…………砂糖いっぱい入れて
2章最終話です。
「あの、お兄さんありがとうございました」
「気にすんなよ、俺がやりたくてやったことだしな」
おっちゃん達が去ったあと、皆から離れて俺に近づき礼を述べてきたモモにそう返す。
「それでも、助てもらったことに変わりはありませんから」
「そっか……なら、1つ頼みがあるんだけどいいか?」
「勿論、なんなりと」
「村に帰っても時々でいいんだ、レイに会いに来てやってくれないか?」
「え?」
「レイがお前に大分懐いてるみたいだからさ」
「……いいんでしょうか?」
「問題ねぇだろ。街に降りてくるのが怖いってんなら、『隠蔽』の魔具作ってやってもいいしな」
「いえ、そう言うことでは無いのです。……私はこの地の龍脈を勝手に拝借してしまったので、この地の土地神様に疎まれてしまったのではないかと思いまして」
そう答え、地に倒れる女――一応この土地の土地神――に目を向ける。
その目には少しばかり怯えが潜んでいた。
まぁ、普通なら極刑もんだからな。龍脈の無断使用は。
「あぁ、んなことか。なら心配いらねぇよ」
だが俺はなんてことない風に答える。
実際何の問題もないしな。
「……そうでしょうか?」
半信半疑で尋ね返してくるモモ。
当然の反応か、常識で考えればあり得ないし。
「心配すんな。――おい、起きろサクヤバアさん」
俯せに倒れているその後頭部をバシバシと叩く。
「イタイ! イタイイタイ! 玉砂利が顔に刺さるよ! なにすんのよアキラちゃん!?」
「いつまでも狸寝入りしてっからだ。ほれ、どうせ話聞いてたんだから答えてやれよ」
「もう、ほんとに神様への対応じゃないよ、いつか神罰が当たるよまったく」
ブツブツとぼやきながらも立ち上がり、モモへと向き直るサクヤ婆。
「えーっと、貴女がモモね」
「は、はい! え、えっと……サクヤ様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
呼びかけられて緊張したように答えながら、片膝をつき頭を垂れる。
俺は全くしてないから忘れてたけど、神に対する礼儀としては正解だ。
「えぇ、本名はコノハナノサクヤヒメだけどサクヤでいいわ」
「わ、わかりました。……サクヤ様この度は許可もいただかず勝手に龍脈を使用してしまい真に申し訳ございませんでした。いかなる罰であろうと甘んじて受ける覚悟にございます」
頭を垂れたままサクヤ婆さんに許しを請うモモ。
その謝罪に鷹揚に頷きながらサクヤ婆さんは――
「これよ! これが普通の神への接し方よ! アキラちゃんもこれを見習って次からは私にお供え物イダダダダッ!」
「いいから早く答えてやれ」
キラキラした目で下らないことを話しだしたババアの頭を片手で握り、締め付ける。
「うぅ、ひどい。この頃誰も敬ってくれないからテンションあがっただけなのに……。まぁいいわ、モモ立って」
両手で頭をさすりながら、モモに立つよう促すサクヤ婆。
「しかし――」
「いいから、立って」
「……はい」
神の命令に逆らえるはずもなく、立ち上がるモモ。
未だレイの強化支援が切れず大きくなったままのモモだと、ちょうどサクヤ婆と同じくらいの目の高さになる。
そのままサクヤ婆はモモの目をまっすぐ見たまま優しい声音で言葉を紡いだ。
「モモ、貴女は私の土地の民を守ってくれたではありませんか。本来ならば私がしなければいけないことを代わりにやってくれたのです、それを感謝こそすれ罰することなどどうして出来ましょう。今一度、感謝するわ」
そうして深々とモモに対し頭を下げるサクヤ婆。
「え、いや! あれはうちの村のセキトが……と、とにかく顔をお上げください!」
