのまま部室に入ることにした。
「我の絶対なる一撃で沈むがいい!〈究極n…」
「よう、吉田。さっきぶりだな」
「は、はじめ!?こ、これには深い訳が…」
「兄さぁん!」
「え、ちょ、ひびk…ぐぇッ!」
俺達の存在に気付いた吉田は、一瞬恥ずかしそうな表情を見せると何か弁解しようとしたが、掴んでいた俺の手を払い除けて吉田に突っ込んでいった響ちゃんにそれを阻まれた。
「…大丈夫か?」
「あ、あぁ…我にはこれくらい日常茶飯事だからな」
「それはそれでどうかと思うけど…」
「いや、響はここ最近結構過激なスキンシップを取るようになってきて…」
いや、もともと響ちゃんが重度のブラコンなのは知ってたけど…現在進行形で身体を執拗以上に吉田にすり寄せている響ちゃんを見てたらスキンシップってなんだろうって思えてきた…
「一さん、今日は活動といった活動はないんですよね?」
「うん、たしかにないけど…」
「そうですか!それじゃあ兄さん、早く帰りましょう?私と兄さんの愛の巣へ…」
「いや、愛の巣じゃないんだけど…」
吉田は嬉しそうに腕を引く響ちゃんを静止すると、ヘルプを求めるように俺のほうをチラッと見た。
「吉田、今日くらい付き合ってやれよ。響ちゃんも最近までずっと我慢してたみたいだし」
「えぇ!?わ、我を裏切るのかはじめ!」
「いや、俺だって兄だし…立場は違うけど三人の世話のかかる弟達がいるからな。甘えてきたときは存分に甘えさせてやれよ」
「ほら、一さんもこう言ってますし、久しぶりに私達の愛をじっくり育m…」
「わかった、わかったから…とりあえず荷物取らせて」
響ちゃんの言葉を遮るように吉田は叫ぶと、諦めたのか散らかっていた自身の荷物をまとめはじめた。
いや、吉田のことだから大丈夫だと思うけど響ちゃん結構ヤバい気がするんだが…
「それじゃ、我らはこれで。その、なんかごめん」
「気にすんな」
「兄さぁん…早く帰りましょうよぉ…」
「はいはい、今行くって」
2人は荷物を持つと、仲良く手を繋いで部室を後にした。
この絵面だけだと普通に恋人同士なんだけどなぁ…
俺は自分の荷物を置いてからソファーに腰かけると、昨日読み途中だった料理本を取り出した。
「はじめ、遅れた」
「いっちゃんこんにちは!さっきぶり!」
俺が読み始めようと意識を向けようとした瞬間、部室の扉が勢いよく開かれて若林と井上が妙にニコニコしながら入ってきた。
「あのさ、2人とももうちょいゆっくり入ってきてくんね?勢い良すぎて結構びびるんだけど…」
「いやぁ…いっちゃんに会えると思ったらつい…」
そう言って顔を赤らめる井上。言ってることは嬉しいんだけど素直に喜べないのさ何故だろう…
「んで、井上もわk…霞もどうして遅れたんだ?」
あぶねぇ…若林のやつ間違えて若林って言いかけたとき一瞬だけ真顔になったんだが…
「2人とも掃除だよ?中二病はサボってたけど」
「あたしはその代わりとしてやってただけなんだけど。それよりいっちゃん!なんで若林さんのこと名前で呼んでるの!?たしかに最近妙に仲良かったけどさ!」
早速バレた…さりげなく話題を変えて晒そうと思ってたんだが…
「井上さん、私とはじめは『特別』な関係なのよ。だから名前で呼び合うのは自然でしょう?」
「え…嘘…」
「おい霞、変な嘘つくんじゃねえよ!ってか小指立てるの止めろ」
「嘘じゃないよはじめ。だっても私とはじめは何度も何度も繋がって…」
「あたしだってそれくらい…!」
「んなことしてねぇよ!ってか霞も調子に乗りすぎだ…言っておくが俺はまだ童貞だからな?そんなことあるわけないだろ」
まぁしょっちゅう同じ布団で寝てるとは口が裂けても言えないが。
霞はそんな俺の発言が気に食わなかったのかあからさまに不満気な表情をしていると、畳み掛けるように井上が口を開いた。
「いっちゃん!あたしのこともちゃんと『春』って呼んでよ!」
「え、そんないきなり…」
「若林さんのことは名前で呼べるのに?」
「ぅ…」
井上のやつ…上目遣いでそう言うこと言うんじゃねぇ!可愛いすぎだろが!俺じゃなかったら勘違いして告白してるまである。
「…春…さん」
