俺の妹に何してやがんだ!
<師里レイ>
「ちょ、何が起こったの!?」
ヒトミの脇へと戻りながら問いかける。
先程までの理性ある様子ではなく、どこか獣じみた様子を見せるゴーストはどう見ても普通じゃない。
「……わかりません、今何が起こったのか全く」
特災オタクのヒトミにも何が起こったのかわからないのか。
今一度しっかりとゴーストを見やる。
姿形は変わっていない。
しかしその目は焦点を失って見開かれ、口を大きく開けて声とは思えない不協和音を垂れ流す。
一見して異常事態だとわかる。
そして何より――
「この黒いの、なに?」
目の前のゴーストの体から黒いモヤのようなものが溢れだし、室内を埋め尽くしている。
しかもそのモヤは扉の隙間から室外へとも漏れているようだった。
先程までこんな物なかったのに。
「え? 黒いの? 何が見えているんですのレイ」
「だから、アイツの体から溢れている黒いモヤ……見えないの?」
「……残念ながら。ですが黒いモヤだというのなら、多分それは『魔力』だと思います」
「『魔力』?」
「レイ、貴女は能力者だったんですの?」
「え? ち、ちがうっての! 何言ってんの!?」
「ならばなぜ魔力が……」
しかし、ヒトミの言葉はそこで途切れた。
ドン
とものすごい速さで突っ込んできたゴーストに応戦したからだ。
ヒトミが右手でかざした護符が作った結界とゴーストとがぶつかり、バリバリと激しい音が空間に響き、閃光が室内を奔った。
[GYYYYYY!]
短く吠え、展開された結界に四肢の全てを使って獣のように力づくで取りつき、爪を突き立てるゴースト。
そして数秒。
破られるかもしれないという恐怖から長く長く感じた数秒が過ぎる。
[WRYUUU!]
結界を無理矢理に破ろうともがいていたゴーストだったが、結界の斥力に耐えきれず弾かれ、数メートルほど吹き飛ばされて壁際のロッカーに突っ込む。
「……ビックリした」
「えぇ、本当に」
「でも護符があれば何とか――」
「……いえ、残念ですが無理そうです」
そう言って振った右手を振るヒトミ。
そこには――
「護符が!?」
「えぇ、まさか一発でダメになるとは思いませんでした。Cランク相手にも耐えられるということで、中々に高価だったのですが」
護符はボロボロに破れ、使い物にならないことは明白だった。
「レイ、ゆっくりと出口に向かってください」
「え?」
「一刻も早く逃げます。護符を破られたことからも、明らかにDランクの力ではありません。何が起こったのかわかりませんが、距離を取らねば危険すぎます」
「わ、わかった」
「ですがゆっくりですよ。視線は外さず、逃げようとしているのを気取られてはいけません」
私は特災については素人だ。
ヒトミも素人ではあるが知識と経験は私の比ではない、その彼女が言ってることは正しいのだろう。
そして私達はゴーストからジリジリと距離を取り始め――
[GYURURURURURURURURUOOOOOOOOOO!]
しかしそれは、ロッカーを弾き飛ばしながら立ち上がったゴーストの突然の咆哮で止められる。
不快すぎる上に大音量のその咆哮に、思わず動きが止まり身がすくむ。
その好機をゴーストは見逃さなかった。
[GYARYYYY!]
吠え、右手をこちらに向けた。
その右手は人体構造などまったく無視して、グングンと私たちに向かって伸び始める。
しかも伸びている途中でそれは2本に分かれ、まるで触手の様にグネグネと動きはじめた。
そうして2本に分かれたそれらは素早い動きで、それぞれ私とヒトミを巻き取る。
「ちょっ! 触るなっての!」
拘束を解こうともがくが、ひんやりとした感触のそれは力強く締め付けてきてびくともしない。
そうして自由を奪われたまま、私達は宙へと持ち上げられた。
天井近くまで釣り上げられ、床が遠くに見える。
そんな状況で隣のヒトミが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「レイ、まさかこんなことになるなんて。本当にゴメンなさい」
「ちょっと謝らないでよ、縁起でもない!」
なぜかすでにあきらめた様子のヒトミへと怒鳴る。
「ですが、ここに私たちが来ていると知っている方はおりませんし、これほどまでに強力な特災は簡単には駆除できません。最悪の事態も考えておいた方がいいでしょう」
「ッ!」
確かにヒトミの言うとおりだ。
私達は誰にも言わずにここへとやってきた。
つまりこのような事態になっていることに気付けるものがいないということに他ならない。
また、運よく既に能力者がやってきておりこの異常事態に気付けたとしても、明らかにDランクなどではない様子の特災相手では、Dランクの駆除だと思ってきたはずの能力者で対処できるかどうか。
まさに最悪の状況。
ヒトミの言うとおりに最悪の状況を考えていた方がいいだろう。
でも正論だからと言って納得できるわけではない!