突然神に頭を下げられたモモがしどろもどろになる。
「貴女の同郷の者がおこなったことなど関係ありませんよ、貴女が私の民を助けてくれた。その事実があれば十分です」
「さ、サクヤ様……ありがたきお言葉」
今にも泣き出しそうなモモ。
サクヤ婆も自分で言った言葉に酔って感動してそうだし、そろそろ止めるか。
「まぁ、そう言うことだから気にすんなモモ。お前はぶっ倒れてて聞いてなかったかもしれないけど、そもそもこのババアには龍脈の管理権は無いから勝手に使ってもコイツに怒る権利はないし」
「ちょっ! アキラちゃんせっかくいいところなんだから水を差さないでよね!」
「なに寛容な神を演出してんだ飲んだくれババア。お前何もしてないし、何も言う権利ねぇだろうが。せっかく自分から龍脈の管理してるのが違う奴だって言う機会を与えてやったって言うのに」
「良いじゃない良いじゃない! こんな時ぐらい神様っぽいことさせてよ!」
「普段から神様っぽいことしてろ、働け」
「……あ、あの~」
俺とサクヤ婆さんが言い争っていると、おずおずとモモが言葉を挟んできた。
「なんだ? こんなんでも神だから一回言った言葉を撤回することはないから安心していいぞ」
「いえ、そうではなく、サクヤ様が龍脈の管理をしていないなら、どなたが管理しているのでしょう? その方にも謝らなければならないと思うのですが……」
「あぁ~、そうなるのか?」
「真っ当な意見ね。でも大丈夫よモモ、その龍脈の管理者って言うのはここにいるシスコン童て……」
「おっと、手が滑った」
ドスッとサクヤ婆の首後ろに手刀を叩き込み、一瞬で意識を奪う。
本日三度目。
「きゅーん」と声を漏らしながら地面へと倒れるババア。
余計な事と失礼なことを言おうとするからだ、馬鹿め。
「え? あ、えぇ!?」
「モモ、俺はその管理者を知っているけどそんなことを気にしないイケメンだから別に謝んなくてもいいぞ」
一瞬の出来事に驚きの声を上げるモモに、何事もなかったかのように言う。
「え、でも……」
「大丈夫、大丈夫だから」
「は、はい」
戸惑いの言葉を放つモモの肩に手を置いて力づくで言い含めた。
「あの、サクヤ様はこのままでいいんでしょうか?」
とりあえず納得したモモは倒れたサクヤ婆に目を移す。
「ほっとけほっとけ、社で昼寝すんのも境内で昼寝すんのも一緒だ」
「昼……寝? え、でもさっきお兄さんが――」
「さて、何の事だ!? あ、レイたちが呼んでるみたいだ行こうぜ!」
「え? ま、待ってください!」
モモの疑問を強引に振り切ってレイたちの元へと走り出す。
そんな俺の後ろを少し遅れてモモが追いかけてきた。
☆★☆
空を真っ青な蝶が舞う。
時折吹く風にも揺られず、力強い羽ばたきで真っ直ぐに進む。
その動きは自然界のものではなく、どこか機械的だった。
そうして暫く飛び、蝶はある建物の中に壁をすり抜けて入る。
まるで実体がないかのようにその体はコンクリートを通り抜けた。
多くの人の気配が充満するその建物の中をしっかりとした動きである一点を目指す。
そうしてたどり着いたのは静かな部屋。
多くの本が書架に収まり、独特のにおいを醸し出すその部屋には多くの机と椅子が並べられていた。
その机の一角。
人が気付かないような隅っこに1人の女がいた。
机の上にハードカバーの大きな本を広げ、読書に耽っている。
彼女が身に着けているのは地味なスーツに飾り気のない丸メガネ。
まるで洒落っ気も無く、その顔もどちらかと言うと童顔寄りで印象に残りにくい。
その女の肩に蝶は止まった。
「あら、戻ってきたの」
蝶が止まると同時に顔を上げてその女は笑う。
