3話 出来損ない獣人の日常ー3
「どうした?」
「いやっ、油げたらもっと美味いのにと思ってさ」
丸い耳に、目の周りの隈が特徴的なアルが顔をしかめた。手にした丸い物体――ジャガイモを麻袋に放り入れる。
本来は別の名称があるんだけど、あまり良い意味の名前じゃなかっから、ジャガイモと呼称している。今では、その名称が定着しつつある。
他にも、ニンジン、玉ねぎなんかも同じ状態にある。
「油ってあれだろう。肉の白い所からとれるやつ」
「植物からつくるやつもあるぞ」
獣人にとって油は燃料という扱いだ。人間の集落では常用されていて、ドーナツに似た焼き菓子だって売られているくらいだ。
獣人の子供のおやつの定番は堅い干し肉なので、食文化が全く異なる。
「レアンは、常人種の食べ物が好きだよな。食べ過ぎるとウチの両親みたいになっちまうぞ」
アルは心底嫌そうな顔をする。確かにアルの両親は、少しふくよかな体格をしている。
タヌキぽい外見からは優しさが滲みだしている。
「俺は好感が持てるけどな。オジサンもオバサンも立派だと思う」
「そう言ってくれるのは、レアンくらいなもんさ。ウチの農場は、ロボ一族に煙たがられているからな」
獣人の価値観は力だ。だから、戦士なんかの地位が一番高い。ロボ氏族は、武力に長けていてあらゆる戦場を渡り歩いている。
そんな彼らの地位は揺らぐことなく。ウルフビームひいてはサク族の実質的なリーダーだったりする。
それ以外の職業、とりわけ農業は人気がない。戦闘を嫌う若者一定数存在するが、狩猟者になるパターンがほとんどだ。
俺は腕力が弱いこともあり、戦士に狩猟者にもなれなかった。そんな俺を雇ってくれたここラクーン農場には感謝してもしきれない恩義がある。
いつか恩返したい。前世の記憶を活かせないだろうか。フライドポテトなんてイイ線をいくと思うだけどな。
『食から始まる異世界攻略』みたいな感じで……。もう少し料理を覚えていれば良かった。
「なあっ、明日一緒にキエトに行かないか」
明日は、キエト――人間の街に吟遊詩人がくる日だ。買い物のついでに、久々の娯楽を満喫しようじゃないか。
「悪い。明日は用事があるんだ」
「用事って何だよ。収穫もひと段落したし、明日は休んでいいって言われているじゃないか」
アルはばつが悪そうに、俺を見据えた。
「親友にかくしごとをしたくないから言うけど、明日は試験があるんだ」
「試験?」
「ロボ一族が取り仕切っている入隊試験みたいなものさ。合格者はファングが直々に稽古をつけてくれるそうだ」
「稽古って、アル、お前、戦士になりたいのか?」
そんな話聞いたことがない。
「まだ決めかねている。この農場を継ぐのだってやぶさかじゃない。だけど、俺は逃げたくないんだ」
逃げたくない。そう言ったアルの表情はどこまでも真剣だ。
「戦士になれなかったから、農家をやってますなんて言い訳する人生は送りたくない」
たぶんアルは父親のことを言っているんだ。負け犬なんてオジサンのことを陰で悪く言うやつもいる。
力が全てじゃない。この小さなコミュニティの価値観が歪なんだって声を上げたい。
だけど、俺達は獣人だ。ここは日本ではないし、ましてや人間でさえない。
同じ価値観――土俵の中で戦うことを選んだ親友の英断を否定する権利など俺は保有していない。
「そっか、頑張れよ」
「ああっ」
そんなやり取りのあと、沈黙がその場を支配した。俺は感情を表にださないようにジャガイモを黙々と餞別していく。
長い沈黙を破ったのは、オバサンだった。柔和な笑み。丸いフォルムのタヌキの獣人。
「レアンちゃん、お夕飯食べていくでしょう」
オバサンの料理は、ウェイ姉さんの二段回上をいくので、ご相伴にあずかりたいところであるが……。
「今日、ウェイ姉さんが早く帰ってくるので」
「そう、それは残念だわ。レアンちゃんはたくさん食べてくれるから作り甲斐があるのよ。そうだわ」
オバサンが口を縛ってある麻袋から、ジャガイモをいくつか取り出す。
「ほら、これ持っていって。ウェイちゃんに食べさせてあげて。ウチの自慢のオイモさんよ」
「でも、それは」
キエトに出荷する上等品だ。傷がつかないように一個ずつ丁寧に袋に詰めていく作業は正直骨がおれる。
「少しくらい贅沢したって罰はあたらないわよ。レアンちゃんが人一倍働いているのオバサンはちゃんと知っているわ」
「ありがとうございます」
頭を下げて、足早に立ち去ろうとすると
「レアン、寄り道せずにすぐ帰ってこいよ」
アルが俺を呼び止めた。
「夕方には帰る」
吟遊詩人の話を聞いたらすぐに帰る。嘘はついてない。なんたって俺の第一目的は吟遊詩人の話を聞くことなんだから。
帰り道は、ずっとジャガイモのことを考えていた。油はないから、水で蒸かして奮発して塩をたくさんかけよう。
余分なことを考える必要はない。アルが戦士になるって決まったわけじゃない。一人取り残される、そんなこと考える意味はない。




