お母様の命令は絶対です
二日も空いてしまってすいませんでした。
郊外の教会が襲われるよりも少し前。
そことは異なる場所。
丁度街を挟んで正反対に位置す教会にも異変が起きていた。
始まりは爆発音だった。
ドォーン
という音と共に教会の裏手から火柱が上がる。
教会の周囲は小さな公園となっており、火の気などまるでない。
当然このような爆発など起こるはずがない、明らかな異常事態。
突然のことにその場にいた警官やサードアイの能力者がざわめきたつ。
その喧騒に飲み込まれなかったのは儂ら2人のみ。
まぁ、他の奴らには話しておらんかったしざわめくのも仕方ないとは思うがな。
「来たぞ!」
爆発音と同時に本部テントから飛び出す。
その勢いのまま爆発が起こった教会の裏手に向かう。
途中、周りの奴らがなにが起こったか尋ねてきおったが聞こえないフリをする。
説明する時間が惜しいし、着いてこられたら足手まといだ。
出来るだけ長く混乱しておいてくれた方が助かる。
「でもよくこんなこと考えつくよな、お前。
周り中に『爆発』の魔法陣仕込むとか」
隣を駆けるアヤが笑いながら声をかけてくる。
「仕方ないじゃろ、見つけ出すのメンドくさいんじゃから。
無理してそんなことするくらいなら、奴の侵入経路を全て潰してしまった方が楽じゃ」
そう、写楽のような感知系のエキスパートがいないこちらの班では侵入を察知することは難しいと思われた。
そこで取ったのがこの方法。
侵入経路を全て潰す。
という方法だ。
儂はこの小さな教会の敷地に侵入する経路の全てに罠を張り巡らした。
決して弱くない爆発を引き起こすものだ。
それを空間全体に展開しておいた。
なぜ防御結界でなくこんな攻撃的なものを設置したのかというと、常駐型の防御結界だと事前に察知されすり抜けられる可能性があったからだ。
その点、感知型の攻撃的なものならば常時発動させずに済み、隠蔽が出来る。
気付いた時には吹き飛ばされているといる寸法だ。
「見えた!」
隣のアヤの言葉で視線を前に向ける。
公園の一角で火柱が立ち上っていた。
しかし、肝心の敵の姿が見えない。
「逃げたかッ!?」
「いや、まだいる!」
儂の言葉をアヤが否定する。
それと同時にアヤはどこからか取り出した苦無を火柱の中心へと投げ放った。
ヒュッ
と小さく風を切りながら、殆ど無音で苦無は闇の中を飛ぶ。
そうしてそれが炎の中心に突きたつと思われたその寸前――
キンッ
という甲高い音と共に黒いなにかに苦無が弾かれ、あらぬ方向に飛んでいった。
「……なるほど、敢えて炎の中に潜むことで儂らの目を欺こうとしたのか」
「そういうこったな」
「だが良くわかったものじゃ」
「アレは一応オレの半身だからな、考えてることくらいわかるさ」
儂らがそんなことを話している間に、苦無を弾いた黒い人影は炎から飛び出し、その全貌を見せた。
その姿を見て、少しばかり驚く。
「確かにこんなにもお主と似た格好をしておれば、遠目に間違えてしまっても仕方ないかもしれぬな」
「だろだろ、めっちゃ似てんだよ」
「笑い事では無いわい」
笑いながら答えるアヤに厳しく返す。
それに言うほど似ていない。
確かにシルエットは忍者装束のときのアヤにそっくりだが、それ以外はまるでのっぺらぼうだ。
真っ黒い影が不恰好な人型を作っているようにしか見えない。
しかしこれが実際に技能も知識もアヤと同じなのならば相当な強敵だ。
魔力はそこまで無いにしても、アヤの強さは魔力に頼るような強さではないからコイツの手強さは変わらない。
その『影』が動きを見せた。
地面を這うほどに姿勢を低くして、儂らへと向かってくる。
その戦い方はまさしくアヤのもの。
通常、人はここまで姿勢を落とした者と戦ったことなどない。
だから超低位置からの攻撃というものに慣れていない。
これは相手に本来の力を出させないで倒す戦い方。
だが――
「それが本人にも効くとは思わないことだぜ!」
隣のアヤが迫りくる『影』のルート上に何かをばら撒いた。
[グ、グゥゥゥ!]