そうして右手を パチンッ と打ち鳴らした。
途端、真っ青な蝶は煙となり女の頭に吸い込まれていく。
「ふーん、なるほどね。やっぱりあの程度の鬼じゃ師里くんの本気を出させることは出来なかったか~。あのゴースト程度でも結構力を見せてくれたから何とかなると思ったけど、上手くいかないな~」
そう一人呟く。
まるで蝶が見ていた光景を彼女の脳内で再生しているかのように。
「それよりレイちゃんがイレギュラーねやっぱり。まさかあんな馬鹿げた魔力を隠してたなんて……。この前のゴーストの時もレイちゃんが関わっていたと見るのが妥当かしら。あの時は低級ゴーストを出しただけなのに、まさかあんなことになると思わなかったし。まぁ、結果オーライだったけどね」
本に栞を挟み パタン と閉じ、顎に手を当てて考え込む。
「でも、今回の事で超能力もわかったし何とかなるかな。一番の問題は――」
思わず眉が寄り、幼い顔立ちに怒りの表情が浮かぶ。
「あのスズって女ね。『ニブルヘイム』に『ダーインスレイブ』。どっちも馬鹿げた性能の武器なのに、まだ底が見えない……何より――」
苛立ちを隠せず、右手の親指の爪を噛み始める。
遠目から見ればその顔立ちと相まって実に子供っぽいと思われる行動だが、近くで見ると全く印象が変わる。
そこに浮かぶのは狂気。
目は血走り、爪は ガリガリ と齧られてボロボロになり、今にも血が滲みそうなほど深く削られている。
爪を齧る口を注視してみると、噛むのとは別に小さく ブツブツ と動いていた。
「死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね」
その口から漏れ出るのは怨嗟の言葉。
「絶対にあのダサジャージは師里くんが好きだ。
巫山戯るな。
なんで私以外の女が師里くんの隣にいるんだ。
私がずっとずっとずっとずっと師里くんの隣にいたっていうのに、見てたっていうのに。
戦後のゴタゴタに紛れてちゃっかりと居座りやがって……。
しかも師里くんに信頼されてる? 頼られてる?
あり得ない。
あっちゃいけない。
あんな存在許していいはずがない。
あんなどこの馬の骨とも知らない女が師里くんの隣にいるなんて――」
そこで一端言葉を切り、恍惚の表情を浮かべる女。
「――師里くんの、〝勇者様〟の隣にいるべきは私の筈でしょ」
その時――
ガラガラガラ
音を立てて図書室の扉が開く。
入ってきたのは1人の少女。
杜宮高校の制服である群青色のセーラーブレザーを着た、どこにでもいる少女。
少女は室内を見回し、女を見つける。
その時には既にさっきまでの狂気は鳴りを潜めて、顔に浮かぶのは優しい笑顔。
「あ、いた!」
「あら、どうしたの高遠さん」
「先生チャイム聞こえなかったの? もう授業始まってますよ」
「え!? 嘘っ!? ホントに!?」
ワザとらしく慌てて立ち上がる演技をする女。
「もう、しっかりしてくださいよ美浦先生」
「うわ~、ゴメンゴメン! すぐに行くからあと5分だけ待ってて!」
「は~い。――あ、ゆっくりでもいいですよどうせみんな喋ったり遊んだりしてるんで」
「……ダッシュで行きます」
おどけて笑う生徒の軽口に、呆れた口調で返す女の片手はモジモジとスーツの裾を弄っていた。
☆★☆
「ではお世話になりました」
「おう、また来いよ」
「うん、いつでも来てねモモ」
一晩あけて早朝。
まだ夜が明けたばかりの時間帯に、俺の家の前でモモと別れの挨拶を交わす。
モモの体は一晩経つと元に戻っており、今は元通り中学生の様な見た目になっている。
「是非とも。それでなのですがレイさんに贈り物を」
そう言うと、モモは親指と人差し指で作った輪っかを口に当て、強く息を吹きこんだ。
