俺の妹に触るんじゃねぇ
更新遅れてしまって申し訳ありません。
<師里レイ>
~30分前~
「レイ、ヒトミ、陸中の野郎がここにいるってことは多分狙いはオレだ。だから――オレは逃げる」
ビルの屋上でしゃがみ込み、声を潜めたアヤさんが私達にそう告げ駆けだそうとする。
「待った、アヤさん何したんです?」
「離せ! オレは悪くねぇ!」
「あっ、ちょ、暴れないで下さいよ!」
逃げ出そうとしたアヤさんの手首を咄嗟に捉える。
その手を振り払ってでも逃げようとするアヤさんに逃げられないように力を込めておく。
「陸中リクと言ったら特殊安全警察局局長で、『断奏』と呼ばれるSSランクの能力者ですね。数少ない公的な能力者の中でも最大戦力と言われている」
「それそれ。さっきもアヤさんが言ってたけど、その特殊安全警察って何?」
「レイ、貴女も能力者ならもうちょっと自分に関係することを知っておいた方が良いわよ。特殊安全警察は能力者の行った犯罪専門の警察機関のこと。ただ、通常の警察機関とは違い被害の大きくなりやすい能力者犯罪に対処するにあたって、逮捕ではなく殺害での解決が認められているという特殊性がありますね」
「うわ、ますます何したんですかアヤさん!」
隣にいたアヤの言葉でますます疑念がわく。
なんでそんなとこのトップの人から狙われてるんだこの人は。
「それはまぁ後々話す! 今は時間が無ぇ!」
そんな声が少し離れた所から聞こえてきた。
「え!?」
声の聞こえた方に目を向けると、屋上の淵に立つアヤさん。
慌てて掴んでいたはずの手元を確認するとそこにアヤさんの姿は無く、代わりに不恰好なマネキンが憎たらしい顔で鎮座していた。
「い、いつの間に!?」
「『忍法・変わり身』ってな。とりあえず今は逃がしてくれ!」
「……いいですけど、岩神君たちはどうしましょう? 放っておくのもどうかと思いますけど」
「え、逃がしちゃってもいいの!?」
予想外なヒトミの言葉に驚きの声が漏れる。
「別にいいじゃない。レイだってアヤさんを突きだそうとかは考えてないでしょ?」
「うーん、それはそうだけど……」
確かにアヤさんを突きだそうとか考えてなかった。
逃げられそうだから咄嗟に捕まえただけで。
「……わかりました、後からちゃんと説明してくださいね」
「おう、約束は守る」
「あとさっきヒトミが言ってましたけど、岩神君たちのことはどうすればいいです?」
「あぁ、それならこれ辿っていけ」
そう言うと、どこからか出した黒いロープをアヤさんは投げてよこしてきた。
ロープの先は屋上の淵から垂れ、どこかへと伸びている。
「あっとと、なんですこれ?」
飛んできたそれを何とか掴み取りつつ、問いかける。
「さっきアーティファクト型のガキにこっそり付けといたんだ。それ辿っていけばアイツらのいるところに行けるだろ」
「え、私達2人だけで追いかけるんですか?」
「大丈夫だって、さっきの感じじゃ大した相手じゃないだろうし、アキラだってすぐ追いついてくるだろうよ」
「でも……」
「大丈夫よ、レイ」
言い募ろうとする私をヒトミが遮る。
その自信満々の表情に言葉が続けられなかった。
もしかしたら、何かいい考えがあるのかもしれない。
「行ってくださいアヤさん」
私の言葉を遮ったヒトミはそのまま、アヤさんを促した。
「おう、とりあえず何とか頑張れよ。あと陸中リクにだけは十分気を付けろよ、まぁオレの方に来るはずだから会わねーとは思うが。んじゃまたな」
促されるままに無責任に言い捨て、アヤさんはその身を屋上の淵から投げ出して消える。
普通なら慌てるところだろうが、ここ数か月でこれくらいの事なら驚かなくなってしまった。
玄関の扉を開けて出ていくのを見送るのと同じくらい見慣れた光景だ。
……こんなのに慣れていっている自分が嫌だけど。
「それじゃ行きましょうか」
アヤさんを見送ったヒトミがなんてことなく声を掛けてくる。
そう言えば、私が徐々に慣れていった異常な事にもコイツは最初っからあんまり驚かなかったな。
屋上から飛び降りるのを初めて見た時と今とで違いは無いし。
ほんと、飽きれた心臓してると思う。別にいいけどさ。
「行くのはいいけどヒトミ、大丈夫って何か考えがあるの?」
「? いえ、何も」
「何も!?」
待って待って待って!