「んー?『さん』?やり直し!」
「は、春。これでいいか?」
「うむ、よろしい!」
井上は満足げに頷くと、急に恥ずかしくなったのか真っ赤になったその顔を両手で覆った。
…いや、恥ずかしいのはこっちもなんだが。
「はじめ!なんで汚物も名前で呼ぶのよ!」
「霞、コイツとか言ってやるなよ…ってかお前だって似たような理由で名前で呼ばせるようにしただろ」
「えっ?似たような理由?」
『あ…』
やべ…失言した…
「ちょぉ〜っとその話、詳しく聞かせて貰っていいかな?いっちゃん、若林さん」
井上にこの前の由良に誘われた文化祭のことから霞を名前で呼べるのになる過程までを根掘り葉掘り聞かれた俺達は、気付くと完全下校15分前のチャイムが流れてきた。
「い、いのu…」
「春」
「春、今日はもうチャイムなったしこれくらいにして帰らないか?」
「そんなこと言って…いっちゃんはどうせ若林さんと今夜もお楽しみなんでしょ!」
「んなわけあるか!?」
「じゃああたしも泊めてよ!」
「な、なんでそうなるんだよ…」
「何?若林さんほぼ毎日泊まってるのにあたしはダメなの?」
「いや、だって明日学校…」
「そんなのどうだっていいよ」
「お、親御さんは…」
「後からでも連絡すれば大丈夫。だっていっちゃん、一生あたしを支えてくれるんでしょ?」
「いや、一生と言った覚えはないんだが…」
…あれ?これ、もしかしなくても俺言いくるめられてね?
俺は助けを求めるように霞に視線を送ると、霞は俺以上に状況を理解できてないのか心ここにあらずと言った様子で立ち尽くしていた。
「決まりね、いっちゃん。それじゃ一緒に帰ろ?」
「…はっ!ちょっと待ったぁ!」
「何?若林さん」
「はじめは私と帰るの!貴女みたいな汚物お呼びじゃないのよ!」
「抜け駆けしといて何をほざいてるのよ。あーあ、みっともない」
「なんですって!?」
ヤバい…また胃が痛くなってきた…
俺は2人が言い合っている間に荷物を取ると、部室を出ようと扉に手をかけた。
「あ…」
「ん…?」
扉の鍵は何故か開いていたらしく、その隙間からこちらを覗く瞳と、俺はバッチリと目を合わせてしまった。
「あの、如月先輩…何してるんすか」
「えっ…いや、その…ふ、ふふ、ふはははは!よ、ようやく気付いたか後輩よ!何やら羨m…面白そうな会話をしていたではないか!」
「いや、普通に喋ってくださいよ先輩…」
「アッハイ」
如月先輩は、一つ咳払いをすると、俺のほうをジッと見つめてきた。
「あの、陸上部(仮)に新入部員が入ったと聞いたので、それについて取材を…」
あれぇ…?俺達まだ響ちゃんが入ったことも誰にも伝えてなかったんだけどね。なんでだろ…
「それで先輩、なんでずっとこっち覗き込んでたんですか?普通に取材って言って開ければいいじゃないですか」
「そ、その…私も取材しようと思って扉を開けかけたんですけど…中から羨ましい会話が聞こえてきて入りづらくて…」
「羨ましい会話…?」
「あっ!いぇ!決してその、い…一君に下の名前で呼ばれたいとかそんなことではなくてですね!できれば雪ちゃんって呼んで欲しい…じゃないです!なんでもないです!はい!」
うーん…如月先輩がコミュ症なのはなんとなくわかってたけど。これはその、ファーストネームで呼んで欲しいってことなのか?
「えと、その、雪ちゃん?」
「は、はいぃぃ!ありがとうございます!失礼しましたぁ!」
「あ…」
如月先輩は俺の発言に顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、逃げるように去っていってしまった…可愛い…じゃなくて!これで合ってるよな…?
「はじめぇ?」
「いっちゃぁん?」
やべ…2人このこと完全に忘れてた…
「如月先輩と随分と仲良さそうでしたね?」
「あの…霞サン?唐突に敬語で話されるととても怖いんですが…」
「今夜いっちゃんの家がゆっっっくりと話を聞かせて貰おうかなぁ?」
2人とも怖!目が座ってないんだが!?
身の危険を感じた俺は2人から逃げようと後退ると、その両腕をガッチリと掴まれた…
あ、これ詰んだわ…