ピュゥーイッ
と甲高い音が鳴り響く。
「……えーと、なにそれ?」
「暫くお待ちを」
突然の指笛に尋ねるレイをモモは制した。
その言葉に素直に待つ俺達。
数秒後――
「――来ました」
モモの声と同時にそれが耳に届いた。
バッサバッサ と風を打ち抜く羽音を響かせそれはモモの肩に舞い降りる。
「おぉ~、デカいな」
「すっご! なにそれ!?」
それを見た俺たち兄弟は揃って感嘆の声を上げる。
「これは私と契約を交わした鷲のツムジです」
それはモモの顔よりも巨大な大きな鷲だった。
「えーと、そのツムジをくれるの?」
少し引き気味にそう尋ねるレイ。
まぁ、その戸惑いはわかる。
いくら友達からの贈り物でも鷲をこの住宅街で飼うのはキツすぎるもんな。
「いえいえ、このツムジには特技がありましてね。手紙や小さな荷物などを送り届けてくれるんですよ」
「なるほど、伝書鳩ならぬ伝書〝鷲〟ってか。ずいぶんお利口さんなんだな」
そう言った途端
ギヌロッ
とツムジの勇ましすぎる眼光が俺を突き刺した。
「……お兄さん、ツムジは人の言葉を喋ることは出来ませんが理解は出来ます。あまり不用意なことを言うと――」
「なんだ、襲ってくるのか?」
「いえ、忘れたころに糞を頭に落とされます」
「ツムジさんマジ半端ネェ! 超いけてるっす! カッコいい!」
すぐさまご機嫌取りに動く。
なんて恐ろしい鳥なんだ!?
「それじゃこのツムジにで文通でもしようって事?」
「はい!」
レイの問いかけに笑顔で答えるモモ。
しかしすぐにその顔は曇り――
「でも私が勝手に考えたことなので、もしもお嫌であれば遠慮なく言ってくださ――」
「そんな! 嫌なわけないよ! すっごい楽しみだもん!」
モモの言葉を途中で遮ってレイは笑顔で答える。
「ッ! ありがとうございます!」
「ツムジもこれからよろしくね。……触ってもいい?」
「えぇどうぞ。優しい子なので噛んだりしませんよ、特に首のあたりを撫でられるのが好きです」
レイが人差し指でツムジの首を カリカリ と撫でてやるととろーんとして気持ちよさそうに目を細めるツムジ。
……なんだか扱いの差がありませんかね?
ひとしきり撫でると満足したのか手を離すレイ。
そうして言葉が途切れる。
「では、私はそろそろ帰ります。本当にありがとうございました。スズさんやヒトミさん、四十万さんにもよろしく言っておいてください」
最初に口を開いたのはモモだった。
今一度礼を述べ、頭を下げる。
「あぁ、またな!」
「レイさん、村に着いたらすぐに手紙を書きますね」
「うん、待ってるね」
そう声を交わした2人の目は潤んでいた。
「では、また!」
モモが笑顔でそう言うと同時に、その肩からツムジが バッ と飛び立つ。
俺達はそれを思わず目で追う。
そうして、視線を前に戻した時にはもうモモの姿は無かった。
「行っちまったな」
朝日が照らす、誰もいない道を見つめながらレイに語り掛ける。
「……ウン」
「とりあえず家はいるか、まだ朝は寒い」
「……ウン」
「コーヒー、入れてやるよ」
「…………砂糖いっぱい入れて」
「了解」
これにて2章終了です。
キリがいいので告知していた通り、ここでいったん毎日更新はストップします。
6/20日周辺までは毎週一話の更新(多分日曜日?)になると思います。
読んでくださっている読者の方には申し訳ありませんが、なにとぞご理解を。
そして見捨てないでくださるとうれしいです。
では。
※次回は5/25日の予定です。「プロローグ」か「第3章の1話」かはまだ分かりませんがどっちかです。良ければチェックしてみてください。