一体どういうこと?
「だって、そうでも言わないとレイはずっとグダグダ言っていたでしょう?」
「いやいや、今からいきなり襲ってくるような奴がいるかもしれない所に行こうとしてるんだよ!? 慎重になって当然でしょ」
「そんなこと言ってて岩神君の戦いを見逃したらどうなるんですか。私『使役師』の戦いは見たことないのですよ」
「……うわ~」
コイツ、自分が見に行きたいからって適当なこと言ってたのか。
「それにアヤさんもたぶん大丈夫って言ってたじゃないですか、きっと大丈夫ですよ」
「何の根拠にもなってないよ!」
「でも『行かない』って選択肢は無いでしょう? 岩神君たちを放っておいたら寝つきが悪くなりそうです」
「う~確かに……」
「それならアキラさん呼びますか? 電話すればすぐ来てくれると思いますよ、レイの頼みなら」
「それは絶対イヤ。そんなのだったら1人で行った方がまし」
反射的に言葉が出る。
でもそれだけは死んでも嫌だ、アイツを頼るのだけは。
「だったら2人で行くしかないですね! そうと決まれば急ぎましょう、そうしましょう」
「あ、あれ? なんか私ウマいこと乗せられてない?」
「そんなことはないわよ~。あ、そうだ一応スズさんに連絡しておきましょうか」
「え、だったらスズさん呼んで来てもらえば――」
「そんなことしてたら30分くらい経っちゃうじゃないですか、ほら早く行きましょ行きましょ!」
「ちょ、背中押さないでよヒトミ!」
~現在~
そんなこんなでロープを頼りにこの廃ビルまで辿り着いたんだけど――
「えーと、これはどういう状況なのかな?」
廃ビル内は想像とは全く違った状況だった。
私達を攻撃したと思うアーティファクト型特災の少女はみすぼらしい格好をした痩せこけた男と並んで地面に倒れており、その脇では岩神君が背の高い男性と睨みあってる。サトネさんはそんな岩神君の背後に控えているし。
てっきり『岩神君VS襲った犯人』かと思ったがどうもそんな感じじゃない。
だって岩神君と向かい合ってるの――
「あの人、アヤさんが言ってた『陸中リク』だよね?」
「えぇ特殊安全警察の制服を着てますし間違いないはずよ」
岩神君たちに背を向け、隣のヒトミと小声でコソコソと言葉を交わす。
岩神君の向かいにいたのは濃紺の制服を身に纏った美形の男性。
アヤさんから注意を促された、例のSSランクで特殊安全警察だかの局長である陸中リクって人だ。
「でもおかしくない? あの人はアヤさんを追ってたんでしょ、どうしてここにいるのよ?」
「――そもそもそれが間違いだったのかもしれないわ」
「アヤさんが狙いじゃなかったってこと?」
「ここにいるという事はそういう事だと思うわ。もしかしたらアヤさんの存在自体把握してないかも」
え、それじゃアヤさんの自意識過剰って事?
そんなに怯えるくらいの事をやってるのか、あの人は?
後でしっかりと問い詰めておかないと。
でもとりあえず今は……
「どうすればいいかな? こんな状況全く考えてなかったんだけど。予想外すぎるよ!」
「うーん、別に問題ないんじゃない?」
想定外のことで焦った声を出す私とは反対に、冷静に答えるヒトミ。
「え、なんでさ?」
「だって私達何も悪いことしてないじゃない。特安は犯罪を犯した能力者にとっては危険な存在であっても、普通の人にとっては警察であることには変わりないし。そもそも、私は一般人だから狙われる訳が無いもの」
こ、コイツ、自分だけは安全圏だって理解してる!
でもヒトミの言うとおり、私は自分の能力を悪用したり犯罪を犯した覚えもない。
そう考えると怖がる必要はなさそうに思えてきた。
あれ?