「でも簡単に諦めてるんじゃない! 最後まで諦めたらだめだっての!」
「あ、いえ。別に諦めてるわけではなくて、このまま食べられたりしたら私も特災の一部になれるかなと……」
この娘はホンットーにブレないな!
よくこの状況でそんな事考えられる。
思わず状況も忘れて呆れる。
だが、嫌でも現状を思い出させる動きをゴーストが起こす。
この状況に拍車を掛けるように私達を縛り上げたのとは逆の手をヒュッと振った。
するとその手はまるで馬上槍の様に鋭く尖り始める。
ゴーストはその槍のようになった左手を、宙に浮かぶ私へと向けた。
死。
その言葉が脳裏をよぎる。
漏れ出す魔力で真っ暗におおわれた室内の中、ただ一人立つ白いゴーストはまさに死の体現者の様に思える。
しかも、それは現実に今差し迫った死の脅威だ。
あんなもので刺されたらいくらなんでも生きていられないだろうから。
あぁ、チクショウ。
こんなとこで終わり?
死が間近に迫った状況。
そんな中で頭に思い浮かんだのは友達でも、死んだ両親でもなく、現在のただ一人の肉親だった。
グータラで怠け者な9つ上の兄。
イヤダ。
死にたくない。
視界が涙で滲み、今更になって襲ってきた恐怖でガチガチと歯が鳴る。
だが決して目はつぶらない。
強く、強く、ゴーストを睨みつける。
今私に出来ることはこれだけだから……。
あぁ、クソ。
でもなんだってこんな時に浮かぶのはアイツ何だよ。
いや、こんな時だからかな。
だって……だって私はまだアイツに言ってないことがたくさんあるんだ。
なんで中学生の私を置いて消えたのか。
なんで何も話してくれないのか。
なんで。
なんで。
なんで、今ここにいないんだよ――
「このクソ兄貴ぃぃぃぃ!」
ガゴギャギャ!
そう私が叫ぶと同時に、閉じていた鉄製の扉が耳障りな金属音を立て”く”の字に折れ曲がって吹き飛んだ。
扉は一直線に室内を横切って、今にも槍を伸ばそうとしていたゴーストへとぶち当たり、その勢いを消すことなくゴーストを巻き込んだまま突き進み壁と扉とでサンドイッチにする。
そうして扉がなくなり魔力に覆われ真っ黒だった室内に光が差し込む。
しかしその光、ただの光ではなかった。
その光が当たると同時に、真っ暗だった室内が照らされていく。
いや、言葉が足りなかった――
室内を埋めつくしていた黒い魔力を光の粒子へと変えて照らしていく。
温かく、どこか安心感を与える優しい光だった。
その不思議な光がなんなのか。
その答えはすぐに出た。
破壊された入口から光り輝く人影が飛び込んできたから。
途端、先ほどの比ではない光量が室内を埋めた。
クラっとするほどの光に目が眩みかけ、目を細める。
細めた視界ではその人影をハッキリと捉える事が出来ない。
ただものすごい速さで動き、一瞬で私達を縛っていた触手を断ち切ったことはわかった。
触手は切られた端から宙へと溶け、私はフワッと一瞬の浮遊感を感じた後2メートルほどの高さに投げ出される。
「うわっ!」
床に当たる!
と思い力を込めて衝撃に備える。
しかし予想していた衝撃は来ず、代わりに――
ポスッ
と力強く何かに抱え込まれた。
肩と足に腕の感触を感じる。
つまりお姫様抱っこ。
私をお姫様抱っこの形で、その両腕に受け止めたその人の胸元では赤いネクタイが翻る。
横を見ると同じように落ちたヒトミが、見覚えのある同年代らしき髪の長い少女に抱えられていた。
そこに至り、私を抱えた人影が口を開く。
「俺の妹に何してやがんだ! このクソゴーストが!」
その聞き慣れた声で人影の正体が分かる。
あぁ、クソ、なんだってコイツがここにいるんだ。
なんで助けてくれるんだよ。
師里アキラ。
私のたった一人の肉親の――
クソ兄貴だった。
「覚悟、出来てんだろうな!」
その男が眩しいほどの光をまき散らしながら、壁へと叩き付けられたゴーストを睨みつける。
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