転生前夜-2
螺旋階段を下る。そこに現れたのは、体育館ほどの大きさの空間。
パチッと白熱球の明りが目を眩ませる。
「オリジナルには触っちゃダメ、ゼッタイ!」
いくつかに区分けされているようだ。
「――これなんてよさげだな」
アオトが乱雑に置かれた、両手剣に手を伸ばす。指先が、柄に触れた瞬間――
見たこともない景色が目の奥に浮かび、アオトを困惑させた。
伝説の島――アヴァロン。かの地がそう呼ばれていることをアオトが知る由もない。
「目利きは悪くないけどワン。一級品はレプリカでも毒気が抜けない。下手したら、意識がもってかれて廃人コース確定」
「魔剣使いとか聖剣使いってすごいんだな」
「少なくても世界に愛されているのはたしか」
「そっか……こんな局面で悔やんだっていたしかたない。最良を尽くすのみだ」
「あっちのガラク――秘密道具なら使い放題」
「ロン、お手製なんだろう? 暴発とかしないのかよ」
「心外、凹む」
「嘘だよ、嘘。あっちのコンテナに入っているやつから選べばいいんだよな?」
「肯定」
「少しだけ一人にしてくれないか? 五分でいいんだ」
「ウェ? この局面でシコル?」
「ちげぇよ。身内の下ネタとか普通にひくんだけど……まぁ、エロ本を選ぶ時の心境に近いといえば近いかもな」
「キモッ」
「……とにかくだ。先に戻ってくれ」
「了解ワン」
去ろうとしたロンをアオトが引き留めた。
「ナニ?」
「そうだ、技マシーンを使いたいんだけど。今の一覧は防御に偏っているだろう。一つくらい攻撃ぽいのがあったほうがいいと思うんだ」
「ハカイコーセン? 木星なげ? にする」
「いや――」
アオトはロンに技名を告げ、一通りの説明をした。ロンが目を丸くした。
「失敗したら大惨事」
「いや、敵の意表はつけるだろう」
「…………ワシは、『硬直』を忘れた。そして、――」
ロンは、準備があると慌ただしく、螺旋階段をかけあがっていく。
「さて、選ぶとしますか――」
一人残されたアオトは自嘲気味の笑顔を浮かべた。
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「もう終わりか?」
息をすることすら困難な熱気が周辺に渦巻いている。
声の主は赤髪に、着流姿。歳は二十代そこそこ。
黒を基調とした衣服に、汚れや破れは一切ない。
一方のロンとアオトは良く言って満身創痍、悪く言えば瀕死状態。
ロンの毛皮のところどころが黒く焦げていて、独特の異臭を放っている。
アオトは全身裂傷だらけで、黒く変色した左腕は動かず垂れさがっている。
「命を摘むことなど容易だ。何故、そうしないかわかるか?」
「……ウェー、ワシ、ワシ……アオが……いなくなる――」
ロンが譫言をくり返し始める。
「ロン! 『お昼寝』だ」
唐突にアオトが叫んだ。
ロンがどこからともなく、黄色いナイトキャップをとりだした。
「何をしている?」
問いを無視する形で、ロンは懸命に地面を引っ掻き続ける。
しばらくすると、直系一メートル程の穴がポッカリとできあがった。
ロンがその穴に顔をつこんで、何かを咥え出した。
「最高級~羽毛布団!」
それは一瞬だった。フカフカの布団に仰向けでころがったロンがいびきをかき始めた。
「zzzzz」
アオトはその様子をみて、安堵の表情を浮かべた。
「何故、笑う?」
「一度眠ったロンは、なかなか起きないんですよ、これが」
「で、お前はどうする。一緒に眠むるのか?」
「いや、俺は熟睡できない体質なんですよ。だから――」
アオトが早口で何か捲し立てた。独特な発音、言語、不規則なようで法則性がある旋律。
「それは?」
「だだのレプリカですよ。俺と同じで居場所がない……言わば同士です」
アオト周辺の地面には複数の武器――剣が突き刺さっている。
「写しといっても人の身には余る代物だろう。それを複数とは、やはりお前も天魔波旬か」
「だいぶ無理はしてますよ。主神様に無傷で勝とうなんて烏滸がましい」
アオトが、手近に突き刺さった黄金剣――妖精剣に手を伸ばした。
柄に触れた瞬間に左腕が修復された。
アオトがふらついた。倒れ込む寸前で、踏みとどまる。
「意識がもってかれそうだ。短期決戦でお願いしますよ」
アオトは、歯を食いしばって両手剣を引き抜いた。間髪入れず隣に突き刺っ短剣をも引き抜く。
「エクスカリバーに十束剣。これなら、さすがに無傷ではいられんでしょう。腕の一本はもらいますよ」
凄惨な戦いが幕を開けた。
主神の攻撃だけではない、写し身であったとしても伝説の剣が何らの主張をしないわけがない。
壊れた身体は勝手に修復される。けれど、精神は確実に浸食される。
「エクスカリバーッッッ!!!!」
「炎天焦土」
聖なる光輝と劫火がぶつかり空間を揺さぶった。