だけどそれだと今の状況が不可解だ。
「ねぇ、それならなんで岩神君とあの人が険悪な雰囲気になってるの?」
特安って犯罪を犯した人しか相手にしないんじゃないの?
「岩神君が犯罪に手を染めてた――と言う可能性も無い訳じゃないですけど……」
「そんな風には見えないよね」
「そうね」
今日初めて会ったばっかりだけど、岩神君の人柄の良さは感じられた。
裏が無いと確信できるわけじゃないけど、なんだかその様子は想像出来なかった。
「とりあえず事情を聴いてみるしかないんじゃない?」
「それしかないかな~」
ヒトミの言葉で決心がつき、気を取り直して2人へと向き直る。
「あの――」
バリィンッ
そうして私が口を開くと同時に、少し離れた所で何かが割れる音がして強制的に私の声は打ち切られた。
<岩神タツヤ>
突如現れた師里さんと東堂さん。
どうして2人がここの場所を突き止められたのか、2人と一緒にいたはずのアヤさんはどうしたのかとか色々と訊きたいことはあったが、2人はすぐに背を向けて話し込んでしまったことで言葉を掛けることが出来なかった。
「あれは、師里レイか。まさかこんな所で出会うとは思っていなかったが……丁度いい」
そうして立ちすくむ僕の耳にそんな呟きが入ってきた。
「陸中さん、彼女のことを知っているんですか?」
「そんなことをお前に話す義理は無い」
「お前、坊っちゃんに何てことをッ!」
「今現在、私とお前達は敵対関係にある。それなのに情報を漏らすわけないだろうが」
「えぇ、そうでしたね。でも先程は突然のことに無礼を働いてしまいましたが、僕たちに陸中さんと敵対する気はありません」
背後で憤るサトネを片手で押しとどめつつ、陸中さんをまっすぐ見つめ同意しつつも自分の意見を述べる。
相対するだけでもプレッシャーが強くのしかかるが、それを何とか耐える。
「僕はその特災を助けたいだけで、人間の方はどうでもいい。陸中さんの仕事が能力者の逮捕なら必ずしも特災を滅殺する必要もないはず。この戦いは避けられると思うんですが、どうでしょう?」
「私に取り引き……いや提案か。私に何のメリットもないものは取り引きとは呼べないからな」
そう、これは取引きとは呼べない。
双方のメリットとデメリットをすり合わせて妥協点を探すのが取り引きだ。
しかし、今回の状況で僕達のメリットは数多くあれど、陸中さんにとってのメリットを僕たちは用意できない。
彼からしてみれば目の前に立ち塞がる者は払いのければいいからだ。
自分で払うか自主的に道を空けるか。
どっちを通っても結果は同じ。
しかし、払われる側にとっては全然違う。
僕達としては何とか彼とは敵対したくない。
彼と敵対した場合の被害は甚大だ。
けれども同時に特災の少女は助けたい。
そうしたならば道は2つ。
諦めるか、その要求を相手に飲ませるか、だ。
「何とか、考えていただけないでしょうか?」
「……駄目だな」
伺いを立てるがしかし、返ってきたのは無情な言葉。
そこに至り、静かに僕は心を決める。
この人と戦う、敵対する決心をだ。
もう怖いとか言っていることは出来ない。
他の道は今潰えた。
そう思っていたが――
「駄目だが……1つだけお前が私の言うことを聞くのならお前の提案に乗ってやろう」
しかし、意外なことに陸中さんの方から条件を示してきた。
「な、なんでしょう?」
驚きつつもすぐさま応じる。
あちらから条件を示されているのだ、乗らない手は無い。
「何もするな」
「え?」
「これから何がこの場で起きようと何もするな。あぁ、勿論お前たちとお前が守りたがっている特災の安全は約束する」
「何を、するつもりですか?」
「詮索はするな、YesかNoで答えろ。Noと答えた場合はお前達を敵と見なすがな」
「……わかりました。何もしないとお約束します」
なぜ突然この人がそんなことを言いだしたのかはわからない。
しかし、この状況下では悪くない条件だと判断した。
なぜならこの場にいるのは6人。
僕とサトネ、坂上と特災の少女、そして師里さんと東堂さん。
