サイッテ―だこのゴースト
<師里レイ>
「さて、それでは行きましょう。レイ」
お昼休みに入り、お弁当を机の上に出しているとヒトミが声をかけてきた。
「いやいや、お昼ご飯は?」
「そんなものは後です」
「そんなものって……」
「学校側が駆除を依頼したらしいので、一刻の猶予もないんです!」
「あぁ、そう言うことね」
「わかってくれましたか!」
「ハイハイ、わかりましたよ」
アンタが特災関係で言い出したらきかないことはわかってるよ。
溜息をつきつつ、私はお弁当を鞄に戻した。
☆★☆
「で、どこに行くのよ?」
廊下の先を歩くヒトミに問いかける。
その問いにヒトミは振り返りもせずに答えた。
「どこって、特殊災害がどこで起こってるかも知らないんですの?」
「特災って言っても確かDランクでしょ。人間に害の無いレベルだしみんな気にしてないから、知ってる人の方が少ないって」
「はぁ、嘆かわしい。危機意識が足りなすぎますね。能力者の方々の活躍もあって特災による被害は少ないと言っても、特災は文字通り災害だというのに」
「アンタがそれを言うか。この前Aランク特災に野次馬しに行って補導されたの忘れてないわよ」
「ケルベロスの出現ですよ! あれを直に見ないでどうするというのです! あぁ、あの地獄の業火をまき散らす様は最高でしたわ!」
「いや、地獄の業火って……そんなの見に行っている人に注意されたくないっての」
恍惚といった表情でその時の光景を思い出しているヒトミには聞こえていないだろうけどさ。
……そういえば、あの日はアイツも珍しく疲れた様子で帰ってきたっけ。
「レイ?」
「べ、別になんでもないっての!」
足を止めていた私の顔を覗き込むヒトミに驚く。
あぁもう。
いきなり美人の顔が近くに来ると驚くっての。
同性でもドキドキしちゃうだろ。
「何でもないのなら急ぎましょうか、あまり遅くなるとお昼ご飯を食べる時間が無くなってしまいますよ」
そう言って、覗き込んだ拍子に顔へと垂れた髪を耳へと掛ける。
こういう色っぽい仕草が様になるし、自然とできるんだよなコイツ。
中身さえもっとマトモならモテるだろうに、天は二物を与えないらしい。
「ハイハイ。急ごう、お昼ごはん食いっぱぐれたくないし」
私は残念美人な友達のあとを追いかけた。
結局目的地がどこなのか訊き忘れたままだった。
☆★☆
「で? ここなわけ」
「そうです、ここです」
ヒトミに連れられてきたのは体育館。
その隅に設けられた女子更衣室だった。
私達の目の前の扉には『特殊災害発生中 立ち入り禁止』という張り紙が貼ってある。
確かに、間違いなさそうだ。
「でもなんだってここなんだろう?」
「どういう意味です?」
「いや、だってここ今ほとんど使われてないよね。みんな部室棟の更衣室使ってるじゃない」
そう、この更衣室は現在使われていない。
数年前に体育館近くに部室棟が建てられたのだが、そこに大きく清潔な更衣室が作られたからだ。
やはり女子としては古臭い更衣室よりは新しく清潔な更衣室がいいのは当然。
体育館に近く、それ程移動距離に差がなかったというのも理由の一つだろう。
そんなわけで体育館の更衣室は使われていない状況にあるのだ。
まぁ、だからこそこんな張り紙一枚で放置していられたんだろうとは思うけどね。
だって実害ないし。
「さぁ、特災の出現に法則などないと言われていますからね。『偶然』と言っていいんではないですか」
「うーん、何か釈然としないな」
何が、とは言えない。
言えないけど、なんだか漠然とした嫌な感じがした。
第六感とかそこらへんがうずくような……。
「では入ってみましょうか」
「あ、ちょっ、ヒトミ!」
このお嬢様には躊躇というものはないのか。
張り紙など意にも介さず、古く錆びついた鉄扉を開く。
瞬間。
中から半透明の人影が飛び出してきた。
「女の子じゃぁぁあ!」
そんなことを叫びながら。
私は自分の直感に従うべきだったと心底後悔した。
☆★☆
「では貴方は死者――ゴースト――ということで間違いないんですのね?」
ヒトミの持っていたある能力者謹製の対特殊災害防御用護符で飛び出してきたゴーストを部屋へと押し戻すのと同時に、私達は更衣室へと突入した。
いや、正確には私の場合は違うけど。
飛び出してきたゴーストに驚いて逃げ出そうとしたら、ヒトミに腕を掴まれて無理矢理引っ張られたわけだから。
でもなんなのこのお嬢様は。
扉を開けて1秒にも満たない時間で突っ込んできたゴースト相手に咄嗟に対処できるって。
しかも右手で護符を取り出すのと同時に、逃げようとした私を左手で掴むとか。
これが数多くの特殊災害に野次馬しに行った実力か……。
ちょっと甘く見過ぎていたみたい。
さて、話を戻して今私達が何をしていたかというとだが……。
「せやな、ザッと30年はこの更衣室にいるな」
「30年!? ということは、この世界が魔力に満ちる前から存在していたということですか!?」
「そう言うことになるな」
「これは大発見ですよ! 特殊災害は現化しただけであって、存在自体は以前からしていたとは……!」
うん、私の友達が半透明で白装束を着たおっちゃんに向かって次々とインタビューしては自分で驚いている。
「なんだこの状況!」
思わず声が出た。
でも仕方ないだろう、部屋へと押し入ったヒトミは自己紹介を済ませるとまず
「まず初めに、私達には一定以上近寄らないでいただきます」
そう宣言した後
「それではいくつかお聞きしたいことがあります!」
と言ってゴーストのおっちゃんと差し向かいで話し込んでしまったのだから。
その前にも後にも私へのフォロー何にもなし。
……私ってここにいる意味ある?
