転生前夜-1
「はっはっはっ、うわっ!?」
青年が盛大に転んだ。受け身も取れず、顔面を堅い地面に強打した。
次の瞬間、轟音と熱気が背中をないだ。
チリチリと音をたてて、上着が焦げた。
平均的な体躯に黒髪。ネルシャツにジーンズ、スニーカー。
冴えない二十代男子は間髪入れず立ち上がり、戦場を疾駆する。
青年ー透明アオトは手に握られた、筒状のスイッチを定期的にカチカチと押し込み続ける。
10m先、地面にポッカリと空いた穴に減速せずに飛び込んだ。
「――ゼハッゼハッ、まじで死ぬところだった。てか、寒いなここ」
雪と氷でできた小部屋――6畳間。炬燵でぬくぬくしながら、平皿に口先をつこんでいる中型犬。
大きな垂れ耳に、赤茶の毛並み。頭頂部からマズルにかけて白色を湛えている。
「バクッ、バクッ、モグッ、あっ、もう終わり?」
「終わるわけないだろう。何度死にかけたことか、一張羅のジャケットがこの様だ」
アオトが、焦げて破けた紺色のジャケットを投げ捨てた。
「でも、死んではいない」
「それゃ、相手が本気だしてないだけだろう。たぶん、ロンを捕獲する気なんだろうさ。あんだけ挑発したんだ、楽には殺してくれるはずがない」
ズドンッと地鳴りが空間を揺らした。
「ウェー、ワシ、アチィの苦手」
「て、言われてもな。俺みたいな雑魚じゃ精々、足止めが関の山だ」
アオトがまたスイッチをカチッと押し込んだ。
「でも、どうやって逃げてきたワン?」
「これさ」
「ソレナニ?」
「プロジェクションマッピング?」
カチカチと不規則にボタンを押し込むアオト。
「ウェー?」
「リョクの部屋から拝借してきた。さすがは悪の組織。秘密道具がゴロゴロしていやがった」
「盗んだ?」
「借りたんだよ。そもそも、リョクのものは俺のものだしな」
「それジャイヤニズム」
「いいんだよ。長兄特権だ、長兄特権」
「でも、そんな猫じゃらしだけで騙せるわけない」
「意識の隙を突いている。精神感応なんて、大それたもんじゃないけど。奴さん、絶賛、偽物のロンを追いかけているはずさ」
アオトが笑った。
「すげぇ~、さすがは最強の魔術師」
「いやいや、その呼び方やめろよ。どこぞの老害どもを思い出す。それに俺みたいなイレギュラー、代々研鑽を重ねてきた連中には遠く及ばない」
地鳴りと轟音。皿が横にスライドした。
「あれを滅ぼすだけの火力は俺にはだせない。どうしてもやれてって言うなら、アヌビス神か、ハク・タク兄妹の力を借りるけど。それでも勝率10%といったところだけどな。同時喚起すれば勝率は跳ね上がるけど、たぶん俺がもたない」
「ダメーーー、絶対!!! ワシの手柄がなくなる。しょーがねぇな、ワシが戦ってやる。――はい、これ」
ロンが炬燵の中から、紙切れを咥え出した。
「これは?」
「ワシの技一覧」
スーパーの特売チラシの裏側に、汚いひらがなが書き殴られている。
「なになに――」
1、硬直
2、吠える
3、雨乞い
4、命乞い
「これだけか?」
「そう。技マシーンがあれば変更かのう」
「……しゃ-ない、俺が援護する。素手だとこころもとない。何か武器はないか?」
ロンが炬燵をずらした。
地下室への扉。取っ手式の金具が熱を帯びている。
「よっしゃ」
アオトが扉を勢いよく開けた。