その中で僕達と少女の安全は約束されているので残り3人。
しかし師里さんは能力者ではあるが犯罪などとは縁遠いだろうし、東堂さんはそもそも一般人だ。そんな2人に対して何かするとは流石に思えない。
特安は慈悲の無いことで有名であるが、それも相手が特殊犯罪者の場合に限る。罪を犯してない人に対しては危害は加えない。
となると最終的に残るのは坂上1人。
陸中さんの狙いは坂上と言うことになる。
坂上の身に何が起こるのかはわからないが、自業自得であろう。
彼は犯罪者で陸中さんは警察であり執行者だ。
そこに僕なんぞが口を挟む余地などない。
だからこその肯定。
自分の大切なものと自分の周囲が守られれば僕はそれでいい。
僕は勇者などではないから。
全てを助け、守り抜くことなどできないから。
「取引成立だな」
陸中さんはいつもの無表情の笑顔でそう言った。
その時――
バリィンッ
と何かが砕ける音がした。
ハッとしてそちらに目を向けると、少女を抱え込んだまま坂上が窓のガラスを破って走り去る瞬間だった。
僕と陸中さんが話し、視線が外れている隙をついて逃げ出したのだろう。
「アイツ!」
思わず坂上を追おうとサトネと共に駆けだそうとする。
しかし――
「何もするな、と言ったはずだぞ岩神タツヤ」
背後から聞こえた言葉が底冷えした声音でもって体を貫き地面へと足を縫い付ける。
「けど……!」
「黙れ、反故にするつもりなら勝手にしろ。私もそのように動かせてもらう」
「ッ! わかりました」
慌てて答える。
突然の逃走に驚いてしまったが、そもそもこちらには陸中リクがいるのだ。
逃げてもすぐに捕まえられるはず……。
しかし、陸中さんは走り去る坂上の背中をチラッと一瞥しただけで興味が無くなったように視線を外した。
そうこうしている内に坂上たちの背中は小さくなり、見えなくなってしまった。
「陸中さん! 坂上が逃げてしまいましたよ」
「構わない。あんな雑魚はどうでもいい」
僕の焦った言葉に返ってきたのは無慈悲な言葉。
答えた陸中さんは僕に視線を向ける事さえなく、まっすぐに師里さんと東堂さんの元へと歩みを進め始める。
そこに至り、僕の中にある考えが浮かぶ。
陸中さんの目的が坂上では無かったという可能性。
その場合師里さんと東堂さんのどちらの方が可能性があるか、考えるまでもなく能力者である師里さんの方であろう。
「君が師里レイさんだね? 私は特殊安全警察局局長の陸中リクだ、よろしく」
その考えに行きつくと同時に、2人の目の前に立った陸中さんがそう言い、師里さんに向かって手を伸ばす。
握手のための手だ。何も問題は無い。
本当にそうか? あいては顔色一つ変えずに人を殺す人間だぞ。
ただの挨拶じゃないか、何も心配することはない。
ならなぜわざわざ僕達に「何もするな」なんて言ったんだ、何かするからじゃないのか?
――邪魔をしたら今度こそ本当に敵対することになるぞ。
それでも恩人の妹を見殺しにするよりもいい。
だがそうした場合僕一人だけじゃなくてサトネや他の子達も巻き込むことに――
頭の中で一瞬で様々な考えが駆け巡る。
動くか、動かないか。
その間にもドンドンと陸中の手は師里さんに伸ばされていき、遂に――
「俺の妹に触るんじゃねぇ」
廃ビルに1つの声が響いた。
決して大きな声ではないが、力強く、聞くものに勇気を与える声。
いつの間にそこに現れたのか、陸中さんと師里さんの間に1人の男が立っていた。
その人が伸ばされていた陸中さんの手をギリッと空中で掴み止める。
漆黒のスーツは薄暗闇にまぎれ、首元の真っ赤なネクタイだけが廃ビルの中でも目立っている。
その人は僕の恩人にして、師里さんの兄、師里アキラさんだった。
アキラさんは力強く、陸中さんをまっすぐ睨み付けていた。
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(次回は金曜日~日曜日に更新予定です。水曜日から金曜日にかけて用事が入っているので更新が遅れてしまいます。スイマセン)




