キリング・タイム
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壁に空いた穴をいくつかくぐり、辿り着いたのは広々とした空間だった。
「ふむ、ちゃんとここまで飛ばせた様じゃな」
「……ここは、どこですか?」
儂の独り言に ガラッ と瓦礫を退けながら立ち上がった仮面の女が問いかけてくる。
その様子は何枚もの壁を突き破ってきたとは思えないほどに無傷だった。
「なんじゃ、思ったより綺麗じゃの。結構本気で殴ったのじゃが。
あぁ、ここか? ココはただの試験場じゃよ。戦闘能力の、じゃがな」
そう、ここは戦闘力試験場。
大きめの体育館ほどの広さと高さを持つこの部屋では、能力者の戦闘力を測るために主に使われている場所で、比較的丈夫に作られている。
……先程儂が壁をぶち抜いてしまったが。
「ここならある程度暴れても構わん、昨日の再戦といこうではないか」
「お断りします、私は貴方に構っている暇などありません」
儂の問いに即座に答え、女は走り出す。
昨日も感じたが、この女の速度はかなり早い。
じゃが――
「そう急ぐこともあるまいて」
「ッ!」
女の眼前、進路を塞ぐようにして立ち塞がりそう告げると、女は驚いたように息を呑んだ。
何を驚いているのか。
昨日と同じ速度に対応できないとでも思われたのか。
やれやれ、甘く見られたものじゃ。
一度見た速度ならば対応くらいできるわい。
それに今回は壁に空いた穴に向かってくることがわかっていた。
来る場所さえわかっておれば、塞ぐことなど容易い。
「暫く付き合ってもらう、ぞっ!」
言葉の終わりと共に両の手を掌底に変えて打ち出す。
両手が女の腹部を捉え、大きく吹き飛ばした。
数メートルほどの距離を飛んだ女だったが上手く空中で姿勢を整え着地し、すぐさま立ち上がる。
「このような打撃で……ッ!」
澄ました様子で足を一歩踏み出す女。
しかし ガクッ と踏み出した足の膝が崩れるようにして折れ、地面に片膝を突いた。
仮面から除くその口元には驚きを浮かべていた。
「『このような打撃で』なんじゃ?」
儂はそんな様子を薄く笑いながら見下ろす。
「何が起きたかわからない、といった顔をしておるの」
「……」
図星を突かれたからか、途端に表情を消す女。
カカッ、まだまだ青いな。
仮面に隠れているとはいえ、ある程度の表情はわかる。
本当のことを言われ、表情を消してしまうのは肯定と同義だというのに。
表情を偽ることが出来て一人前じゃ。
「まぁ、隠すほどのことでもない。ただの発勁じゃよ。
体の内部に直接ダメージを与えただけのことじゃ、痛覚がないといってもさすがに足にキタようじゃな」
「発勁……ですか、なるほど。ですが私に痛覚がないとは?」
「惚けんでもええわい、お主は痛みを感じる場面でも表情を動かしておらんかったからの。明白じゃ」
そう、この女は確かに信じられないほどの防御力を持っている。
それは昨日の戦いでもわかっておった。
だがブリューナクに貫かれても平然としていたことで、この女の特性が防御力だけではないということにも察しがついた。
「鉄壁の防御力に加えて無痛覚。そりゃどんな攻撃でも受け止めることが出来るじゃろうて、その体が物理的に動かなくなるまではな。
それも、一日でここまで回復するのであれば大した問題ではないのじゃろうがな」
「ではどうします、昨日の槍を再び投げてみますか?