『影』は突然ばら撒かれたそれを踏み、痛みの声をあげる。
口がないのにどこから声を出してるのか、不思議には思う。
「何をしたんじゃアヤ?」
「ん? コレだよコレ、アキラ謹製〝特製マキビシ〟だぜ」
そういって見せてきたのは金色のマキビシ。
4方向に向かって尖ったそれは、地面に落ちた時も必ず棘が上を向くようになっている。
それが『影』に刺さったらしい。
「こんなものを作ってもらっておったのか」
「仕方ねーじゃん、今オレこういうのでもないと戦えないし」
ふて腐れたような表情を作るアヤ。
[ナゼ ジャマヲ スル……ドケ]
そんな儂達に影から声がかけられる。
「ほう、会話もできるのか」
まさか声をかけられるとは思わなかったので少し驚く。
「じゃが愚問じゃな。貴様が復活させようとしてるものに復活されるのは困るし、儂の友人の影も返してもらわねばならないのでな。退くことなどできんよ」
「そうだそうだ、影返せコラ!」
『影』からの問いかけに否定の言葉を返す。
[ナラバ ムリヤリニデモ トオル ノミ]
言葉と同時に『影』の足元から延びる影が グワッ と広がった。
それらは生き物のように蠢き、儂らへと迫ってくる。
「ッ! 避けろ!」
「わかっておるわい!」
儂とアヤはバラバラの方向へと飛び退る。
次の瞬間、先ほどまで儂らが立っていた場所を真っ黒な影が串刺しにした。
一本2メートルはあろうかという巨大な棘が一瞬にしていくつも出現したのだ。
「チッ、やはりアヤの『影繰』を使ってきおるか」
儂は次の攻撃が来る前に目の前に巨大な魔法陣を作り出し、そこに手を突っ込む。
そうして巨大な剣、ダーインスレイブを召喚する。
「どぉぉぉりゃ!」
迫ってきた影の刃をその大剣で切り払う。
時間を止められた影が粉々に砕け、風化して宙に消える。
[ナニッ]
ダーインスレイブは敵の予想を超えていたらしく、『影』から驚愕の声が漏れる。
当然だろう。
アヤの知識や技術を持っていようと、アヤと別れた後で作った技は知らないはずだ
ニヤリ と『影』に笑みを向けておく。
[クッ]
まんまとその挑発に乗り、儂に向けてほとんどの影を向かわせて来る。
儂はそれをダーインスレイブで防ぎつつ――
「今じゃアヤ!」
いつの間にか『影』の背後をとっていたアヤに声をかける。
「さて、返してもらおうかねオレの影を!」
その言葉に『影』が振り返るよりも早く、アヤは右手に持った苦無を『影』の首へと横一文字に振るった。
完璧な奇襲。
これは最初から決めていたことだった。
相手がアヤと同等の知識と技術ならば長期戦は危険だ。
奇襲による短期決戦。
これしかないという結論になった。
その目論見通りに事は進んだ。
想定よりも手ごたえがなかったのが少し違和感だったが……。
だが、確実に決まった。
そう思ったが――
キィンッ
という金属と金属がぶつかり合ったとき特有の甲高い音があたりに響く。
「なっ! テメー誰だ!?」
攻撃を受け止められたアヤが叫ぶ。
受け止めたのは妙齢の女性。
グラマラスな肢体を扇情的な青いドレスで包んだ女性はしかし、その顔をこれまた青いパピヨンマスクで隠しており、素顔はうかがえない。
その彼女が素手でアヤの苦無を受け止めていた。
「誰だ、と聞かれましても私も先ほど生まれたばかりでして名前はわからないのです」
「なに? お主は何を言っておるのじゃ」
女は意味の分からないことを口走る。
「そういわれましても、事実ですし。
お母様に先ほど産み出され、ここにいる『影』のお方をお助けするようにと言われただけなので」
[……ナニ?]
「ですので『影』のお方、どうぞお好きなようにしてください。この方たちに邪魔はさせないので」
そうしてチラッと、至近距離のアヤに視線を向ける。
瞬間 バッ とアヤは跳んで距離を開けた。
「どうしたのじゃ!?」
「いや、なんだか不気味な感じでよ。タダモンじゃねーぞあの女」
「タダモンじゃない、か。確かに得体が知れぬな」
突然の出現。
そしてアヤの攻撃を素手で防いだことと言い普通ではない。
しかし――
「だが、『ハイそうですか』と行かせるわけにもいかん」
「だな。オレ達を抑えられると思ってるならやって見せろよ」
儂達は突然現れた正体不明の女に向って構えをとる。
「お母様の命令は絶対です。ここは何としてでも抑えます」
突然の乱入者によって、状況は悪化したといわざるを得ない。
だが、こちらに現れたということは所長たちの方は大丈夫だということだ。
そのことだけは、安心できる点であった。
まさか、あちらにも攻撃が仕掛けられていることなどないだろうから。
ダーインスレイブは第31部分 「なら鞘が無ければ解決じゃな」に詳しい説明が書いています。
簡単に言うと触れたものの時を止めるスズの武器です。




