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――人間舐めんな

 そこは〝特究〟の中でも特に警備の厳重な部屋だった。

 その部屋にに至るまでの通路には5種の結界が展開しており、強固な魔力的防御が施されていた。

 さらにそれだけでなく、分厚い特殊強化合金でつくられた隔壁も現在は降ろされている。

 魔力的、物理的ともに最大の防御策がとられている。


 一般的な学校の教室と同じくらいの広さのその部屋。

 その中央には、青白く光る水晶玉のようなもの――『蒼白月(ペイルムーン)』――が透明なガラスケースに入れられ、置かれていた。

 また、この部屋には廊下を照らし出している高出力ライトが、これでもかというほどに設置されている。

 目が潰れてしまいそうなほどの光量だ。


 そんな部屋の入り口が、唐突に開く。


 入り口にも侵入者排除用の結界が施されていたはずなのだが、そんなものなど無いかのようにアッサリと開く。

 そこから現れたのは『影』。

 まさしく、影がまるで立体的に立ち上がったかのような存在。

 起伏などまるでなく、真っ黒なシルエットだけ。

 ……そのシルエットはなぜだか忍者の様であったが。


 その『影』は室内の光量に一瞬フラつきながらも、真っ直ぐに部屋の中央へと進んでいく。

 部屋の中に仕掛けられていた結界も、存在しないかのようにすり抜けながら。

 そうして、難なくガラスケースに収められた『蒼白月(ペイルムーン)』の元に辿り着き、それに手を伸ばした。


 バチバチ


 とガラスケースの結界と『影』の手が触れあった場所から音が響き始める。

 一番強固に作られた結界には、流石に『影』であってもすり抜けることは不可能らしい。

 そこに――



 ドンッ



 部屋に一発の銃声(・・・)が響いた。

 同時に『影』は伸ばしていた手を引っ込める。

 次の瞬間、その手があった場所を弾丸が通過した。


「なるほど、ちゃんと結界は作動してるみたいだな。……でも師里(もろさと)達は何してんだよ。こんなとこまで敵が来てんじゃねぇか」


 そんな声が、部屋の隅から聞こえてくる。

 『影』がそちらに目を向けると、壁と同じ真白な布を片手に抱え、反対の手で拳銃を構えた男が立っていた。

 男は動きやすいストレッチの効いた細身のスーツを着ており、そのジャケットの下からは防弾チョッキが覗いている。

 そしてその顔には薄い色のサングラスを掛けていた。


「とりあえず、『蒼白月(それ)』から離れやがれ」


 特殊災害事件対策課所属の刑事、四十万(しじま)ジンは銃口を外さないままそう言った。



 ☆★☆



 やべぇな。


 凄まじい光に満たされている室内、その光量への対策として掛けたサングラス。

 そのサングラス越しに見える目の前の『影』から、右手に構えたグロック18(拳銃)の銃口を外さないまま、心の中で呟く。

 いざという場合に備えてこの部屋に潜んでいたのだが、まさか本当に来るとは。

 ……本当に俺に倒せるのか、人間を超えた特殊災害を。


[キサマ タダノ ニンゲンダナ]


「……それがどうした特災」


 心の中で葛藤していると、予想外に『影』が声を掛けてきた。



[ウセロ オマエニ カマッテイル ヒマハナイ]



 そう言い、『影』は俺が向ける銃口を無視して再度ガラスケースに手を伸ばし始める。


 聞き取りにくい変な発音だったが何とか聞き取れた。

 〝失せろ。お前に構っている暇はない〟か。


 ブチッ

 何かが頭の中で切れた音がする。


「舐めてんじゃねぇぞバケモンが!」


 手の中のグロック18。

 それのスライド左後方に付いているレバーを切り替える。

 セミオートからフルオートへ。


 引き金を引いた回数しか弾丸の発射されないセミオートから、引き金を引き続けている間は弾丸が発射され続けるフルオートへとだ。


 切り替えが終わると、すぐさま引き金を強く引く。引き続ける。


 ダダダダダッ


 と銃口からすさまじい速度で弾丸が発射され続ける。

 同時に俺の右腕を凄まじい反動が襲った。

 思わず持ち上がりそうになる右腕を、歯を食いしばって押さえつける。

 無理に狙いはつけない、これほどの物量だ。嫌でも当たる。

 しかし――


「なっ!?」


[ナニヲ オドロイテイル ワレワレニ キンダイヘイキ(近代兵器)ハ キカナイ

 サキホドハ トッサニ ヨケテシマッタ ダケダ]