こんな建物の中で使えば被害は甚大ですし、何より――もう私には通用しませんよ」
ダメージから立ち直った女が、立ち上がりながらそう問いかけてくる。
「なんじゃ『影』の元に戻るのは諦めたのか?」
「どうせ貴女はそこを塞いだままなのでしょう? 無理矢理抜けても、後ろから追いかけられたのでは堪りませんからね。
少し、相手をさせていただきましょう」
「そうかそうか、やる気になってくれて何よりじゃ。なんせ……」
そこで言葉を区切り、サッ と手を振って儂は目の前に魔法陣を展開する。
目の前に展開された、黄緑色の直径1メートル程の丸い魔法陣に両手を突っ込む。
魔法陣の表面が水面のようにざわめく。
儂は突き込んだ先で手に馴染んだ武器の柄を掴み取り、一気に引き抜いた。
現れたのは抜身の大剣。
儂の背丈ほどもある禍々しい紅と黒に彩られている大剣。
血の様に真っ赤な刀身に黒いラインが血管の様にいくつも走っている。
ダーインスレイブ。
刻止めの魔剣。
儂のお気に入りの武器。
「コイツのリベンジも果たさねばならんからな」
その大剣を大きく振り、刃先を女へと向けて宣言する。
負けたままは、この剣と儂のプライドが許さんのじゃ。
☆★☆
「どおりゃぁぁぁ!」
先に仕掛けたのは儂じゃった。
ドンッ と『加速』の魔法陣を踏み抜いて一瞬で女に肉薄し、掬い上げるように下から上へとダーインスレイブを振るう。
しかし――
ガンッ
という音と共にその斬撃は、女の交差させた両腕――クロスアームブロックというんじゃったか――に阻まれる。
「……ふむ」
体を回転させ、その勢いで剣を引き戻しながら考える。
やはり一体どういうわけだか、時間停止が効いていないようじゃ。
痛覚がなかったとしても無効化できるものではないしな。
と、なると――
「……時間停止に対抗する防御結界を展開しておるのか?」
そうとなると、ダーインスレイブの優位点がまるで無くなる。
ただの巨大な剣だ。
「……じゃからといって諦めるわけにもいかんしな。
どれ、1つその防御が全身に敷かれているのか試してみるかの」
そう独り言ち、両手の中の大剣をしっかり握りこんで剣を引き戻した回転の勢いに乗り、さらに体を捻る。
さらに勢いがついたところで唐突に、儂は姿勢を地面につくほどまで深く下げた。
女からは儂が消えたかのように映ったことじゃろう。
儂は回転の勢いのまま、女の足元に向かって剣を振るう。
ゴウッ
と風を切って迫る剣に女が気付いたのは当たる寸前。
女の顔が焦りにゆがむのが仮面越しにでもわかった。
しかし、それでも女は反応して剣を避けるようにして飛び上がる。
紙一重。
正にその言葉通りの際どいタイミング。
だがその瞬間に儂の攻撃は空振り、女の回避は成功した。
「チッ、すばしっこいの」
「貴女こそよくもクルクルとよく回る」
儂は地面に近い位置から見上げ、女は飛び上がった位置から見下ろしながら言葉を交わす。
「ククッ、まだ終わらんて!」
見下ろす女を睨み付けながら告げる。
同時に、空振った勢いに流されそうになる剣を強引に腕力で止め、再び下から上へと向かう軌道で切り返した。
「……あの勢いを強引に止めるとは、でも――」
女は少し驚いたような表情を浮かべたが、次の瞬間には冷静に儂を見つめてくる。
否、儂の振るう剣の軌道を見ていた。
そして――
「ここですね」
下から上へと流れていく儂の剣。
それに ソッ と片手を添わせると、まるで柳のようにその斬撃を受け流し、逸らした。
柔よく剛を制す、という言葉があるが正にその通りの技。
剣は、儂の振るった勢いそのままに流され、体もそれに引っ張られていく。
反対に女は儂に密接するほどに近づいてきた。
「クッ!」
女から攻撃の意思を感じ取り、咄嗟に剣の柄から片手を外し『防御』の魔法陣を前面に展開させる。
次の瞬間には バンッ と女の拳が儂の魔法陣を強く叩いていた。
だがそこで終わり、女の拳は儂の魔法陣を突き破ることはなく止まる。
その間に儂は跳び退り、距離を開けた。
