表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/93

忘れてた、メンゴ!

「……大変な物、預けられちゃったわね」


 夕日が照らす長い長い石段を下りながら、隣を歩く写楽しゃらくさんが口を開いた。


「……そうですね、まさか天叢雲剣あめのむらくものつるぎとは……」


 それに写楽さんとは反対側を歩くヒトミが応える。

 2人ともあまりのことに流石に驚いているようだ。

 ――私ほどではないけど。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 神話や特災に対して全く知識を持たない私ですら知っている伝説の武器だ。

 日本の成り立ちを語る上でも外せないものだろう。

 でも、私の知識ではどこかの神社に祀られていたと思うんだけど。

 それをサクヤ様に訊いたら――



「やぁねぇ~、こんなの危なっかしくて人間に任せらんないわよ〜。あれはレ・プ・リ・カ」



 と、笑いながら教えられた。

 ひょんなことから、一市民に過ぎないはずの私が、この国の大きな秘密の1つを知ってしまった瞬間だった。


 そんな伝説がこの手の中にあるのだ。

 このプレッシャー、想像できる?

 もう半端ないから、ホント。


「というわけだから頑張って、レイちゃん」


「くれぐれも丁重に扱うのよ、日本の宝だからね」


「アンタ達、人事だと思って気軽に言ってない?」


 両側からかけられる軽い応援に涙が出てくるわ、チクショウ!

 アンタ達も持ってみればいいんだ!


「そんな、気軽になんて言ってないわ!

 このお義姉ちゃん(・・・・・・)がしっかりサポートするから安心して」


 ポヨン とその豊満な胸を拳で叩く写楽さん。

 力強く胸を叩いたつもりなんだろうが、傍から見ると無駄に胸を揺らしただけだ。


 ――あてつけか?


 いやいや、写楽さんはそんな人じゃないよな、うん。


「心強い言葉をありがとうございます。

 ……でも『おねえちゃん』の発音おかしくなかったですか?」


 黒い考えを頭を振って消し、当たり障りのない受け答えをする。

 それでも流石に『おねえちゃん』の発音は気になったので突っ込んだが。

 その問いに ニッコリ と笑顔を浮かべただけで答える写楽さん。

 なんだか怖いんですけど、その笑顔。


「……はぁ~」


 ため息をつく。

 とんだ厄介ごとに巻き込まれたもんだ、私も。



 そうこうしている内に長い階段を下り終わった。



「うーん、この階段だけがめんどくさいのよね~ここ」


 頬に手を当てて艶めかしく息を吐きながら愚痴る写楽さん。


「確かに長すぎますもんね」


 それに同調して答えるヒトミ。


「でも、こういう所だからこそ『THE 神社』みたいな感じがしない?」


 私も会話に加わり、談笑しつつ出入り口である鳥居をくぐった瞬間――



「危ないッ!」



 そんな声が響き、私は突如真後ろへと引っ張られた。


「グェッ!」


 制服の後ろ襟を掴まれ強引に引っ張られたため、首が締まる。

 体勢が崩れ、そのまま石畳に ドスン と尻餅をついてしまった。


「ゲッホゲッホ! い、いったい何?」


 咳き込みながら何事かと前を見る。




 そこにあったのは(あぎと)




 真っ赤な口内に白く鋭い牙が ズラッ と並んでいる。

 上顎には特に鋭い牙が2つ。

 顎の中心では先端が二又に分かれた細い舌が チロチロ と動いている。

 それが私の目の前で――



 バクンッ



 と音を立てて閉じる。

 幸いその顎は空を切ったが、もしも噛まれていればタダでは済まなかっただろう。


 顎が閉じられたことで、攻撃を仕掛けてきた者と目が合う。

 鬼灯の様に真っ赤な瞳。

 滑らかな光沢を放つ白い鱗は体全体を覆っている。

 その体には手や足は無く、体をくねらせながら動く。


「ヘ……ビ?」


 口から自然と言葉が漏れる。

 そう、目の前にいたのは真っ白い蛇だった。

 しかしその体は通常目にするような大きさではなく、動物園などでしかお目にかかれないような巨大さだ。

 まるで丸太の様な太さだ。


 その蛇は鳥居の内側へは入ってこず、私達が出てくるのを待ち構えるかのように鳥居の外側を ウネウネ と体を動かして徘徊し始めた。

 生理的嫌悪感が肌を泡立たせる。


「ちょちょちょ! あ、あ、あれいったい何なんですか!?」


 私を後ろへと引っ張り助けてくれた写楽さんに慌てながら尋ねる。


「うーん、結構高位の特災ね。特災と言うよりは神様たちに近いかもしれない」


 既に額当てを取った写楽さんが、額の第三の眼で白蛇を観察する。


「神!? ヘビですよ!?」


「レイ、日本には蛇神信仰というものがあって、蛇は神に祭り上げられることも少なくなかったのよ。目の前の蛇が蛇神であったとしても不思議はないわ」


「今は薀蓄(うんちく)はいいから! 冷静すぎんでしょアンタ!