 放たれた弾丸は確実に『影』の体を捉えた。

 しかしその体をすり抜け、反対側の壁に穴を開けてしまう。

 まるでダメージを与えることはできていない。


 脅威ではないと判断したのか『影』は俺を無視し、そのままガラスケースの結界に干渉し始める。

 バチバチ という音が再度響き、結界の光が弱まりはじめていく。

 破られてしまうのは時間の問題だというのが一目でわかる。

 けれども――



「バーカ、油断しすぎだ」



 小さく呟き、結界に干渉を始めて動きの止まった『影』に向かって銃口を向ける。

 しかしそれは右手のグロック18ではない。


 利き手の左手(・・・・・)で腰裏のホルスターから取り出したマテバ6ウニカ(俺の相棒)の銃口をだ。


 『影』の頭に向かって狙いをつけ、躊躇わずに引き金を引く。

 最初に感じていた不安などまるでない。

 このマテバ(相棒)を握った瞬間からそんなもの消え失せた。

 今はただ、目の前の敵を倒すだけ。

 そのことだけを考え、思考がクリアになっている。


 バァンッ


 先程よりも大きな銃声が鳴り、銃口から師里からもらった黄金の弾丸が飛び出す。


 師里からもらった黄金の弾丸。

 その威力はどれほどのものか。

 本当に特災に効くのか。

 半信半疑だがこれ以外は対抗手段などない。


 弾丸は金色の軌跡を引きながら一直線に『影』の頭部へと突き進む。


[ッ!]


 しかし、当たる直前で異変へと気づいたのか『影』は咄嗟に結界に干渉しているのとは反対の左手で頭部を庇った。



 キィンッ



 弾丸が『影』の庇った手に当たった瞬間、甲高い音が響く。

 そして、弾丸を中心に金色の波紋が宙に(はし)った。

 次の瞬間――


 パァンッ


 何かが破裂したような音を立てて『影』の左腕が肩の先から消滅してしまう。

 まるで世界から切り取られたかのように完璧に。


[ッ!?]


 息を呑んだ『影』は干渉をやめてすぐさま飛び退った。

 その間に俺は『影』と『蒼白月(ペイルムーン)』との間に走り込み、立ち塞がる。

 すぐさま銃口を向けるが、引き金は引かない。

 相手は特殊災害。

 人外の身体能力を持っているのだ、確実に当てられる状態じゃなければ避けられてしまう可能性が高い。

 だから狙いをつけるだけ。

 代わりに先ほど撃ち尽くしたグロック18のリロードを手早く済ませておく。


[イマ ナニヲシタ?]


「知るかよ、人間舐めんな」


 『影』の問いかけを跳ね除ける。


 俺だって何が起こったかなんてわかんねぇよ。

 ただ、この金色の弾丸の威力は本物だったみたいだ。

 これほどの威力の弾丸が残り5発。

 十分倒しきれるだろう。


 思わず口角が上がる。


[……ナルホド、ワカッタ]


 そんな俺に向かって、片腕になった『影』は言葉を返す。

 そして――



 ズズズッ



 と『影』の背後から延びていた影が形を変える。

 ウネウネ と動いた影は5本の触手へと姿を変え、立体的に地面から持ち上がる。


[テカゲン ナシダ コロス]


 なるほど、これが師里達が言っていた『影繰(かげくり)』か。

 聞いていたように影を操る能力みたいだな。

 光の多い場所では弱体化するとは言っていたが、それでも5本か……。

 左手の中のマテバのグリップをぎゅっと握る。


 触手は5本。

 金の弾丸も残り5発。

 本体を倒す分も含めると一発足りない。


 チッ、もっと師里から巻き上げとくんだったな。


 心の中で舌打ちして、悪態をつく。


「……ハンッ! 簡単に殺されてたまるかよ。さっきも言ったぜ?


 ――人間舐めんな」


 しかし、そんな心中は見せず『影』に向かって強がって見せる。


 〝心で負けたらそこで終わり〟


 尊敬する上司ゲンさんの言葉だ。



「来いよ人外。ハチの巣にしてやるぜ」



 その言葉を胸に、俺は強く引き金を引き絞った。

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