「……なるほどなるほど、お主は中々にアンバランスじゃな」
先程の攻防を分析しながら声をかける。
「防御や反応速度はすさまじいのに、攻撃力は全くと言って無いんじゃな。昨日も素手でしか攻撃してこんかったし、攻撃は不得手か?」
「……」
「だんまりか。まぁよい、先ほどの即席の『防御』も打ち破れんとは大したことないのじゃろう。
興が覚めた、早々にケリをつけさせてもらおう」
儂の攻撃を防御する相手、楽しめるかとも思ったが攻撃手段が乏しいのであれば手強い相手とは言い辛い。
それに、儂の攻撃を受け止めていたものも察しがついたしな。
「……勝手なことを言っておりますが、先ほどまで攻めあぐねていたと言うのに、そう簡単にケリをつけられるのですか?」
「なに、簡単じゃ。どうせお主はその〝両腕〟でしか儂のダーインスレイブを受け止められんのだろう」
その言葉に、女の表情が ギシリ と凍る。
「……はて、何のことやら」
「ハンッ、嘘をつくならもう少しポーカーフェイスを学べ。まるわかりじゃ」
「……」
儂の指摘に言葉を無くす女。
この女、儂のダーインスレイブを常に手か腕で受けておった。
大剣を生身で受けることも異常じゃが、儂のダーインスレイブはただの大剣ではない。
触れたものの時間を止める能力を持った大剣だ。
しかし、この女の腕は受け止めても時間停止を起こさなかった。
だが、足元を攻撃したときはどうだったか。
焦りを見せて飛び上がった。
他にも、常に女は手でダーインスレイブを受けるようにしていたではないか。
つまりそれが答え。
「ということでお主は〝詰み〟じゃ。タネの割れた手品ほどツマランものはない」
「……しかし、私の両腕が貴女の時間停止を防げることには変わりませんよ」
「なに、やりようなどいくらでもある。
例えばその腕を引き千切ってしまうとか、な」
その言葉に バッ と女が身構える。
「カカッ、安心せい。流石にそこまで酷いことはせんよ。
弱い者虐めをするつもりはないし、そもそも派手じゃない。
やはり最後は派手な大技で決めたいのでな。
じゃからまぁ、この技を食らえ」
言葉と共に、再度儂は『加速』の魔法陣を踏み抜く。
一瞬にして景色が流れ、女の懐に潜り込む。
先程と違うのは剣を右手で持ち、左手が自由なこと。
その自由な左手を握り拳にして、加速の勢いを乗せて女の腹へと向かって繰り出す。
女の眼はしっかりとその拳を追いかけているが、反応しない。
やはりダーインスレイブを警戒しているのだろう。
発勁があるとはいっても素手の攻撃は脅威にならないという判断か。
その判断は正しい。
正しいが、それは一般的な場合に限る。
この技はこの拳が始まりで、これを受けてしまえば逃れることが出来ないのじゃ。
「……悪いが、これで終わりじゃ」
ドンッ
と女の腹に拳が刺さる。
加速と魔力で強化された腕力。
その2つが合わさった拳は女の体を宙へと打ち上げる。
今回は発勁は使っていない。
必要ないからだ。
必要なのは、相手を宙に浮かばせることだけ。
「『キリング・タイム』!」
女を追って飛び上がって技名を叫び、同時に儂はダーインスレイブを振るう。
魔法陣で足場を作りながら、女の周囲の空間に向かって剣を振るう。
前後左右上下。
女を取り囲む六面体を作るように。
これは時の結界。
空間を斬り囲むことで、その空間の時を止める。
時間停止から身を守れようが関係ない。
周囲の空間ごと時間を止めているのじゃから。
中に閉じ込められたものは、周囲を取り囲んだ時間の止まった空間によって押し固められる。
これが儂のとっておき。
ダーインスレイブの奥の手。
「……まぁ、お主との戦いは良い〝暇つぶし〟にはなったよ――というのは少し格好つけすぎかの」
トン と着地し、空中に打ち上げられた格好のまま、剥製のごとく宙に縫い止められた女を見上げて儂はそう言葉を放った。
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