 てかヘビガミだか何だか知らないけど、いきなり襲われる理由なんてないっての!」



『ほぅ、理由が無いと申すか?』



 私がそう言った途端、頭に響くような低い男の声が聞こえてきた。


「え、だ、だれ!?」


『目の前におるだろう、私だ』


 目の前に視線を向けると、声に合わせたタイミングで白蛇が鎌首をもたげた。

 その赤い瞳は真っ直ぐ私を見据えている。


「しゃ、喋ったぁぁぁ!」


『そこの小娘が言っただろう、私は神じゃ。人の言葉を話すなど造作もない』


 いや、でも喋る蛇にあったのは初めてなんだよ。

 普通驚くでしょう。


 しかし、その赤い視線は サッ と遮られ見えなくなる。


「蛇神様、ですがいきなり襲い掛かってくるなどあまりにも無礼ではないですか?

 一体どのような意図があってそのようなことをなさったのです?」


 私を庇うように前に出てくれた写楽さんが自らの体で視線を遮り、蛇と対峙する。


『どのような意図? 白々しいな人間、我らが神の半身をその手に握っているではないか人間の分際で! 理由などそれで十分であろう!

 それは本来我らのものだ! 神のものでも、ましてや貴様ら人間のものでもない!』


 蛇が言い終わると同時に――


 わらわら

   わらわら

     わらわら

   わらわら

 わらわら 

   わらわら 

     わらわら

       わらわら

         わらわら

       わらわら


 と境内の外、視界の至る所から白い蛇が湧いて出てきた。

 大きさは普段目にするものと同じくらいだが、数が尋常ではない。


 排水溝の隙間。

 マンホールの蓋。

 民家の石垣の割れ目。


 正にどこからでも湧いて出てきた。

 ドンドンと。 

 ドンドンと。


 数秒で視界が真っ白に染まる。

 勿論、蛇の色だ。

 その中央で、先程の大蛇がトグロを巻きこちらを見据える。


『その(つるぎ)を渡せ、さすれば命は助けよう』


「……渡さなかったら?」


 強気な口調で答える写楽さん。

 しかしその額を ツー と一筋の汗が流れた。

 当然だ、まだ魔力を感じることに不慣れな私でさえ感じることのできる魔力がこの一帯に充満している。


『愚かな選択をしたと後悔することになるだろうな』


 大蛇は ニヤァ といやらしく口角を上げる。

 ヘビでも表情ってわかるもんなんだな~と漠然と思った。



 その時――



『あぁ~、もしもしレイちゃん、アイちゃん、ヒトミちゃん? 聞こえてる~?』


 空から聞き覚えのある声が降ってきた。


「サクヤ様!」


「い、今大変なんです!」


「助けてください!」


『コノハナノサクヤヒメか、面倒な……』


 この街の土地神の登場に私達3人は歓喜の声を、大蛇は忌々しげな声を吐く。


 やった、これで何とかなる。


 そう思ったのだが――


『あ、でもこれ一方通行だからいくら返事してもこっちには聞こえないからね、アッハッハッハ!』


 何がおかしいのか爆笑が響く。

 この陽気すぎる声、まだ酔っ払ってるなこの人……。

 助けが来たかと思ってはしゃいだのが恥ずかしい。


『とりあえずさっき言い忘れてたことが1つあるから伝えるね~。実は――』


 そこで言葉を切るサクヤ様。

 この場の皆が次の言葉を固唾を飲んで待つ。




『実はその剣、蛇の呪いがかかってるんだった。忘れてた、メンゴ! 何とか乗り切ってちょうだい、じゃあね!』




 早口で言い切ると、それっきり声は聞こえなくなった。



 その場を静寂が占めた。

 誰も喋らず、動かない。

 先程の言葉に呆気にとられているのか、はたまた絶望しているのか。



「……ふ」


 そんな中、静寂を破ったのは私だった。

 別に喋ろうと思ったわけではない、自然と口をついて言葉が漏れだしてしまったのだ。

 そして口火が切られるとあとは雪崩のように言葉が出てくる。




「ふざけんなぁぁぁ! そういうことは最初に言っておけこのダ女神(めがみ)ぃぃぃ!」




 夕闇に染まる空に向かって私は叫びをあげた。

感想・評価お待ちしています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