何の状況説明もされないし、声出したって仕方ないだろ。
「ちょっとレイ、うるさいですよ。見つかったらどうするんです、静かにしていてください」
しかしそんな私に友達は冷たい言葉を投げてきた。
「おいおい、顔のキッツいネェちゃん。こっちのネェちゃんおもろいな! ひっさしぶりやで、こないに喋ったの」
「あっそ」
「なんや、キッツいネェちゃんは素っ気ないの~。そんなんじゃモテへんぞ、カッカッ!」
「余計なお世話! 早く成仏しろ!」
「ちょ、余計なこと言わないでくださいレイ! 本当に成仏したらどうするんですか、彼にはまだ訊きたいことが山ほどあるのに」
「大丈夫やでオッパイのおっきいネェちゃん、ワイはちょっとやそっとじゃ成仏せんからな。あ! でもその立派なオッパイ触らせてもろたら成仏してまうやもしれんな!」
「あら、それじゃ触らせてあげることはできませんね」
「あぁー、ウソウソウソやで! 成仏せぇへんから触らせて―な」
「……サイッテー」
「なんや、キッツいネェちゃん。ペチャパイだからって拗ねんなや、ワイはペチャパイも好きやで。なんなら揉んで大きくしたろか?」
両手をワキワキと動かして立ち上がるゴースト。
だが――
「動かないで!」
下品な手つきで私に近づこうとしたゴーストを鋭い声でヒトミが制した。
右手にはいつの間にか取り出した護符が握られており、それをゴーストに突きつけている。
そこには先程までの和やかな雰囲気などまるでなかった。
「最初に言ったはずです『私達に近寄るな』と」
「……そやったな、すまん」
「いえ、わかってくれれば良いのです。では次の質問ですが……」
そうして先程と同じように質問を続けるヒトミ。
そんなヒトミを見て、私は彼女への認識を改める。
ここに来る途中にヒトミは私や他の生徒を「危機意識が足りない」と指摘したが、その時、私は彼女の方こそ危機意識がないと思った。
自分から特災に突っ込んでいくような彼女の方が危機意識が足りないと、そう思った。
だがそれは逆だったんだ。
ヒトミは特災に間近で接するからこそ、その危険さをマトモに特災を見たこともない私達よりもよく理解している。
だからこそ護符なんてものを準備して咄嗟の事にも対応できたんだ。
今も、向かい合って話していても警戒は怠っていない。
たとえ相手がDランク、危険度最低ランクだとしても気を抜かないのだ。
純粋にすごいと思う。
ここまで本気になれるなんて。
「でもホンマ嬉しーわ、ここ数年ほとんど女の子来ぃへんかったからな」
「それは、新しく部活棟の更衣室が出来たからですね」
「アチャー、新しく更衣室出来てたんか。なら来ないのも当然やな」
「ていうかアンタ、こんなとこにいるってことはずっと覗いてたって事? 30年間も」
「せやで」
サイッテ―だこのゴースト。
「でもそれなら、部室棟に見に来ればよかったのでは?」
「いや、それがワイはここから動けんのや」
「地縛タイプ……ということですかね」
「まぁどうでもいいけどね。どうせもうすぐ駆除されるんだし」
「は? 駆除?」
「ちょっ! レイ!」
「別に言っても言わなくても一緒でしょ、結果は変わらないし。確かに会話ができたり、やってることっが覗きだけだったりとか想像してたのと違ったけど、こいつは特災なんだよ」
「さっきから言ってるトクサイってのはなんや?」
「……特殊災害の略称です。貴方は現在の基準では『災害』ということになるんです」
「はぁ!? ワイが災害やと? 悪い事なんぞ一個もしとらんのに!」
「覗きしてたじゃんこの変態」
「せやかてそれは……ハッ!」
何かに思い至ったように驚きの表情を浮かべるゴースト。
「ちょい待ち、嬢ちゃん達なんでワイが見えるんや? 見える人なんか?」
「いえ、貴方が変わったのです。何が原因かはわかりませんが、貴方はただの幽霊から特殊災害のゴーストに変化しました。大量の魔力をその身に取り込んだ貴方は存在が確立され、その結果万人が知覚できる存在になったんです」
「難しいことはよぅわからんけど、つまり何か、今のワイは誰にでも見えるってことかいな?」
「はい」
「そんな……ウソや、ウソやぁぁぁぁ! ウォォォォ!」
瞬間、ゴーストは膝をつき、うな垂れて滂沱の如く涙を流し始めた。
「「え!?」」
突然の事に私とヒトミが声を上げる。
「ちょ、大丈夫?」
思わずゴーストに駆け寄る。
しかし、それは間違いだった。
「レイ、待って!」
後ろから掛けられたヒトミの声が届いた時には遅かった。
「ウォォォ! 姿が見えたらワイの生き甲斐がぁぁぁ!」
そんな馬鹿なことを叫びながら、俊敏な動きで私に抱き着いてくるゴースト。
咄嗟の事で防ぐこともできずに捕まってしまう。
そしてゴーストは、そのまま私の胸に顔をグリグリと埋めてきて――
「……ハァ、堅いのぅ」
私は思いっきり右拳でゴーストの顔面をぶっ叩き、吹き飛ばす。
瞬間。
ドクン
と何かが体を駆け抜けた。
そして
[GYAROROROROROOOOOOOOOOOO!]
今まで普通に話していたゴーストが、正しく『特殊な災害』だったということを思い出した。
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